第3話 春の雲②
モストフェイマスファーストフード店、モックことモクドナルドに到着すると、二人は先にジュースで一杯やっていた。
俺は勇美の隣に腰を掛ける。勇美はどこかぐったりしていた。
「お待たせ。無事だったか?」
「うん」
「何が無事だよ」
そう文句を言って、優はポテトをほお張る。勇美がアップルパイだけなのに対し、優の前にはポテトにハンバーガー三つの充実ぶりだ。
昼を抜いたとか、これが夕飯だというわけでもなく、優はいつもこのくらいはおやつとして平らげる。それで普通よりも良いスタイルを維持しているのだから、世の中おかしい。
「何の話をしてたんだ?」
「勇美、まだオ〇ニーしたことないんだってさ」
「よし、その話はここで終わりにしよう」
やっぱり救出が必要だったらしい。こんな生々しい話でメシが食えるか。結構驚くべき内容ではあったが、これを掘り進めるのは、同性でも気まずいのだ。
「八神さん、何の話だったの?」
最も話題を変えたいであろう勇美が問う。こずえのこともあり、そのまま話せるものでもないため、返答に困った。
「……大した話じゃないさ。こずえちゃんが休んでるか訊きに来ただけだ」
「それならあたしらでもいいのに。なんで虎太なんだか」
ごもっともである。これじゃあ俺がクラスのこずえ担当みたいではないか。
「前に似たような話をしたからだろう。別に深い意味なんてない」
「別にあたしたちが居てもできた話じゃん。案外、八神ちゃんも虎太にホイホイされた変人なんじゃないの?」
あいつが変人なのは確かだろうが、俺がホイホイしたのは天才少女のほうだ。自覚はないが。
「まあ、変人の考えてることなんて俺にはわからんということだ」
「お前が変人のことわかんなきゃ、他に誰がわかるんだよ」
「俺は変人を引き寄せるが、変人の理解者ではない」
「またまたー」
優がニヤニヤと俺を嘲る。鼻にポテトでも突っ込んでやろうか。
「こずえちゃん、来ないよね。風邪かな?」
勇美が話を戻してくれる。
「風邪で一週間は長くね?」
「その辺は個人差があるだろう。来週には来るんじゃないか」
それは俺の期待だった。このままだと落ち着かないのだ。
「すんごい教育ママらしいから、病気でも勉強してそう」
「そうなのか?」
「らしいよ。そりゃ、あんな天才を育てるんだから、ママも熱心だよ」
「そりゃ大変だ」
先週、間違って良い返事でもしていたら、学校に殴り込みに来た可能性もあったわけだ。自分がロリコンじゃなくてよかったと心から思う。
しかし、こずえの気持ちが本気だとして、そんな母親の目をかいくぐって男女交際をしようとしていたなら、大したタマだ。
「こずえちゃん、最近はちょっと居心地悪そうな感じだったよね」
勇美が言葉を選ぶように言う。
「居心地悪そう?」
「最初の頃みたいに、クラスメイトに囲まれることがなくなって、談笑することもほとんどなくなったでしょ?
ずっと一人で本を読んでて、自分から誰かに話しかけることがない。話しかけられたら笑ってくれるけど、それが困ってるように見えるんだよね。
体育祭も文化祭も不参加だったし、僕たち同級生とは、ある程度距離を置いてるんじゃないかな。
だから、みんなも遠慮しだして、最低限の交流しかしなくなったんだと思う」
「なるほどな」
勇美の分析は、なかなか的を射ているように思う。
入学してすぐの頃は、彼女の近くに人が絶えなかった。パンダ見たさに、他のクラスからも覗かれる日々。律儀なこずえが忙しそうにしていたことを、俺はよく覚えている。
しかし、最近はクラスメイトがこずえをどう扱ったらいいのかわからなくなっている。それは、勇美の言う通り、こずえがクラスメイトに壁を作っているからだ。
彼女は学校のイベントに不参加であり、クラスメイトが準備するのを横目に、そそくさと帰っていた。勉強はしっかりしているものの、授業が終わるとすぐにいなくなる。高校には勉強だけしに来ているようだった。
「そのママになんか言われたんじゃね?」
「かもしれないね。文化祭不参加も、なんだか申し訳なさそうだったし」
彼女が自ら不参加を決断することは考えづらいため、親の指示だった可能性は高い。
団結してがんばろうという空気の中で、一人だけ帰宅することは心苦しかっただろう。特に、彼女はそういうことを気にする人間性のように思う。
「せっかく飛び級してきたのに、なんだか寂しいよね」
「じゃあ、今度来た時にあたしが話しかけてやろう」
「お前はダメだ。存在が一八禁だからな」
「それじゃあ、学校で先生か三年生としか話せないじゃん……」
こいつをこずえと関わらせるのは、それこそ悪影響だと思われる。まあ、ロリコン趣味はないから危険とまでは言わないが、さっきの勇美のように、雑な下ネタの被害に遭う可能性がある。優は子どもには向かないのだ。
入学当時も、俺は優とこずえの接触を妨げたことがある。その時から、俺はこいつの変人、というか変態ぶりを理解してしまっていた。たしか、それがきっかけでこうして絡むようになったのだ。
「そういえば……」
入学してすぐの頃、俺とこずえは隣の席であり、たまに話すことがあった。思えば、それが雲だったのではないだろうか。
入学してから、こずえはクラスメイトに囲まれる日々が続いていた。休み時間と昼休みのほとんどが、質問攻めで埋められていたのだ。
そうなると、隣にある俺の席は長い時間占領されることになる。俺もそれを見越し、意識して席から離れるようにしていた。
賢いこずえは、そんな俺の行動の意図を察していた。俺が戻ってくると、「すみません」と謝罪するようになってきた。天才とはこんなことまで理解するのかと、俺は驚いたものだ。
「別に構わないさ」
そう返すと、追加で一言二言かわす。しかし、そうして一度会話してしまうと、その後の授業までの時間が気まずいことになる。
その空き時間を埋めるため、俺とこずえは少し話をするようになった。
質問魔と呼ばれたことのある俺だから、日本の未来を担う天才少女、こずえに訊きたいことは山ほどあった。
しかし、今まで質問攻めされていた彼女へ追撃するわけにもいかない。俺は仕方なく、自分の中学時代の話を始めた。
深夜の学校でひたすらUFOを呼ぶグループと一夜を共にした話。心霊スポットに連れ出されたあげく迷子になった話。その他不幸話。
黒歴史とも言える中学時代だが、話のネタとしては役に立つ。特に、こずえは中学校を経験せずに高校に来た子どもだ。俺の思惑どおり、その小話はこずえに受けが良かった。
席が隣の間は、そうしてよく話していた。初めて関わる年上の同級生の男子は、彼女にとって魅力的に映ったのかもしれない。
今思えば、それが昨日の稲妻を生み出した雷雲だったのだろうか。
「どうしたの? ボーッとして」
「いや、ちょっとな」
勇美の言葉で、俺は回想をやめた。きっかけがわかったとて、結論が変わるものではない。
しかし、最近のこずえの様子を思うと、先日の稲妻は相当思い詰めたものだったのではないだろうか。
ここは大人――少なくとも彼女よりは――として、フォローをしてやる必要がある。
厄介事の部類かもしれないが、相手は、変人は変人でも害のない天才少女だ。手をさしのべるまではいかなくても、話を聞いてやるくらいはするべきだと思った。
それに……最近は、今の生活も多少退屈に思えていた。
不幸ではないし、楽しくないわけでもない。ただ、青春にしては無難過ぎる気がしている。中学時代のような過激なのは勘弁願いたいが、少しくらいは起伏があってもいい。
そして、こずえは俺を選んだのだ。応えることはできないにしても、何かしてやりたいと思った。
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