マルクEND これは私の物語。

-レナ視点-



 私はとても幸せ者でした。

 上級貴族で宰相の地位を持つお父様の元に生まれ、何不自由なく育ったのですから。

 欲しいと言えば、大抵の物は手に手に入る、とても恵まれた環境です。


「お前には最高の相手を用意してやろう」


 だから、お父様の意向で婚約相手が決められるのは、仕方のない事でした。

 何でも手に入る代わりに、恋と恋愛だけは諦めなければなりません。

 それを不幸とは思いません。令嬢なら誰しもそうなる運命……。


 それでも、私は恋が欲しかった。恋愛をしたかった。

 なので、せめて想像の中だけでも……


 そんなある日、お父様が初めてお見合いを持ち掛けてきたのです。

 ついに来ました。覚悟は出来ています。

 革命により、立場の悪くなった我が家。新政府の御要人と繋がりを持つためのお見合いです。


「初めまして。マルクと申します。お父上とは日頃からお仕事でお世話になっております」


 一目見た印象は、私よりも年上で、優しそうな男性でした。

 元は一般市民だったそうですが、革命により貴族になったのだとか。


 その男性は、私に挨拶をするや否や、手の甲にキスをし求婚を申し込んできたのです。

 私の心臓は高鳴りました。まるで、物語のヒロインに一目ぼれをする主人公そのもの。

 毎晩、私が思い焦がれた物語のような……


 だというのに、私はミスばかり。

 良い雰囲気になり、やっと思いを伝えられたのに、答えが怖くて逃げ出してしまう始末。


 そんな私を、彼は家から連れ出してくれたのです。

 手を引く彼の横顔を見ると、動悸が止まりません。

 ……私は彼に恋をしました。

 そして、彼の告白を受け、恋人になってから2年の歳月が経ちました。


「おぉ、レナ。綺麗だよ」


 純白のドレスに身を包んだ私を見て、お父様が満足そうに頷きます。

 燕尾服をビシっと決めて……というには、少々お腹が出ているお父様。

 真っ赤なドレスを着たお母様も居ます。2人とも満足そうな笑みを浮かべて私を見ています。

 私も、そんな両親を見て笑みを浮かべました。


 今日はマルク様と私の結婚式。 

 会場はリカルド様とパオラ様が結婚をした教会。

 私達が正式に夫婦として結ばれる日が来たのです。


 教会まで続く、赤い絨毯の上をお父様にエスコートされながら私は歩きます。

 目指す先に居るのは、本日牧師を務めるアルテミス教の大司教ウェンディ様と、その傍らにいるマルク様の元です。


 ゆっくりと歩を進めると、今日の参列者たちが声を上げます。

 マルク様とお父様の関係者が多く、どの方も名の知れた地位の方ばかり。

 その中に、この国の王と王妃であるリカルド様とパオラ様の姿も見受けられました。 


 マルク様の元へたどり着き、さぁいよいよお父様が私をマルク様に渡す所で問題が起きました。


「い、嫌だ!」


 お父様が私の手を放そうとしないのです。


「大切に育ててきた一人娘なんだ……手放したくない……」


 お父様を見ると、ボロボロと涙を流しています。

 お父様の様子に動揺し、困り果てるウェンディ様とマルク様。 

 どよめく会場。その時、声が響きました。


「決闘だ!」


 周りが一斉に声のした方向へ振り返ります。

 叫んだ主は、リカルド様でした。


「愛する者の為に、今戦わずして、いつ戦う!」


 沈黙が起きました。

 リカルド様に向けられていた視線が、徐々にお父様とマルク様に向かいます。


「レナをかけて決闘だ!!!」

「娘をかけて決闘だ!!!」


 お父様とマルク様、叫ぶのは同時でした。

 私の手を離したお父様に続き、マルク様も教会の外へ出て殴り合いが始まりました。

 参列者の方々が、それぞれ熱の入った応援と歓声をあげます。中にはどちらが勝つか賭け事をする方もいます。


「レナ」


 あまりの展開に、ただ固まって2人を見ていると、声がかけられました。

 声をかけてきたのは、お母様です。


「あなたはお父様の事を少し誤解しています」


「誤解……ですか?」


「お父様の言う『お前には最高の相手を用意してやろう』というのは、あなたが好きになった相手なら誰でも婚約させてやるという意味ですよ」


 それは政略結婚ではなく、まるで私の自由意思です。


「でも、それだと家が」


「良いのですよ。もしあの人がそんな物に固持する人でしたら、今頃私はここに居なくて、あなたも生まれていません」


「でしたら……どうして、お父様は初めからそう言ってくださらなかったのですか?」


 私の問いに、お母様は軽くため息をつきます。


「……娘離れ出来ないからですよ」


 学園に通っていた頃、周りの子は殆どが婚約者が決まっており、中には生まれる前から決まっていた子もいました。

 私に婚約者が居ないのは、それ相当の身分の人と政略結婚の為、そう思っていました。

 でもお父様は、本当に私を愛してくれていたのですね……。


「それで、あなたはここで何をしているのですか?」


「何を、ですか?」


 急に何をと言われても……

 

「いつまで舞台を眺める、悲劇のヒロインを気取っているのですか? という意味です」


「……」


「今日の主役はあなた。幻惑の鳥籠はもう無いはずです」


 そう言って、お母様はハイヒールを鳴らし、参列者の元へ歩いて行きました。

 その背中を追い越すように、私は走り出しました。ドレスが着崩れることも気にせずに。  


「マルク様!」


 私の叫び声に、皆が振り向きます。


「お願いです! 勝って!」


「勿論だ!」


 その言葉を聞いて、一瞬お父様が捨てられた子犬のような表情になりました。

 その隙を狙い、マルク様がお父様に殴りかかります。

 お父様の顎に、綺麗に入り、倒れたお父様は起き上がろうとして上手く起き上がれません。

 

「何をやっているのですかマルク様? 今の内にトドメをささなくて宜しいのですか?」


「えっ」


 お母様の発言に、マルク様が驚きの表情を浮かべます。


「か、かあさんまで……」


「私も女ですから。娘に女の幸せというものを教えてあげたいじゃないですか。なのでアナタは早く負けてください」


 お母様の言葉に、お父様の心は完全に折れてしまったのでしょう。

 もはや起き上がろうとすらしません。


「私の、負けだ……娘を、娘を、よろしくお願いします」 


 ボロボロになったお父様が、人目も憚らず大泣きをしながらマルク様に土下座をしました。

 そんなお父様を慰めるように、お母様はしゃがみ込み、お父様の頭を撫でながら抱きしめます。


「おーおー、御両人見せつけてくれますな!」


 陽気な声に、笑い声があがります。

 お父様とお母様の様子に、周りが惜しみない拍手を送ります。


「これじゃあ、どっちが主役かわからないね」


 隣に立った私に、マルク様が苦笑いでそう言いました。


「いいえ。そんな事はありません」


 お父様。最高の相手を選んでくれて、本当にありがとうございました。

 私はマルク様を抱きしめて、キスをします。


「こっちもこっちで盛り上がってるやんけ!」


 皆の注目が私達に移りました。お父様とお母様に主役を譲るつもりはありません。

 今日の主役は私です。だって、これは私の物語なのですから。

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