マルクのお見合い騒動 後編
日が沈み、辺りが暗くなったのを確認して俺は地図を頼りにザガロ邸へ赴いた。
大きな建物だからすぐに分かると言われていたが、なるほど。確かに大きい。
貴族の中でも上級貴族が住むこの土地で、他の屋敷よりも二回り以上大きい屋敷。流石元宰相なだけはある。
屋敷まで到着したは良いが、問題が。入り口が分からない。
俺の身長の倍はあるであろう塀が高くそびえ立ち、地平線まで続くのではないだろうかというくらい続いているのだ。
少々げんなりしたが、塀に沿って歩けば、その内入り口に到着するだろう。
「もしかして、マルク様でございますか?」
しばらく歩いていると、黒のタキシードを着た初老の男性が、女性二人を連れて俺に話しかけてきた。
物腰の柔らかさと、身なりからして
「はい。お初にお目にかかります。マルクと申します」
とはいえ、相手がだれか分からない以上、無礼を働くわけにはいかない。
既に初対面でザガロの娘にプロポーズをする、という無礼を働いているわけだし。
俺は胸に手を当てて、貴族風の挨拶をした。
「これはこれは。大変礼儀正しいお方のようで。私、ザガロ様の仕えさせていただいている使用人のベックマンと申します」
暗がりであまり見えないが、温和な笑みを浮かべ頭を下げるベックマン。それに
「話は伺っております。使用人専用の出入り口がありますので、こちらへ」
案内されるがままについていく。
塀の中にある扉を抜けると、広大な屋敷の土地の隅に出た。
そこには一軒の小さな小屋(といっても、一般市民が住む家と同じくらいのサイズはある)があった。
「ここは?」
「屋敷の外に配置されている、使用人室です」
中に入ると2段ベッドやタンス、それにテーブルなどが置いてある。
使用人の着替えや睡眠、食事などはここで取るのだろう。
しかし、何故ここに俺が呼び出されたのだろうか?
「マルク様。大変申し訳ありませんが、お召し物を代えさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「この格好じゃ、ダメか?」
「はい。ダメでございます」
それなりに見合う衣装を選んだつもりだったが、ベックマンにピシャリと否定された。
仕方がない。俺がだらしのない格好をしていって、レナに恥をかかせるわけにもいかないしな。
「分かった。頼む」
「畏まりました」
頼むや否や、使用人の女性達が俺に近づき、服を脱がせ始めた。
「いや、それ位は自分で出来る」
などと言ってみるが、使用人の女性達は手を止めず、慣れた手つきで即座にパンツ一丁にさせられた。
そして、あっという間に着替えが完了した。
先ほど着ていたのは、貴族に人気の騎士が着ているような衣装で、今着ているのは、細身のチュニックに皮ズボンだ。
これは何とも懐かしい……着慣れた感覚だ。ってそうじゃない!
「これはどういう事だ!?」
これではどこからどう見ても平民にしか見えない。
明らかに先ほどの衣装よりも悪くなっているじゃないか。
抗議をすると、一冊の古ぼけた本を渡された。何度も読み返したのだろう。所々角や文字がすり減っている。
差し出された本は、平民から貴族まで誰もが知っている童話の本だった。
貴族の娘と平民の男が惹かれ合い、禁断の恋をする物語。
「レナお嬢様は、このお話が昔から大層好きでしてね……」
つまり、この物語をなぞれと?
もはや色々と恥をかいているんだ。今更恥の一つや二つ増えた所で構わないだろう。
もしこれで嫌われるなら、ザガロには悪いがそれはそれで諦めがつく。
「お嬢様を中庭に呼び出しますので、外へ連れ出す準備をお願いします」
「あぁ。わかった」
ベックマンが小屋から出る。少し遅れて俺も小屋へ出て中庭へ向かった。
そこには、一人佇むレナが居た。湯あみを終えたばかりなのだろうか、髪に着いた水滴が、ランプの灯りでキラキラと反射している。
確か物語通りやるとしたら「おぉ愛しのレナよ」か……警戒されるだけだな。普通に話しかけよう。
「やぁ。こんばんわ」
「えっ。マルク様どうしてここに!? それに、その恰好は?」
目を丸め、驚きの表情を見せるレナ。今回の計画は、彼女にだけ伝えていないらしい。
「マルク様? やめてください。俺はただの市民、マルクですよ」
「えっ……あの……」
更に困惑するレナだが、強引に話を進めよう。
「分かっております。貴女は令嬢。俺は市民。ですが例え身分が違えども、貴方を思う気持ちは止められません」
「……!」
物語のセリフ通りで、多分何となくわかったのだろう。
レナは深呼吸を一つし、無言で俺をジーっと見つめている。
次の言葉を待っているようだ。
「さぁ今の内に共に行きましょう。貴女の御父上に見つかる前に」
「はいっ!」
実際は
レナの手を引き、早足に来た道を戻り、使用人用の出入り口から出ていく。
『おぉ! レナ! 愛しのレナはどこだ!?』
ザガロの叫び声が屋敷の方から聞こえ、2人して笑った。
しばらく歩き、貴族の住む地区から、一般市民の住む地区へと移動した。
「ところでマルク様。これはどういった催しで?」
足を止めたレナが、少々困ったような表情で訪ねてきた。
「レナ。良ければ今から私とデートをして貰えないだろうか?」
「デート……? デートですか!?」
言葉の意味に気づき、顔を赤らめるレナ。
「で、でもどうして急にデートを」
上目遣いの表情に、俺の心拍が上がるのを感じる。
いかん。俺が恋に落ちてどうする。
ここで物語の決め台詞で逆に落とすんだ……それで、落とせるだろうか?
彼女は俺が物語になぞってるのが分かっている。そして、先ほどからそれに合わせてくれている。
ここで俺が物語のセリフでプロポーズをして、それはレナの心に響くだろうか?
返事はきっとOKだろう。だがそれは本心ではなく、お芝居の返事にならないだろうか?
……俺の言葉で伝えよう。
「俺は君に恋をしてしまった。だから、君が俺に恋をして欲しいんだ。俺のワガママを聞いて貰えないだろうか?」
しばしの沈黙の後。彼女は首を横に振った。
「ごめんなさい」
一瞬目の前が真っ暗になった俺に、レナは笑顔で抱き着いてきた。
「私は既に、貴方に恋をしているのですから」
彼女の言葉で、返事がもらえた。
「私、恋人が出来たらやってみたかったことが、いっぱいあるんです!」
「あぁ、何でも言ってくれ」
俺達は手を繋ぎ、夜の街へ歩き出す。
この後、レナの恋人おねだりが続いた。何をしたかは、俺とレナの二人だけの秘密だ。
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