Trigger;UNHappy~特化のない殺し屋~

手ノ目 甲

第1話「熔解の腕」

 雨が降っている。

第八大陸の空は何時も曇っていて、太陽が見えない。

 今日もまた、腐ったアスファルトが

雨の臭いを撒き散らしながら

路地裏で人が死ぬ。


 路地裏には猫がいるように。

今日もまた、死神の好奇心は猫を殺す。


 三番通りの酒屋の裏は何でも屋。

何でも屋…というのも、一部の好き者だけが知っている店だ。


「客人か。用件を話してくれ。」


その店では、死神が死を売っている。

――――――――――――――――――――――――

 "俺"は黒森 裂。

殺し屋だ。


「何でも屋」というが、正確には

「"特化"に関連した依頼」を高額で解決する仕事だ。

趣味ではない。これが一番金になる。

金が欲しいわけでもないが。


 "特化"というのは、いわゆる超能力だ。

神様に選ばれた人間にだけ与えられる、

人智や物理法則を超えた不可解な力。


 俺は"特化"の何でも屋だ。

 依頼はごく稀に、特化で作られた機械のバグの修正であったり、

突然特化が発現した者の人間関係の修正依頼であったりするが…


「…黒森さんですね?」

力を持った者は、大体人を殺す。


「殺しの、依頼があります。」

何でも屋でいられるなら、それが一番よかった。

――――――――――――――――――――――――

「依頼の内容を」


 今回の依頼人は、初老の男性。

おそらく特化は持っていない。

犯罪組織と関わったことすらなさそうな、

一般的サラリーマンのイメージだ。


…喪服に身を包んでいることを除いては。


「家族が…殺されました

原因は焼死…でした」


「そうですか。標的の情報は?」


「…この男です」

喪服の男はそう言って、写真を机の上に置いた。


「…なるほど。等級は?」

「等級…ですか?何の…」

「いいえ…ご存じ無いのなら構いません」

"等級"。特化等級のことだ。

できれば、殺害する対象の危険度を

前もって知っておきたかったが、仕方無い。


「警察も取り合ってはくれませんでした…

探偵を雇っても写真だけで、後は調査を拒否され…

偶然近くにいた特化持ちの方から

貴方の名前を紹介してもらっただけでして…」


…そもそも、この大陸の公安機関は碌なもんじゃない。

この大陸は既に一度滅んだようなものだ。


 一部の酔狂な奴らを除けば、後は港町で

出航を首を長くして待つ奴らがほとんどだ。


 こんな田舎街なら、普通の殺人事件すら

取り合ってくれないだろう。


 男は語気を強める。

「お願いです、あなたしかいないんです!

"特化能力者に対抗できる"あなたしか…!」


「金を積まれたら動きますよ…

それと、俺も死ぬかもしれません。

あまり信頼しすぎないで下さい」


 人を信用しすぎないのが殺し屋のコツだ。


「もう一つ質問を。

標的に関して、知っている限りの情報を下さい」


 依頼人のトラウマを刺激する形に

なってしまうが…仕方無い。俺も死ぬわけにはいかない。


「…私はあの時、会社にいました。

家のアパートには息子と妻がいました。

何も、変わったことはありませんでした」


「帰ってきたとき、私は目を疑いました。

鉄筋コンクリートでできたアパートが、

丸ごと熱で熔け出していました。

私たち以外にも、多くの人が…」


…熱、か。

無差別殺人、しかも大量に、だ。

犯人は、相当クズだ。


「…わかりました。金は後払いでいいです。」


 男は震え声で乞い願った。

「お願いです!私も同行させてください!

私はアイツを許せない!必ず…」


 俺は椅子から立ち、静かに警告した。


「余計な心遣いは結構。

あなたがすることはただ生きていることだけです。

あとに残されたものが死んでどうするのですか!」


 俺には、義侠心なんてものはもう無い。

そんなものを持つ資格すらないんだ。


「…そうですか。では、あとは頼みます。

必ず…勝ってください。アイツに」


「…少なくとも。金の分はやりますよ」


 ただ。死神が為すべきことを為すだけだ。

――――――――――――――――――――――――

 花は、嫌いだ。

だが、仕事をするときにはいつも、

これで"気持ちを切り替えなければならない"のだ。


 用具の整備をしておく。

・手袋

・対爆発チョッキ

・鈎付き強化ロープと射出器

・"遺物"(レリック)弾丸2発とスナイパーライフル

・マシンガンと弾40発

・手製火炎瓶数本

いつもの一式を揃えた。


 あとは…ああそうだった。

揃えにいかなくてはな。


――証拠にする為の、標的の死体の一部を。

――――――――――――――――――――――――

 寂れた街中を歩く。

「…突き止めた通りだな」


 目印のスクランブル交差点には、

未だにビルが何本も建っている。


「…ここは"地割れ"の影響を受けていない町の筈だが」


 この町には、いくつか廃ビルがある。

運が良かったのは、標的…

「赤尽 熔」がビルの近くにいるということだ。


…本当に運が良かったのだろうか。

「何故廃ビルになってしまったのか」

誰かのせいで寂れたのではないか。

"地割れ"すら起きていないのに、歩行者がいないなど有り得ない。


 俺は探偵ではない。深く考えないことにした。

俺の運がいいことを祈る。祈りながら、

1発の弾丸を狙撃銃に込める。


 この"遺物"と呼ばれる特殊素材で作った弾丸は

"特化による"防御を、ある程度貫通する。

例え自動防御が可能な能力者であったとしても、

この弾丸も特化でできているから、防御を貫けるのだ。


 俺がいるのは、廃ビルの中層階。

ここにはビルが他にも3つあり、その四つのビルを

行き来できるようにスクランブル交差点がある。

 標的との距離は167mほど。

交差点で奴の他に歩いている人間はいない。



 照準を合わせ、撃つ。

ぷしゅっ、という気の抜けた音がサイレンサーから漏れる。

カラァン、と薬莢が落ちた音がした。


 標的は倒れ込んでいた。

弾丸が頭部に直撃したようだ。

それにしては、"傷口が大きかった。"


「い…ッてェエエェエエェェエ!!」


 男の声が聞こえる。生きている。

弾丸で殺せないのはわかっていた。

 だが…特化の自動防御は貫通するはずだ。

貫通しなかった?ただ単にガードが固いのか?


「ク、ソ、野郎が…!そこの、ビルだな…!

てめぇ随分とこの俺に殺されたいみてェだなァ…!

熔かすぞォオオ!」


 カラカラと薬莢の転がる音を聴きながら、

窓から身を隠して次の一手を考える。

 容姿通り。標的は20代前半の男性、

身長は170cmくらいだと見当がついた。


 おそらく、奴の特化は「熱による溶融」だ。

爺さんの証言からもわかる通り、マンション一棟ほどの

かなり広い範囲に影響を及ぼせそうだが、

 俺の弾丸を熔かしたというところから、熱する速度も桁違いらしい。


 ここまで強力な効果を及ぼせるなら、

奴の特化系統は恐らく触れて発動する「改造系」だろう。

発動に制限があるほど強い特化になる…


 思考の途中で、カラカラと音が鳴った。


カラカラ…


「…"なぜ、まだ薬莢の転がる音がする"?」


 この部屋は傾いている。いや。傾き出した。

部屋の立て付けが急に悪くなったわけではないだろう。


 ガスン、という大きな音がした。

建物の心柱に異常があったのか?

石に裂け目が入る時の破裂音も聞こえる。


 俺はすぐさま窓を覗き込んだ。

すると、先程まで奴がいた道路の真ん中に、

蓋のついていないマンホールのような大きな穴が開いていた。

穴は熱で熔けていた。


 標的の消失。薬莢の音。老人の証言。

傾く部屋。崩れる柱。床下の轟音。


 そして、近距離で触れて発動する「改造系」。

導かれる結論は一つ。


"この廃ビルは、たった今熔かされている"…!


 俺は全身から汗が吹き出るのを感じ、今すぐここを出ようとした。

比喩ではない。実際に気温が上がっている。

部屋の温度計は40℃を示したきり、

歪んで壊れて動かない。部屋自体も歪み出した。


 それに、窓にも異常があることに気が付いた。

窓枠にガラスがない。恐らく熔け出したのだろう。

蹴破る手間が省けて楽ではあるが…。


 ここはビルの7階。射出器を使ってロープを別の建物の壁に突き刺し、

ロープを巻き戻すことでジャングル映画のように飛び移れば距離は取れる。


 準備を済ませ、突き刺すべき壁を見る。すると…


――隣に"建物の2階が"見えた。


「…まさか」


 床下から、地獄の釜のようにぐつぐつと煮えたぎる音が迫っている。

奴が真下にいる。溶融の速度は想定より桁違いに早い。


 鈎付きロープを射出したその時。


 標的が。地面から、潜水ダイバーのように水面…床から顔を出した。


 頭に傷を負った男はニヤリと笑って、

俺の足元から燃え盛る両腕を突き出した。

 既に俺の足元にまで迫っていたのだ。


「死に晒せェ!『メルトダウン』!」


 切り札を切るか?いや…間に合う。


 射出器の引き金を引いて、縄を巻き取る。

強い力で素早く引っ張られて俺の体は宙に放り出される。

脱出はできた。間に合った。

"切り札"はそうそう使うわけにはいかない。


 脱出の瞬間、足元に奴の腕が掠っていたらしい。

じゅうっ、という耳慣れない音が、コートの端の方から今も聞こえる。


 少しの間ビルとビルの間の中空を浮遊し、

突き刺した壁の下の部屋に衝撃を殺しながら窓を破って侵入する。


 状況を把握する。ここは人がいるビルのようだ。

今までいたビルは既に跡形もないほど黒く焼け焦げていた。

 この距離を移動してもなお、グズグズという音が微かながら聞こえる。

ほんの一瞬遅れていたら俺の脚は完全に熔かされていた。


「だっっ、誰だ君は!今は会議中だぞ!」


 仕事中の民間人から話しかけられた。

あんな殺人事件があったのに何でまだ働いているのか、理解に苦しむ。


「そうか。向こうのビルを見ろ。そして死ぬか逃げるか選べ。」


 会議をしていた人はみな蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

それがいい。民間人を巻き込むのは俺の流儀に反する。


 一応離脱はできた。奴の特化も大方、見当がついた。

ここからは、俺の時間だ。

――――――――――――――――――――――――

「気に食わねェ…黒コートの野郎…!!!

俺の特化の射程距離外に逃げやがったなァ…!!?」


 俺、赤尽 熔の特化『メルトダウン』は近距離型だ。

改造系…とかいうらしい。触らねぇと能力が発動しないんだ。

その代わり。効果は超強力だがな。


「しっかし…頭が痛ェ。

さっきの銃弾は速すぎて熔かしきれなかった。

もう一回されると厄介だなァ」


 アイツはこの辺で有名な殺し屋…

死神「不幸の銃口」だろう。

大方俺に恨みをもった誰かに依頼されて来たんだろ?


「俺を殺す!?面白ェ!!

たかだか2ケタ程度の人数しか殺してないヤツが!?

ギャッハハハハハハハハ!甘すぎるぜェ!!」


 なァ。死神さんよォ。

特化戦闘以前の問題点でよォ。

お前は自分の弱点を理解すべきだったなァ?


俺は奴のいるビルを見て、そうほくそ笑んだ。

――――――――――――――――――――――――

 距離をとれたのは非常にラッキーだった。

奴の特化は離れれば問題はない。

 奴に位置を知られたがそれも問題ない。

あの傷ではそう遠くには行けないだろうからな。


 奴の視線を切って、また別のビルに飛び移る。

突っ込んだ部屋は…


「きっっ、君は誰だ!」

 また会議中だったようだ。


 銃口を突き出す。

「おい…」


 するとみんな避難していった。

さっきこうしておけばもっと早く済んだか…?


 さて。俺は自分の身を隠して、最後の弾丸を込めて狙撃準備に入る。

奴の位置を探る。廃ビルのそばか、もしくは…


 その時。俺は非常に不可解なものを見た。


 廃ビルの跡地と、さっきまでいたビル。そして現在地との交差点。

"最初に奴を撃った位置"に。

まるで撃ってくださいといわんばかりに、奴は佇んでいた。


「なるほど。真っ向勝負するつもりか。

"今度はうまく熔かしてやる"…ということか?」


 もしそうなら、うかつに狙撃は出来ない。

残弾は残り1発。これが無くなれば終わりだ。


 だが、予想は外れた。

いや…"外れてしまった"。


「あ…あの…」

さっきまでここにいた民間人がみな戻ってきた。


「なぜ戻ってきた!?死にたいのか!」

声を張り上げる。すると、

会議室にあったペンが一斉に、転がり始めた。


「こ…このビルが熔けてるんですよ!

階段もエレベーターも熔けて逃げ場が無いんだ!!」

「何だと!?」


 辺りを見渡す。すると。

さっきのビルと今のビル、そして近くにあった、

"俺となんの関係も無い"4つめのビルの全てがゆっくり熔け出していた。


「ああああ…もう会社行かなくていいんだ…」

「黙ってろ民間人!撃つぞ!」


 交差点の方から声が聞こえる。


「…どこにいるかわからない方が。

"俺にとっては"都合がいいんだよなァ。」


 奴の声だ。


「あーあ。しっかしこんな多くの範囲を同時に熔かすのは疲れるなァ。

"ゆっくりでしか"熔かせねェ。なァ?

ところで…そのビルのなかにまだいんのか?」


 落ち着け。奴の言った通りだ。

このビルが熔けるまでには時間がかかる。


 俺はロープがあるから脱出できる…


…い…や。奴の狙いはそこじゃない。

"俺を狙っているわけではない"んだ。


「あー…イマイチわかんねェな。

"ゆっくり確かめるとしようかなァ"…?」


 マズい!あのビルにはまだ民間人がいる!!

熔かす速度を早められたら、

老人の家族のように、あのビルの全員が焼け死んでしまう…!


 だが。あのビルは一向に熔けるペースが速くなる気配はない。

少しずつ、ゆっくり熔けている…


「いやはや…疲れて良くねェな!お前が逃げたせいで

死ぬことになった民間人をもっともっと早く

楽にしてやりてェんだけどなァァ!!!

ギャハハハハハハハハハハァ!!!」


 俺以外の、特化を持たない民間人をゆっくり殺す為だけに…!!


「…この…クズが…!!」


「いや…テメェが交差点まで来れば?

熔解は止めてやるよ。約束だぜ約束。

でも逃げるだろうなァ…そしたら徒労だなァ…

ま!!ゆっくり待つぜェ!」


向こうのビルから悲鳴が聞こえてきた。


熱い。あつい。たすけて。なんで。

はやく。はやく。ころして。

おねがい。くるしい。やめて。


「俺はなァ…あのビルで今ごろ焼け死んでいる

アイツらのような何の罪もなく一日を送っている

真面目ちゃん共が死ぬのを観るとよォ!」


「す~~~~~ッキリするんだよなァ!」


 向こうのビルはもう最上階ですら地面に着きそうだ。

雨が降ったあとの悪路のように

グズグズに熔け出しているそれを、俺は直視できなかった。


 何よりも、俺はもう耐えられなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 ガチャン!という大きな音がした。


 さっき溶かしたビルの隣からなにか投げ込まれたようだ。

ガラスが割れる音だ。何かが入っていたのか?


 案の定だ。「死神」の野郎は

民間人を助けようと躍起になってやがるようだなァ。

 そういう義侠心のある人間が絶望するのは

最高なんだぜェ!!はやく観てェエエエェ!!


 ところで、ガラス上の何かが複数投げ込まれた。なんだこりゃ?

液体で…この、鼻につく臭い。これは…


 突如、なんの変哲もない交差点に佇んでいた

俺の視界が一瞬で大爆発に充たされた。


 ガソリンだ。アイツ、ガソリンで火炎瓶を…!


 身に振りかかった炎を即座に振り払う。


「…残念だったなァ。俺の特化は熱の無効化もできるんだぜ。

じゃなきゃ銃弾を熔かした時に火傷で死んでるっての。痛ぇもんは痛ぇがな」


 今まで防いできた熱の防御はあくまで"自動"防御だ。

手で意識して触れるならもっと高速で熔かせる。

それこそ、さっきの4ビルみたいにな。

まぁ尤も、本気ならどこにいようが四つ同時に一瞬で熔かせたんだが。


「あー。疲れるとよくねーなァー。」


 だが、これで終わりじゃない。まだある。

死神の切り札…特化は一体何だ?


 俺の周囲半径5mは炎に包まれている。

俺は逃げられない。この頭痛で炎から逃げれば酸欠で気絶する。

これでは…まるで古代の闘技場だ。


 それならそろそろ。闘士のご登場だろう。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 即席の炎の結界の中に標的を閉じ込めた。


 奴の弾丸に対する防御は万能ではない。

もし、全身に隈無く銃弾を浴びせれば、全てを防ぐことはできないはずだ。

それに。今回はスナイパーライフルのときよりも速度が出せるからな…!


 ロープ射出器を構える。狙うは奴の足元。

髪で風を読み、撃つ。寸分違わず着弾した。

奴がこちらに気づいた。よし。


「…巻き取れ!」


 ロープが高速で巻き取られる。

反作用により俺の体は地面にめがけて高速で滑空している。

 風を切る。マシンガンを構える。奴を狙う。

脳天。眉間。眼球。喉仏。鎖骨。心臓。

肺。肝臓。腎臓。アキレス腱。脳天の傷。


 そして。

奴の目と鼻の先ほどの距離で引き金を引く。


 工事現場のようなけたたましい音と共に、

マシンガンの全弾40発が高速で射出される。

 俺が巻き取る速度もついている。

それに。至近距離なので空気抵抗もない。

威力減衰なしの全弾を食らってくたばれ…!


 奴は俺が撃ちきったのを見て。

空中の弾丸を見て、ゆっくりこう言った。


「…舐めてんのか?」


 俺は奴の足元に着地した。

着地するしかなかった。

俺は何が起こったのか理解できなかった。


 "蒸発した"のだ。弾丸が。全て。

奴が腕を突き出した瞬間、恐らく手動の最大出力で。

 空気が発熱したのだ。

弾丸が蒸発するほどの高温まで…!


「来る方向がわかってんなら自動防御はしねェ。

こっちから熔かし尽くすまでだぜェ。

お前俺の特化舐めただろ?」


 距離を詰められる。


「自動防御状態じゃなきゃなァ!

テメェのその小便みてぇな弾丸は絶対に

食らわねぇんだよ!バカがァ!」


 視界が回転する。蹴り飛ばされた。

奴の脚部の自動防御による熱で体の一部が焼ける音がした。


「がは…っ」


 コイツ…常に見えない熱のプロテクターを身に纏っているのか…!

銃弾が通じたのは意識して防いだわけではなかったとは…力量の誤算だった…!


 奴の笑みが見える。邪悪な笑みだ。


「お前…思ってたんだけどよ。随分切り札を…

特化を隠したがるなァって気になってたんだ」


「特化を持ってるなら、そもそも最初の狙撃で使うよなァ?

ひょっとしてお前…


――特化を持って無いのかァ?」

――――――――――――――――――――――――――――――――

 特化というのは、いわゆる超能力だ。

神様に選ばれた人間にだけ与えられる、人智や物理法則を超えた不可解な力。


――だが。

俺にはそんな力、与えられなかった。


どれだけ努力しても。

どれだけ絶望しても。

俺には、俺だけの特化の力は手に入らなかったんだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――

「図星みてェだな」


 ゆっくり立ち上がる。

俺はもう、こいつに脅威と見なされていない。

もともと、見なされていなかったのかもしれない。


「万策尽きたようだなァ。

ここからはいたぶらせて貰うぜェ。

頭の傷の借りを返す時間だ」


 奴はおもむろに両腕を伸ばし、俺にゆっくり近づく。


「おっ…雨も降ってきたみてェだ。

見ろよ。ガソリンの闘技場もじき消える」


奴は獲物をもてあそびながら。食事マナーの悪い猛犬のような牙をむき出しにして言った。


「じゃあマズは肋骨から溶かさせて貰うぜェ!

そこだけ溶かされたら一番苦しいからなァ!!

どんな気持ちだ?才の無い人間が必死で努力して

なお才能に打ちのめされる気分はよォォ!」


 俺は奴の尽き出された両腕を無視し。

コートを溶かされながら言った。


「それが…どうした…!!!」


…着火。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――

――――――


 意識が飛びかける瞬間に覚えているのは。

ヤツ…死神のコートを溶かしたときに見えた。


"腹部に巻き付けられた、ダイナマイト"だった。


 声にならない嗚咽が漏れる。

へし折れた。両腕がへし折れた。

爆圧で骨がぐしゃぐしゃになっている。

肉も剥がれた。腕はもう使えない。


 あのクソ野郎。

"自爆しやがった"。まさか。

ふざけるな。それのどこが切り札だ。

そんな手段を眉一つ動かさずに取れる奴は見たことがねぇ。

"自分の命を、なんの感情もなく天秤にかける"奴は…!!


 だが。俺は笑いが止まらない。

あのクズ野郎は俺の虐殺を止めるために…

相討ちに持っていこうとしたらしいが…


「俺の…勝ちだ…ァアアアア!

俺は生きてるぞォオオオオオオオ!!!」



「へぇ。"生きている"のか。」

「普通はここで死んだフリでもするはずだがな。

頭の悪い奴の考えることはわからんな」


 冗談だろ。


「腕はへし折れたか?

改造系のトリガーは腕だ。

お前はもう特化を使えまい」


 なんでコイツ生きてんだ。

なんでコイツ全然平気なんだ…!

――――――――――――――――――――――

 これが切り札だ。


 これは爆発する方向を選べる、

いわゆる指向性の爆弾だ。

だが、それでも普通は無傷ではいられない。

衝撃波が敵に到達するより前に、

自分に到達して心臓ショックで即死する。


 そこでだが。"装備"が重要なんだ。

備えあれば患いなし。才能で埋められない隙間は、

事前準備と命懸けの"本気度"で埋めるんだ。


 "用具の整備の時に言った通り"。

俺は黒コートの中にもう一着着込んでいる。

対爆発チョッキってヤツだ。


 俺に向けられる衝撃は緩和され、奴だけが負傷する、というわけだ。

そして読み通り。自動防御は爆圧に対応はしていないようだ。

その確証がなかったから、この手段は温存していた。本当に最後の手段だ。


 これで俺の手は尽きた。

…"1発の弾丸だけを残して"。


「さて。」


 俺は奴の眉間にライフルの照準を合わせる。

ゆっくり引き金を引こうとした時。


 俺は何かを忘れていることを思いだした。

徹底して遠距離戦闘に持ち込んでいた理由。

この炎の中に入ったのは、俺の意思ではない。


 "奴に釣り出された"、ということを忘れていた。


「自動防御の…熱はよォ…

腕に…頼らなくても…使えんだよォ…!」


 取れる限りの距離を取っていたにも関わらず。

ライフル銃の先端が熔かされた。

もう弾丸を射出する手段はない。


「へへへ…ちったあ時間がかかったが…!!

テメェはもう終わりだァ!!

治療を受ければ腕ぐらいいくらでも治るぜェ!!」


 がくん、と地面が歪む音がする。

道路が熔かされている。


「沈め!熔けろ!死に晒せェ!!

『メルトダウン』ッッ!!

ギャッハハハハアアアァア!!!」


 靴も熔け始める。足の裏が焦げる音がする。

このまま何も出来ずに、

熔けた道路の中に飲み込まれる他はない。



 もう切り札も。手札もない。


『詰み』だった。


――――――――――――――――――――――

「父さんや母さんなんて大嫌いだ!」


 勢いに任せ、家を出る。

"僕"は、なんの変哲もない、思春期の少年。

 本当は家出などする気はなかった。

ただ、ほんの一日で帰るつもりだった。


 "僕"が帰って来たときに理解したものは。

父親の消失と、母親の死。


 そして、それが悪意ある

"特化持ち"によって行われたことを。

――――――――――――――――――――――


…走馬灯か。


 "僕"は…その後、よく知っている殺し屋の下で暗殺技術を身につけた。

だが。それでも、悪意ある特化持ちに弄ばれる、

無辜の人々の全てを助けることは出来なかった。


 "僕"のような。

あの老人のような。

無実の人々を傷つける者を殺したかった。


 現実に引き戻される。

既に、周囲は熔けたアスファルトで取り囲まれていた。

俺はゆっくり焼かれているから、まだ死ねない。


「…自動防御の熱は出力が低いんだ。

ゆっくり…でしか殺せねぇが…

…ゆるしてくれよなァァァァアアア!!!」


 痛みは訓練で消した。苦痛はない。

ただ、俺の擦り切れ切った心でさえ、

心臓に杭を打ち込まれたように、未練で痛む。


 俺は捨て台詞を吐くことしかできない。


「…地獄に…」



「「地獄に…堕ちろ…!」」


 俺は奴に触れられる瞬間、視界が揺らいだ。

いや。突き飛ばされた。誰かに。

 突っ込んできたのだ。誰かが炎の中に。

俺が目にしたのは。


"燃え盛る喪服に身を包んだ男性"が。

包丁で奴の肋骨を叩き折っている所だった。


「…だ…だれだ…テメ…ェ」


「ありがとうございます。黒森さん。

ここまで追い込んでくれて」


「ふざけるな!何をしている!離れろ!

焼け死ぬぞ!死ぬなと言っただろ!」


 ヤツが…最後の力を振り絞っている。


「クソがアアアアア!離れろ!やめろ!」

「…くたばれ…!!!」


 男性の体は少しずつ熔けていっている。

同時に、奴は腹部を5箇所刺されたようだ。


――あなたがすることはただ生きていることだけです。

あとに残されたものが死んでどうするのですか!


 "僕"は言った。もう傷つけられるのを見たくなかった。

もうあの時の"僕"のような思いを、誰にもして欲しくなかった。

なのにどうして…!


「裂さん…私でも、貴方の役に立てて、よかった。

貴方は、見ず知らずの、私を心配して、くれていた」


 男性の体は殆ど熔けてなくなっていた。

最期は、僕に、そっと笑いかけていた。


――ありがとう。お元気で。



 じゅう、という非現実的な音が鳴ったとき。

男性は既に黒色の炭になっていた。


 体が炭となってもなお。

奴の体を地面に固定していた。


「う…うあああああ…

た…たすけてくれ…」


 奴がなにか言っている。

奴の言った通り、肋骨が折られて激痛が走っているようだ。

 炎も身体中に回っている。

ガソリンの火が炭に燃え移ったのだろう。

自動防御すら出来なくなっているのだろう。


「あ…あつい…あつい…たすけて

はやく…ころして…たすけて…くれ

おねがい…だ くるしい…やめて…くれ」


 俺は立ち上がり、言った。


「お前はそこでそのまま死ね」


 俺は交差点を後にした。


 雨が降っている。

第8大陸の空は何時も曇っていて、太陽が見えない。

違う。太陽が見えないのは、俺だけだ。

――――――――――――――――――――――

 あとがき


 まずはここまで読んでくださり大感謝です。五体投地します。

今回はちょっと悪役がアレだったので、

苦手な人は結構苦手だと思います、すみませんでした!

今後はカッコいい悪役も…出ますよ…?多分…。ハイ。


描写についての質問、指摘、感想大歓迎です。


 この作品は過去の作品の(文字通り)焼き直しなので、

明日第二話を更新できます。乞うご期待です!


 作者近況はtwitter⇒@TenomeKinoeを確認ください~~

最後に。本当に読んでくれてありがとうございます!

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