第12話 遅刻フラグ回収

「はわぁぁぁぁぁあ!」


 良い夢を見られたのか分からないまま、俺は走っていた。大学の最寄り駅で降り、文学部棟まで徒歩六分、走れば三分。講義開始まであと五分だった。

 何故二時間だけ寝ようと思ったのか。徹夜したからだ。そうか。でも、起きたら八時二十分だった。いちおうアラームセットしておいたのに。

 誰も俺みたいに走っていない。そもそも誰もいない。奥の方にかすかに数人見えるだけ。あれは違う学部の連中だから関係無いし。


「必修は! 取る! 絶対だ!」


 代弁出来ない教科なんだよぉぉ!


「はぁッ……えへへ」


 結果から言えば間に合った。ただし、俺以外は全員着席していたし、時間前なのに教授はいた。チャイムが鳴ってないからセーフだけど、居心地が悪すぎて一番後ろに座った。

 クラスの奴に指差された。声に出さなくても顔で分かるんだよ、後で覚えてろ。


 朝から語学きついな。睡眠二時間ちょいの頭じゃ、教授が何言ってんのか理解する前に次のページ行っちゃってる。

 なんで語学が必修で残ってるんだ。語学だからか。文学部だったわ。第二外国語を中国語にしたの今さらならがらに後悔。テスト大丈夫かなこれ。会社で英語も中国語も一切使ってないから記憶の欠片しか残ってない。かと言って、他の言語なら平気ということでもないけど。


「中国語難しすぎなのでは!?」

「それ聞いたの千回目~~~」


 さっき指差してきた奴にツッコまれた。


「うるせ!」


 彼は下品な笑い声で教室を出ていった。えーと、確か……山田! 山田だ! 卒業以来会ってない山田! あの笑い方が独特で名前の方を忘れちゃう山田! もう忘れない。後で覚えてろ。

 三年で必修終わるんだっけ? 英語は残るんだっけ? それすら覚えてないよも~~~~! 勉強が好きで大学生してたわけじゃないから、卒業した瞬間全ての記憶失ったんです。ループするなんて聞いてないし。


 二限が無いからとぼとぼ学食に向かう。学食棟がある由奈の大学程じゃないけど、ここもなかなか種類があって気に入っている。由奈のところは四階まで全部学食で埋め尽くされていて、十軒くらいテナントがあるとかなんとか。羨ましくないもん!


「蓮君だ」


 学食に入ったところで高橋さんに会った。ちょっと半笑いなんだけど、昨日の今日で笑われるようなことした?


「おはよう」

「おはよ。さっき走ってたね、自販機のとこから見えたよ」

「あれ見てたの!?」


 クッソ! 人のいないところで孤独ダッシュ見られたとか恥過ぎる。向こうの棟に人いるなとは思ったけど、その一人が高橋さんだったなんて。すごい確率。そんな運、宝くじとかで使いたかった。


「座っていい?」

「いいよ。一人だから」


 そう。よっしーはまだ夢の中。俺は一人頑張って出席したのだ。誰に笑われようと必修単位は絶対落とさない。


「蓮君はサークル何入ってるの?」

「オールラウンド。付き合いで入っただけだからほとんど出てないけど。高橋さんは?」

「テニスだよ。高校からやってるんだ」

「お~いいね」


 大学でもちゃんと運動してるのはえらい。俺は本当に義理で入っただけなので、年に数回の飲み会と、大きなイベントの時しか顔を出さない。高校時代の同級生と、そこで知り合った数人しか名前も分からない始末。まあ、単位取るための楽な講義の選び方とか教えてもらえるから、それだけでもサークルに入った意味はあるかな。


 サークル入ってない友だちも沢山いる。たいていはバイト三昧で大変そうだけど、中にはサークルも学費も稼いでいるツワモノもいて、全国から集まる大学はいろんな人間がいると思う。こうして考えると、学費出してもらって一人暮らしして、バイトで稼ぐのは自分のお小遣いくらいな自分は相当恵まれている。ありがとう、お父様お母様。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る