第6話 少女が望む青春③

「俺の中学時代は、決して普通の青春ではないと思うぞ」

「え?」


 彼女の目が点になる。俺は軽く咳払いを入れた。


「……あれは、自虐的不幸話のつもりだった。お前におもしろいと思ってもらうために話しただけで、普通の青春とはかけ離れている」

「そう……でしょうか。わたしには、話している沢渡さんが楽しそうに見えました」


 柔らかくほほ笑む。その表情は、むしろ年上のお姉さんのように感じた。


「楽しくなんかないさ。俺は何度も死にかけた」

「でも、詳細を覚えておられましたし、今は健康で元気です。全てが過去になった今でも、悪いことばかりでしょうか?」


 諭されている気分だ。俺はちと考える。


「……まあ、話のネタにはなるな」

「はい。その……わたしは、沢渡さんがそういった体験をなさったからこそ、沢渡さんとお話ができました。だから、わたしにとってはいいことだらけなんです」


 曲芸的視点転換で、俺の黒歴史はあっさりと正当化されてしまった。言ったあと思いっきり照れているが、それなら言わなきゃいいのにと思う。


「……わたしは、青春とは記憶に残る思い出の積み重ねだと思うんです」

「記憶に残る思い出の積み重ね……」


 俺はこずえの言ったことを復唱し、相づち代わりにする。


「わたしの現在までの約半年間の高校生活において、印象的な出来事は限られています。入学式、最初のテスト、沢渡さんのお話。これらが五年後、一〇年後、どれほど残っているでしょう。多分、ずっと残るのは……この前のことだけだと思います」


 この前のこととは、告白のことだ。間違いなく一生忘れられないだろう。俺もそうだ。


「わたしも、沢渡さんのような経験がしてみたいです。それが憧れになったのかもしれません」


 最初は緊張気味だったこずえだが、ここまで言い切るころには、すっかり落ち着いていた。

 優なんかと話すより、よっぽどまともな会話ができている。だからこそ、俺も考えさせられた。


「……俺も、普通の青春とはどんなものかと考えることはある」

「そうなんですか?」

「ああ。さっきも言ったが、俺は自分の中学時代を普通じゃなかったと思っているからな」


 そう言って少し口元を緩める。これは自虐なのだ。こずえは笑いもせず、ぼやんと俺の顔を見ていた。


「……だから色々考えた。学校行事はまあまあ記憶に残るし、こずえちゃんの言うところの思い出になるだろう。たまに、何年生の頃の記憶かわからなくなるような、大したことないのもあるがな。

 俺は部活には入っていないが、大会や試合は日ごろの集大成だけに、強烈に残りそうだ。あとはまあ、恋愛もあるのかもしれない」


 ほとんどは想像だ。思えば、俺は消極的な学生生活を送ってきただけに、変人たちとの出会いがなければ、今よりずっと薄っぺらい人間になっていたのかもしれない。


「今の俺は、普通の高校生活をしていると思っている。しかし、実際俺が感じているものは、な青春だ」

「それは……中学生の頃のものが強烈だからでしょうか?」

「そうだろうな。それが正しいものだとは思ってないが、こずえちゃんの言った基準では、そっちのほうが青春らしいのかもしれない。

 まあ、だからと言ってもう一度体験したいとは思わない。それでも、こずえちゃんと話していて、今の俺の生活が普通ではなく、無難なものだと感じている理由がよくわかったよ」


 今の俺には、五年後、一〇年後と残る思い出なんてほとんどないだろう。厄介事を避けるあまり、同じような毎日を送っていた。これが、無難な青春の正体だったのだ。


「沢渡さんは、それをどのようにしたら変えられると思いますか?」


 こずえが、真面目な会議でもしているかのような真剣な表情で俺に問う。


「……そうだな。さっき俺が言ったような思い出は、何かで苦労したり、懸命に努力したやつが残すものだと思う。

 だから、俺に足りないのは意志じゃないかな」

「意志……」 


 こずえが唸るように言ってうつむく。異常に演技の上手い子役女優のみたいに見えてきた。


「こずえちゃんにはあるんじゃないか? お前は変えようと思って行動したんだから」


 俺はそう言ってから、矛盾に気づいた。


「……わたしには変えられませんでした」


 そうだった。しかも、トドメを刺したのは俺だ。

 でも、俺の言ったことが間違っているとも思えない。こずえが踏み出した一歩。その意志は、今ここで作用しているのだ。


「じゃあ、変えてやらないとな」

「え!? それって……」


 こずえはなぜか顔を赤くする。いや、今わかった。


 変えようとして出た行動は、俺への告白だった。これでは、俺が彼女の告白を受けるみたいな流れではないか。


 しかし、あえてもう一回フるわけにもいかないので、俺はこずえの誤解を強引に否定することにした。


「中学時代の俺を参考にするのはよくないが、お前の言うとおりなら、あれは思い出ということだな?」

「え? あ、はい」


 話を進めることで、違うとわからせるのだ。俺はさらに進めていく。


「意志というのは、当人だけの話ではない。事実、中学時代の俺が意欲にあふれる人間だったかというと、そうではない。

 俺には、『変人ホイホイ』という不名誉なあだ名があった」

「変人……?」

「変な人間を惹き付けるという、俺からすると、呪いみたいな力が作用して生まれたあだ名だ。お前に話した出来事は、俺の周りの変人たちが起こした。

 つまり、自身の意志が弱くても、周りに強い意志の強いやつがいれば、自分も青春と言える体験ができるというわけだ」


 こずえはじっと俺を見つめている。俺の言ったことに納得しているようには見えないが、俺は続けることにする。


「明日の放課後は空いてるか?」

「え? は、はい……」

「お前に紹介したい女がいる。そいつのそばにいれば、きっと何かが変わるはずだ」


 そう言って、俺は立ち上がり、長居高校のほうへ歩き出した。


「あ、あの、戻るんですか?」

「アポを取ってくる。じゃあ、また明日な」


 俺は背中のほうへ手を振った。こずえがどんな顔をしてそれを見送ってくれているのかは、俺にはわからない。

 目指すは部室棟だ。八神愛守に会うために、俺は再び高校へと帰っていった。

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