AC500年
@wizard-T
遺跡探検
「相変わらずでけえなおい」
「そっちこそ大きいじゃない」
男と女は、いつものようにふざけ合っていた。
「二人とも、ちゃんと準備を整えたか?」
その男女を制するかのように、二人よりやや年かさな男が手を振った。
「この研究には人類の歴史がかかってるんだからな」
遺跡へと向かう二人のインテリジェンスを見ながら年かさな男がそうため息を吐くのもお説ごもっともだった。
男子と女子は共に十六歳。本来ならば、こんな事をするような年齢ではなかった。
「帰ったらどうするんだよ」
「やっぱりデザート食べたいんだけど」
「俺はやっぱりマラソンだな」
年齢にふさわしい言葉をかけ合う二人。
もしこれが繁華街の真っただ中であれば、ただただどうと言う事のないカップルに過ぎなかっただろう。
だがその二人は今、人類の最先端の存在としてこの遺跡に来ていた。
「この地はかつて」
「最終戦争があった地だ。この地において人類は多くの犠牲を産み、世界を統一した」
若い男は自前の棒を風になびかせながら、若い女は胸の球体を揺らしながら歩いている。それを眺める視線は、お互いを除けば二人の上官と言うべき年かさな男しかない。
同じように風に自前の二つの玉を揺れさせている上官に言われて頭を掻く少女の姿は実に可愛らしく、男子の保護欲を煽る物であった。
「でもあそこ田舎町でしょ、正直あの大陸ならあの町のが」
「それを言うと永遠に話が進まんからな、行くぞ」
強引に話を切り上げ、三人は遺跡へと足を踏み入れた。
「しかし今日は寒いな」
「この程度で震えてる訳?」
「君だって出がけに珍しくしてたじゃないか」
「この前はあの町でその手の研究をしてたんでしょ」
樹木が覆う遺跡には風が吹き、三人の体を激しくなでる。
男子が身体を震わせると女子は笑い、女子は男子に指摘されて笑う。
「まあ今はその研究はあそこで仲間がやっているじゃないか、君らには君らの仕事があるだろ」
この二人が数多の研究論文を作り出し世界中からもてはやされている事を上官はよく知っている。だからこそこうしてこの遺跡に送り込んできたわけだ。
「しかしこの遺跡は未だにわからない事が多いんですよね」
「だからこそあの町において優秀な成果を挙げた君たちを呼んだわけだよ」
「古代文字って言うか、古代模様ですけどね」
かつてこの遺跡に住んでいた生物がさかんに用いていた模様の分析を行うのが彼らの本来の専門である。
「さまざまな模様を体にまとい、それにより敵を威嚇していたとか、あるいは異性への歓心を得るためとか。様々な学説があります。僕らには不必要な文化を、なぜ彼らは持っていたのか、是非ともうかがいたい物です」
遺跡発掘とは、過去の住人との会話である――――そんな先人の言葉を胸に刻みながら、三人は二本の柱の間をくぐった。
「この門はかつて英雄を迎えるために建てられたと言う説が有力だ」
「門だったんですね」
今は土台しか残っていない高さ数メートルの。その気になれば飛びこえられそうな朽ちた柱を横目にしながら、遺跡を囲む木にノートをかざしていた。
「とりあえずこの木は」
「これは使われていない事は間違いない。とりあえずは二種類の樹木を元にしていた事はわかっているけど」
その模様に付いて主に二種類の樹木を利用し、また少なくとも三種類の動物を利用していた事はわかっている。
またこのノートに使われているのと同じ道具で用いたそれもかつて存在し、それが一つのきっかけになったと言う説もある事も知られている。
「その樹木を使い体に模様を付けていたのかと言う説と樹木その物を身にまとっていたと言う説があります」
「どっちにしろ根拠は乏しいからな。それで今回こうしてと言う訳だ」
「ワクワクしますね」
もし魂魄がここに留まっていれば彼らの視線を一点に集めていただろう三人の男女は、またたく間に遺跡の中心部に到達した。
「大丈夫なんですか」
「大丈夫だ、ほんの百キロほどしか歩いていないし」
百キロと言う言葉は、もはやこの場にいる三人の誰にとっても響かなかった。
百キロなどほんの二時間でたどり着ける彼らからしてみれば、ご近所でしかないのだ。
「しかしこうも荒れていると足跡を探すのさえも一苦労ですね」
「幸い、かつての戦争の記録はある。その際に最後まで立てこもったと言う地を探せばなんとでもなるだろう」
この遺跡はかつて、人類が最終戦争を経験した地だった。
「すでにこの遺跡の住民が我々の使うそれと酷似した文字を使う事は解析できています」
「その辺りはさすがだな」
年かさの男は女の首筋を軽く撫でる。昔からこうする事で彼女が喜び、さらにやる気を増す事を知っているのだ。
「ああそこは僕が」
「いやいや、まだお前には早いよ」
「僕だってこれから文字の復元をするんですからね」
そういう意味でもこの二人は一緒なんだなとか感心している年かさな男もまた、師から聞かされて来た言葉を思い出していた。
「この地は人類が長らく封印して来た土地だ。意味が分かるか?」
「相当な犠牲が生まれたんですよね」
「ああ、AC元年正月の騒乱だ」
AC元年・1月1日。
遺跡に立てこもった存在たちが人類の排除を求めて攻撃をかけ、叶わぬと知るや突撃と自殺により全滅。
この最終戦争において人口の1%が失われ、その悪夢を恐れた人類がこの地を長らく不可侵の地としていた。
「AC元年、この遺跡で行われた戦争にて先住民が守ろうとしていた物を解明すれば全てがつかめるのですね」
「すべてかどうかはわからないがな」
かつての支配者が何を守ろうとしていたのか。
次々と起こる戦争の中で最後の最後まで彼らが重視した物が何なのか。
「ここが最後の基地だろう」
最後の基地。最終戦争の本当の舞台となった建物。
朽ちかけた柱が並び、かつて降った雨により流され損ねた小さな線が見え隠れし、その下には奇妙なほどに輝く床がある。
そして上に何の空間もない登り階段と、それと並行する下り階段があった。
「かつてはこの数倍の高さがあったと思われます」
「なぜこうなったと思う」
「落雷により火災が発生、それにより建物が焼け土台が残ったと考えられます」
「正解だよ。本来はもっと高い建物があったと思われるが、とりあえずはこの地下の方を見てみよう」
三人は階段を下りた。
空白のにおいが立ち込め、足を軽くする。
二人の男はそれぞれの棒を、一人の女は両方の胸にある球体を震わせながら、一挙に階段を下りる。
わざとらしく曲がりまくった階段を下り続け、あっという間に最下層までたどり着いた。
「とりあえず何か言える事は」
「この遺跡の住人は我々に比べ極めて鈍重だと言う事です。おそらく我々の攻撃を予知してこんな複雑な道を作ったのでしょうが」
「その通りだな。まあ素材そのものはずいぶんと強固だが普段の半分の速度で走ってもなおあっという間だからな」
三人とも崩壊を恐れゆっくりと進んだはずだったのに、である。
その事が先住民たちをどれだけ脅かしたか知る由もなく、やけにだだっ広い最下層を見回した。
多くの物が朽ち果て、わずかに柱ばかりが残り、床には白い欠片ばかりが点在していた。
年かさな男はその白い欠片を回収し、若い男女は鼻で息をしながら、目を光らせる。
「この黒い物体は」
「おそらくは兵器だろう」
「これは」
「おそらくは食物を入れていた代物だ」
これまで幾度も見つかった遺産をしまいながら、二人とも進む。
先住民たちの文化を調べる事業は世界中に存在し、現在ではここからはるか南東の都市や東の島、あるいはこの世界の首都と言うべき町でもその研究が進んでいる。
「だがあまり目新しい物はないな」
「この最終決戦の地においても、かぁ……」
だがそれらの地において既に発見されているそれと大差のないことに失望した二人の手が、急に雑になり出した。
「落ち着け、一応は素材なんだから」
「とは言え……」
「あくまでも最重要事項ではないとは言えそれもまた我々の役目だ。先遣隊として持ち帰った存在からまた本格的な研究が始まるのだ」
「わかってますけどね」
その辺りはまだ十六歳なのかとため息を吐きながらも、正直その通りなのも事実だった。
一応素材に分けて袋に詰めながらも、今までとちっとも変わらない遺跡の中身に、三人とも少し倦怠感を覚えていた。
「おや」
そんな彼らの心を癒したのは、一冊のノートだった。
「復元はできそうか」
「やってみせましょう」
黒く薄汚れたノートを手に取り、中を開く。
黄色の光がうす暗い地下を覆い、若い男に挑みかかって来る。
「ふむふむ……」
だがその抵抗も空しく男がそのノートを握っていると、やがて力尽きたかのようにおとなしくなった。
「接続を開始します」
暴れ馬が馴れたのを確認した男は自分のノートを開き、ボードを叩いた。
「うーん、このシステムは……ああ……」
はるか古代のノートであったにもかかわらず、彼は着実に解析を進めていく。
その技術により何百単位のデータを解析した彼の股間では相変わらず自慢のそれが揺れていた。
「どう?」
「一応ある程度の解析はできた」
そして二十分後、彼はさっそくデータの解析を成功させ。彼の手によりそのデータが朽ちかけた灰色の壁に映し出された。
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