第2話 闘技場
現在、麗華は父の本社である神宮寺ビルのエレベーターに乗っている。
上に向かうエレベーターには一緒に父の神宮寺(じんぐうじ)和正(かずまさ)も乗っている。
ガラス張りのトンネルを縦に上がる。
同じくガラス張りのエレベーターから東京を見下ろすと、あまりの高さでジオラマに見えてくる。
「父さん、私に見せたい物って何?」
「フフフフフ、それは見てのお楽しみだが、ただ言えるのはこの世で最もエキサイトするものさ」
背が高く体格の良い麗華の父、和正がニヤニヤと笑っている間にエレベーターは一〇〇階を越える。
「あれ、父さん、一〇〇階以上は重役の人しか行けないんじゃ……」
「何を言っている、お前も今日から高校生、もう、ここから上へ行く権利ぐらいあってもいいだろう、そう、お前は一〇〇階から上、この会社の秘密を知るのだ」
意味深に笑う父を前にして、麗華はサイドステップで離れて、
「そんなまさか父さんが白い粉を販売してたなんて!?」
「いやいやいや、それ絶対無いから安心しろ」
首と手を振りながら否定する和正に、麗華は自分の腰に手を当てて表情を改める。
「父さんは昔から人の事ビビらし過ぎなのよ、飛行機に乗れば『墜落するよ』船に乗れば『きっと転覆するね』とか、笑い方もいちいち怪しいのよ、漫画のメガネ光って白くなっている人みたいになってるんだからね」
「はっはっはっ、せいぜい気を付けるよ」
怪しく笑い、
「この日本があるうちはな……」
(このクソ親父!)
麗華が心の中で悪態をついて、エレベーターは止まり、ドアが開く。
白い壁面の廊下をしばらく歩いて、麗華が気付く。
「ここ、他の階よりも暑くない?」
「暖房ならはいってないぞ」
しばらくして、目の前には巨大な扉が姿を現す。
重厚感溢れる扉の前には屈強なボディーガードが二人。
黒いスーツに身を包んだその二人が扉に手をかける。
「さあ麗華、お前もきっと気に入るはずだ、この向こうにある世界をな」
扉が開く。
その様子を、麗華は唾を呑み見つめる。
「…………」
開かれた扉から二人は中に入る。
その瞬間、麗華は言葉を失う。
そこにあったのは闘技場、下は地面、周りは石の壁に覆われている。
まるでコロッセオのような円形の闘技場。
麗華達はそれを上から見下ろしている。
「こ……これは…………?」
「さ、貴賓席(きひんせき)に行くぞ」
「う、うん」
麗華は父和正に案内されて、最前列から数列後ろの、周りには誰もいない、他の席よりも立派な作りの席に座った。
「と、父さん、ここは?」
「まあ待て、始まるぞ」
和正が言うと、突如として場内にスピーカーの声が響く。
「レディイイイイス、エェェエエエエンド、ジェントルメン!!
皆様長らくお待たせしました。
それではこれより、本日の目玉である第十一試合目を行います」
その瞬間、辺りの観客が騒ぎ出し、麗華の鼓膜を刺激する。
「ちょっ、なんなのこれ!? なんなのこれは?
もしかして父さん公開処刑でもやってんの!?
それとも人対虎!?」
「もっとエキサイトするモノだよ」
「それでは、選手入場!
身長184センチ、体重87キロ、先月Aランクに昇格したばかり、流派、川瀬流槍術、川瀬(かわせ)光世(こうせい)」
司会者の声と共に闘技場にある四つの出入り口のうち、一つから槍を持った三十歳前後ほどの男性が現れる。
「そして我らは待っていた。この闘技場史上最年少、十二歳で登録以来負け知らず、現在今年で十六を迎える若きAランク、我らが大スター、キョーーーーーウ!」
「えっ!?」
麗華は思わず身を乗り出す。
「マサヒコーーーーーーー!!!」
途端に、反対側の出入り口の近くで小規模の爆発が起こった。
そこに複数のライトが当てられ、雅彦が姿を現す。
同時に観客の興奮はさらに高まり歓声が闘技場中に響く。
『マサヒコ! マサヒコ! マサヒコ! マサヒコ! マサヒコ! マサヒコ! マサヒコ! マサヒコ! マサヒコ!』
姿を現した雅彦は黒の靴とズボン、上はグレーのインナーに赤のノースリジャケットを着ていた。
それだけなら街中(まちなか)にいても目立たないだろう。
しかし肘から指の第二関節までの部分を包帯で覆い、肘から手首かけて金属製の防具を着け、両手には両刃の刀を持っていた。
「うそ! 京!?」
「んっ、京を知っているのか?」
驚きの声を漏らす娘に和正が問うた。
「知ってるも何も同じクラスよ」
「ほほう、それは奇遇だな、じゃあこれからの試合をよく見ておけ」
メガネを光らせて、
「もう二度と会えないのだからな」
「殴っていい?」
和正は両手で顔を守るとまたスピーカーから司会の声が聞こえつつ、いきなり天井から燕尾服を来た男が添乗から下り立つ。
男は闘技場の壁のオーロラビジョンを手で差した。
「本日のオッズはご覧のとおり、川瀬コウセイ、八十倍、京雅彦、一・0一倍となっております」
司会者が手を向けた方向の画面には司会者の言うとおりの名前と数字がそれぞれ表示されている。
司会者はバックステップで大きく後退してリングから出て、
「それでは、レディー……ファイト!!!」
刹那、二人の距離は一瞬で縮まり、それと同時に激しい金属音が鳴り響く。
「なにこれ!!?」
そのスピードと手数、動きは人間としての領域を遥かに越えている。
「父さん、こんなの止めさせて!」
「なぜだ? これから面白くなるんじゃないか」
「面白くって、父さん正気!?
こんなのただの殺し合いじゃない!!」
麗華が和正に掴みかかるが和正は冷静な顔のままで答える。
「殺し合い? それの何がいけないんだ?」
「……えっ?」
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