第十夜 8

 屋敷に近づいた頃、平太は「こっち! こっち!」と言うかすかな声を聞き取った。聞き覚えのある声をたどると、道のない林の一角で、こんもりとした笹竹のかたまりがゆれていた。

 平太は二人をうながし獣道を進むと、藤助と諭吉が手招きをしていた。


「藤助! ここにおったんか!?」


 少々やつれているが、いつもの暖かい笑みに、平太の耳が少し震えた。

 だいぶ、酒飲みよったで~、と言う銀次をはたくと、真は苦々しそうな顔で、ここまでの経緯を藤助に話す。藤助は諦観の色を浮かべると、スッと顔を引き締めた。


「お前ら手伝え。みんなを逃がさなきゃいけねぇ」


 藤助は屋敷の裏へと足を向け、ぼそりと口を開いた。


「藤助! ホンマかそれ!」


 藤助が黙って頷く。真も銀次も、にわかには信じられない表情をしていた。平太は自分の存在の根っこを揺さぶられ、呆然と立ち尽くしていた。


「平太! しっかりせぇ!」

「で……でも、オレ……、オレ……!」


 今にも泣き出しそうな肩に、藤助が優しく手を添えた。


「里が全てじゃない。世界は広いんだ。お前の足で確かめろ。……幸い、お前は新月生まれだ。時間はたっぷりある」


 笑みを浮かべる悲しげな口元を、平太は忘れることができなかった。

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