飛び級天才少女が俺にグイグイくる~天才少女と変人ホイホイ~

秋月志音

プロローグ

第1話 稲妻と風~プロローグ~

 青天の霹靂へきれきとは、青く晴れ渡る空に落ちる稲妻のように、唐突で思いがけない出来事を指すという。


 しかし、ふと考える。雷には雲が必要だが、雷雲がそう唐突に現れるものだろうか。そのほとんどの場合は、晴れていると認識した後、雲が増えていく過程を見逃していただけではないだろうか。


 そんなことはどうでもいい。

 俺、沢渡さわたり虎太とらたは、今まさに、頭上に青空の広がる学校の屋上で、雷が落ちるほどの衝撃を受けたのだ。


「沢渡さんが……好きです。私とお付き合いしてください」


 屋上に呼び出され、かわいい女子高生から告白される。清い青春のワンシーン。これが雷である。


 いや、屋上にやって来た時点で、こういう展開は予測していた。極めて普通の男子高校生の俺だが、こう見えても一部の女性からはモテるのだ。

 しかし、俺は、呼び出してきた相手を見た瞬間、その可能性を絶った。だからこそ、稲妻が落ちるほどの衝撃を受けたのである。


 彼女は、身長が俺の胸辺りまでしかない、黒髪ロングの清楚な少女だ。少女といっても、女子高生に対しての形式上のものではなく、本当に誰がどう見ても少女なのだ。

 というか、もはやなのである。


 こう表現すると、極端に発育の悪い女性にボロカス言っているようにも聞こえるだろうが、そこは弁明しておきたい。


 目の前の少女は、正真正銘の児童だ。御年一〇歳。年の離れた俺の妹と同い年であり、小学生換算で四年生だった。


 ついでに否定すると、別に俺が小学校に侵入する不審者でなければ、彼女が身内と見せかけて高校に入ってきちゃったおませな小学生でもない。

 彼女はこの長居高校の生徒だ。


 飛び級天才少女。それが星名ほしなこずえだった。


 そんな特殊な少女から交際を申し込まれた日には、思考停止もやむを得ないだろう。俺は困惑していた。


「あ、ありがとう……」


 そう返しつつ、俺は辺りの様子を確認する。


「ここには、こずえちゃん一人で来たのか?」


 女子を「ちゃん」付けで呼ぶことなどめったにしない俺だが、彼女のことは、他のクラスメイトにならい「こずえちゃん」と呼んでいた。


「は、はい……」

「そうか……誰かにやらされてたりしないか?」

「い、いえ! ……私の意志でお呼び立てしました」


 こずえはほおを真っ赤にして答える。


 ドッキリかと思ったが、違うらしい。いじめの可能性も考えるが、その可能性も低いだろう。彼女は天才だが、とても腰が低く、同級生に気を遣いすぎているきらいがある。敵を作るタイプではない。


 むしろ、遠くから見守る系の愛されマスコットと化していただけに、彼女に酷いことをしようものなら、裏で袋叩きに遭うに違いない。


 ということは、本当にこずえが俺に好意を持ち、告白しようと思ったのだろうか。


「なん――」


 なんで俺なんだ、と訊こうして思いとどまる。さすがにそれを尋ねるのは、あまりにデリカシーに欠ける。もし、今精一杯の勇気を出しているのだとしたら、要らぬ疑問をぶつけるべきではない。


 さて、どうするか。


 断じて言っておきたいが、俺は別に返事に悩んでいるわけではない。年齢という壁を前にして、そこに選択肢は存在していないのだ。


 告白されたことは何度かあるが、その中で一番の美少女なのは間違いない。幼さによるかわいらしさはもちろん、成長したら美人になる素質も感じる。性格に問題があるようにも見えない。


 思えば、今まで俺に告白してきたのは、どれもとんでもないやつばかりだった。


 それらは全て見た目の話ではない。むしろ、見た目ではそこそこかわいい子もいた。しかし、毎晩宇宙と交信しているようなやつとは付き合えないだろう。

 他にも、人外大好きで怪物のあられもない姿を描くのが好きなやつ、毎日一〇〇〇文字ほどの痛いポエムを送りつけてくるやつ、エトセトラ……。俺はなぜか、そんな変人にばかり好かれる。


 そうしてついたあだ名が、『変人ホイホイ』というものだった。これは、男女問わず働く誘引力を持っている。


 天才と変人は紙一重と言われるが、目の前に居る少女は、紛れもなく天才である。それゆえ、似たような誘引力が働き、引き寄せてしまったのだろうか。


 なんにせよ、ここは断る一手である。問題は断り方だ。


 相手は一〇歳の少女だ。できる限り傷つけずに断らなければ、親が学校に乗り込んでくる展開になりかねない。

 ここはこずえに非がないことを示しつつ、誰が聞いても正当だと思える理由で断る必要がある。俺は必死に言葉を選んだ。


「……こずえちゃん」

「は、はい」


 彼女は顔を赤らめながらも真っ直ぐに俺の目を見る。いい度胸をしている。妹と同い年にも関わらず、その表情や仕草は、ずいぶん大人びている。

 しかし、容姿は年相応であり、妹と同様、子どもにしか見えない。どれほどその内面が成熟していようが、子どもは子どもだ。結論は変わらない。


 ふいに、シャープな機械音が聴こえた気がした。しかし、こずえから目が離せず、音の出所を探ることはできない。


 まずは、しっかりと返事をしてあげることに集中だ。俺は小さくため息をついた。


「……高校生が一〇歳と付き合うことはできない。それは社会が許さないんだ。だから、すまない」


 言ってやった。こずえはうつむく。


「やっぱりそうですよね。変なこと言ってすみませんでした。ありがとうございました」


 さらっと言い切るのを聞いて、俺はホッとする。彼女とて、そこまで本気ではなかったのだろう。告げることが目的だったのかもしれない。


 しかし、こずえをじっと見ていると、ある変化に気づいてしまった。彼女は唇をかみしめ、堪えているようだった。

 そして、しまいには涙をこぼしてしまった。


「こ、こずえちゃん?」

「……あ、あの! すみませんでした!」


 こずえは塔屋のほうへ走っていってしまった。


 俺はやってしまったのか。いや、あれ以上にベストな断り方などあるものか。彼女には年齢の壁を受け入れてもらうしかない。


 しかし、このことを視覚で得た情報だけで出回ってしまえば、人は俺のことを「一〇歳女児を泣かせる非道高校生」だと思うだろう。そこは、キチンと説明すべきだった。


「おい、そこの」


 俺は塔屋に向けて呼びかける。すると、そこにひょっこりと現れたのは、学校では有名な女子だった。


「なんで断っちゃうかなー」


 八神やがみ愛守あいすはカメラを持って登場した。さっきの音はシャッター音だったのだ。


 彼女は学年でもトップクラスの人気を誇る女子生徒だ。その理由は、単純にルックスの良さと、明るい性格だろう。誰にでも気軽に声をかけ、笑顔をみせる。俺とて笑いかけられた日にはちょっとドキッとしたりする。それだけ魅力的な女だ。


 セミロングの綺麗な髪と、女子の平均くらいの身長。胸もそこそこあってスタイルが良い。モテる要素としては隙のないやつだった。


 そして、女としての人気以上に有名なのは、その首に掛けられた趣味である。学内で「カメラを持った一年生と言えば?」と訊けば、ほぼ全員が「八神愛守だ」と答えられるだろう。それほどまでに、八神とカメラはセットなのだ。


 何かあると颯爽と現れ、シャッターチャンスは逃さない。そして、忙しそうにすぐに去っていく。そんな風のようなやつだった。


 彼女も変人に分類されそうなものだが、今のところ、俺のホイホイには掛かっていない。きっと、こういうリア充系のやつは掛かりづらいのだろう。


「断るしかないだろう。最初からずっと見てたのか?」

「まあね。運良く一部始終撮影させてもらったよ」


 これを幸運と捉えるか。カメラマンだから、マスコミ精神が強いのだろうか。


「運良くって、なんで屋上にいたんだ?」

「まあ色々あるんだよ。で、なんで断っちゃったの? あんなにかわいい子なかなかいないよ?」


 八神は俺の質問を流し、質問で上書きしてくる。面倒なやつだ。


「……もしこの場で了承してたらどうする?」

「通報する」

「だろうな」


 即答じゃないか。俺を捕まえたかったのかこいつは。


「でも、君のおかげで最高にかわいい姿を撮れたよ。まあ、泣き顔より成功して喜ぶ顔のほうが欲しかったけど」


 八神はそう言ってニカッと笑う。

 なるほど、それで断ったことを残念そうにしていたわけだ。でも受けてたら通報していた、と。


 こいつ、たちが悪いな。


 あまり関わってはいけないタイプのような気がする。俺の豊富な経験により完成した、変人センサーがそう言っている。


「友達ならフォローしてやってくれ。泣かせるつもりはなかったから、心が痛い」

「友達だなんておこがましいよ。仲良くなりたいけど、私はただのファンだからね」


 八神はデジタルカメラの画像を眺めながら言う。時折にやつくあたり、良い写真が撮れたのだろう。


「ファンねえ」

「またこずえちゃんがなんかアクション起こしそうなら、ちゃんと私に声かけてね。それじゃあ」


 そう言って八神は塔屋に向かう。俺は大事なことを思い出した。


「おい、このことは誰にも――」

「わかってるよ。こずえちゃんが傷つくようなことは絶対にしないから。じゃねっ!」


 八神が居なくなると、吹き荒れる風が収まったかのように静かになった。彼女はまさしく風だった。


 稲妻と風。季節外れの春雷と春一番は、青い春の訪れを告げたのだろうか。

 これがもたらした影響の大きさは、このときの俺では想像もつかないものだったのだ。

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