第33話 父親登場


 倉庫の出入り口から、それは現れた。

 なんとか首を動かして、全員がその正体を見れた。

 そして正体がなんであるかをはっきりさせる事で、かえって精神的圧力が減って体が自由になる。


 それは一人の黒い成人男子だった。


 年は三十代前半くらいか、背は高く、肩幅も広い。

 黒い靴に黒いズボン、黒い長袖の服、黒髪はやや長めで大きな黒い瞳がこちらを見据えている。

 背中には一本の黒いロングソードが挿してあった。


 ただし、もっとも注目すべきはその顔である。

 雅彦が老けたら、きっとこの黒い男と同じ顔になるだろう。


 男の口が開く。


「ほお、部下が独断行動に走ったと言うから来てみれば、もう死んでいたか」


 低い声に、航時は背筋が震えた。

 戦士のカンで理解した。

 この男から逃げなければならないと。


「黒ずくめに黒い剣って、まさか、ファ、ファースト!?」


 那智が震えながら叫んだ。


「ファースト?」


 亜美に聞かれて那智が頷く。


「うん、ボクは会った事はないけど容姿は有名だよ……箱舟最強の戦士、本名は知らないけどその強さから全ての戦士から一番(ファースト)と恐れられる黒の戦士! でも、顔が……」


 続けて、雅彦がついにその言葉を口にする。


「親父!」

「いい顔だな、雅彦、それでこそ殺し甲斐がある」

「へっ?」


 麗華がリアクションをした瞬間、雅彦の父、雅時(まさとき)は背中の黒剣を抜いて、距離を詰めてきた雅彦と既に鍔迫(つばぜ)り合いをしていた。


「ちょちょちょ、これどういう親子関係よ!? 航時くんもさっさと止めなさいよ!!」


 怒鳴られても航時は動かず、その場に立ち尽くした。


「止めろって……あれをかよ」


 J・Jと戦った時より、先ほど亮平と戦った時より、戦いの苛烈さは遥かに上だった。


 雅彦の顔は見たことも無いほど憎しみに彩られ、全身から殺意を溢れさせていた。

 それこそ、亜美をさらったJ・Jよりも、麗華をさらった亮平よりも強い、危険な殺意を振るい、父と刃を交える。


「どこにいるかと思えば、箱舟のナンバーワンかよ!?」

「お前を殺すには丁度いい肩書きだろう?」


 二人の刀と剣が喰らい合い、激しく火花を散らす。


「なんで家を出た、なんで母さんを悲しませた!?」

「お前を育てるためだ、人は辛い環境ほど強くなるからな」

「なんだと……?」

「俺はな、戦士として、昔から最強を目指してきた。だがその夢はあっさりと実現してしまった。

大人になった俺に勝てる奴なんていなかった。

どんな戦士も俺の前には無力だった。

それは親父や爺さん、兄弟も変わらない」


 雅彦と雅時の覇気が混ざり合い、麗華達の細胞が悲鳴を上げる。

 一般人なら睨まれただけで死にそうな殺意の奔流をモロに受けながら、だが雅彦は少しも怖じる事なく、それどころか雅時と変わらぬ量の殺意をぶつける。


「俺に血を受け継がせた親父も爺さんも、血を分けた兄弟も俺には勝てないと解った俺は最強になった事実を受け止めて満足しきっていた。

だが、お前が生まれた時にふと思ったんだよ、俺に血を受け継がせた奴でも俺と血を分けた奴でもない、最強である俺自身の血を受け継いだ奴は俺より強いのかとな」


「そんな理由で……」

 雅彦の筋肉が猛り狂う。

「母さん捨てたのか!!?」


 雅彦の縦薙ぎの一撃を黒剣で防いで、雅時は笑う。


「いい攻撃だ、やはり俺の血は違うな……だが」


 雅時の黒剣が振り下ろされる。

 雅彦は二本の両刃刀でそれを受けて、二本の刀はへし折れた。


「!?」


 バックステップでかわそうとしたが、雅時の剣先が雅彦の胸板を斬り、血を飛び散らせた。


「若過ぎるな……」


 間髪入れずに雅時の剣撃が迫る。

 得物を失った雅彦は両腕のプロテクターでガードしているが、雅時の剣を一度受けるたびにプロテクターは裂け、今にも腕を持っていかれそうである。


「京くん!」


 亜美がアタッシュケースから、もしもの時にと入れておいた雅彦のクローゼットから拝借した新しい両刃刀を二本投げる。


「でかした!」


 雅彦は跳び上がり、ソレを掴むとまた父と激しい斬り合いを再開した。


「未熟だな、今刀を引けばお前が育つまでもう少し待つぞ」

「そんな気は無い!!」


 叫び刀を乱舞させる雅彦を見て、雅時は目を細めた。


「そうか……」


 刹那、雅時のミドルキックが雅彦の腹部に直撃、雅彦は衝撃で倉庫の壁までぶっ飛んだ。

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