第30話 メッセージ


 無事だったデッキにディスクを入れて、雅彦達が映像を再生した。


 テレビ画面にはBOX(箱) SHIP(舟)の頭文字、Bが大きく映し出され、加工された音声が流れ始める。


『やぁ、聖騎士団の諸君、君たちの姫、神宮寺麗華はいただいたよ、それはもうわかっているよね?』


 子供じみた口調と加工された声が不安感を煽り、雅彦達の表情が冷える。


『安心してくれ、彼女は大事なお姫様だ、君たちが言うことさえ聞いてくれたら命は助けてあげるよ。そう我々の要求は一つ、今度一切の干渉をお互いにやめるという事だ』


「!?」


 雅彦と同じく、航時と亜美も今の言葉に驚き、不変の画面に食い入った。


『そもそも我々は世界から悪を無くし平和な世界を築くという同じ志(こころざし)を持つ者同士、本来殺しあうのは間違っているんだよ。

だからもうケンカはやめようじゃないか、だいじょうぶ、君たちには何の損もないさ。

君たちは今まで通り法で裁けない大きな悪を倒してくれ、その代わり我々は小さな悪を殺し続ける。

我々が手を組めばこの世の悪は全て消える。

それこそ恒久(こうきゅう)に平和な社会の実現だってできちゃうさ、君たちが我々に手を出さなければ、毎週日曜日にお姫様が生きている証拠の映像を送るし、望めば電話で会話もさせてあげるよ、ただしお姫様を解放する事はできない、彼女は和平のシンボルであり我々の大事な切り札なのだから。

じゃあ、君たちが賢い判断をする事を願っているよ、ばいばーい』


 そこで映像は終わっていた。


「何が和平のシンボルだ!」


 雅彦がテーブルを叩き、怒りに震える。

 航時と亜美も真剣な顔で箱舟への憎しみを強めていた。


「ちっくしょ、箱舟の連中ナメやがって、最初からこれが狙いだったのか……」

「航ちゃん達を無視するだけで済ますとは思ってなかったけど、まさか麗華ちゃんを誘拐するなんて、箱舟のほうがよっぽど悪だよ!」

「よし、じゃあ眞子と涼風に連絡して居場所を聞くぞ」


 雅彦の提案に航時が返す。


「あいつらさっそく役に立つな」

「じゃあすぐ電話するね」


 言って、亜美が携帯電話を取り出すと、また電話のコール音が鳴る。

 社長からかと雅彦が受話器を取り、だが電話の表示は非通知になっていた。


『神宮寺麗華をさらったもんだが、お前は誰だ?』


 予期せぬ相手からの電話、航時と亜美も受話器に耳を近づけて漏れる声を逃すまいとする。


「俺は聖騎士団の戦士、京(きょう)雅彦(まさひこ)だ」

『雅彦……そうかお前が……』


 受話器越しに伝わる憎しみを感じて、雅彦は顔を険しくする。


「俺に用か?」


『そうだ、麗華を取り返したかったら指定した場所に来い、それからこの事は誰にも言うな、誰かに伝えればこの女はすぐ殺す。

とは言っても、もしもその部屋に誰かいてこの会話を聞いているようならそいつは連れて来てもいい、だが当然そいつが他の奴にこの事を伝えたらその時も女は殺す。

分かったらすぐに来い、場所は……』




 深夜の港、月明かりに照らされ、それほど暗くもない。

 その港の中で、空の倉庫に麗華と亮平達はいた。


「なぁ、長谷、やっぱこれってマズイんじゃないのか?」

「くどい」


 仲間の意見を槍を突きつける事で制して、長谷亮平は睨みつけた。


「ちょっとあんた!」


 壁のパイプに縛り付けて置いた麗華の声に亮平が視線を向ける。


「何だ?」

「だからさっきから言ってんでしょうが! あたしは確かに神宮寺家の人間だけど今まで家業に関わった事も無いし聖騎士団やあんたら箱舟のことだってついこの前知ったばかりなんだからね、あたしを巻き込まないでよ!!」


 喚き散らす麗華に冷たい眼差しを向けて、亮平からは少しも悪気を感じる事が出来なかった。


「これも正義のためだ、怨むなら自分の親を怨むんだな」

「だーからホント頭堅いわね! あたしを誘拐したのあんたらなんだからあんたら怨むに決まってんでしょが!

 何が正義よ! こんなかよわい乙女をさらって犠牲にしてあんたら悪党もいいところじゃないの!!

 やーい嘘つき偽善者、悔しかったら反論してみなさい」


 舌打ちをして、亮平は右手のショートスピアを麗華の鼻先に突きつけた。

 それでも、麗華は少しも怯えずに睨み返してくる。


「口の減らない女だ、先に舌を斬ってやろうか?」

「待てよ長谷、この女取引に使うんだろ? それはさすがにマズイって、千歩譲って勝手に京の奴おびきだすのに使ったとしてもそのあと本部に送り届けないと……」

「……」


 しばし黙ってから、亮平は渋々ショートスピアを離した。


「これだけは言っておくぞ女、千の命を救うためなら一の犠牲は仕方の無い事だ。

 誰かの犠牲の上に成り立った平和に意味はないなど戯言だ」


「はっ、ただ自分の気に食わない奴殺してるだけのエゴイストがよく言うわ、じゃああたしもこれだけは言っておきますけどね、雅彦はめっちゃ強いんだから、あんたらなんかカップ焼きそばのお湯捨てるくらい簡単に倒しちゃうんだから」

「えっ?」


 亮平の仲間の一人、ティーシャツ短パン姿で短いポニーテールの少女が驚いた顔でこっちを見ている。

 麗華が一言。


「もしかしてあんたカップ焼きそばのお湯捨てるの失敗するほう?」

「そそ、そんな事あるわけないじゃーん、あっ、亮ちゃん、ボクちょっと外の様子見てくるからね」


 ぴょんと飛び出して、ポニーテールの少女は倉庫の出口に向かった。


「クス、へー、カップ焼きそばも作れない奴が正義の味方かー、こりゃ傑作ね」


 亮平は槍を振り上げて、周囲の男達に体を押さえられる。


「いやだから待てって」

「ただでさえ俺らヤバイんだから」

「離せ、こいつだけはやはり痛い目に合わせないと……」

「来たよー」


 先ほどの少女の声に、亮平達と一緒に麗華の顔も出口に向いて、麗華はニカッと笑う。


「ほーら、お迎えが来たわよ」

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