32.平凡令嬢、告白。

-パオラ視点-



 私は今、1人で庭園を散歩しています。

 最近は考え事をするために、1人でいることが増えました。

 

「はぁ……」


 軽くため息をつき、その場にしゃがみ込み、丁寧に並べられた花を見ます。

 色とりどりの花が咲き誇り、それらが一種の芸術画のように見えます。

 ただ無造作に植えてあるだけでしたら、そんな印象を受ける事はありません。庭師が普段から手入れを怠っていない証拠でしょう。


 見る人の心を楽しませる花々は、この庭園に沢山あります。

 だというのに、私の心は晴れません。


「はぁ……」


 何度目の溜め息でしょうか。 


 この頃、リカルド様とどう接すれば良いか分からなくなってきました。

 革命後も、リカルド様は変わらず、私をからかったりと構ってくれたのですが、私は以前と同じように出来なくなっていました。


 目が合うだけで動悸が激しくなり、顔が熱くなります。

 頭を撫でられるのは嬉しいのですが、それ以外の感情も混ざり、それどころじゃありません。


 私は、リカルド様に恋をしてしまったのでしょう……。

 ですが、リカルド様は今やこの国の王。そのような方に恋心を抱くのは、良くない事だと分かっています。


 それに、問題は身分だけではありません。

 私はかつて、リカルド様の兄上であるジュリアン様と婚約関係にありました。

 ジュリアン様とは何もありませんでした。その前に婚約破棄を言い渡されたので。

 でも、だからと言って無かったことにはなりません。


 ”クソビッチが!”


 脳裏には、あの時ジュリアン様に言われた言葉が浮かびます。

 ジュリアン様に恋い焦がれ、婚約破棄を言い渡され泣いて無様な姿を見せた私。

 ジュリアン様の件が終わったから、今度はリカルド様の事を好きです、だなんて言えるわけがありません。


「それこそ売女ビッチですよね」


 自嘲気味に呟きます。

 私がしようとしているのは、単なる鞍替えなのですから。


「でも、しょうがないじゃない……好きになってしまったものは……」


 誰に言うでもなく、花を相手に呟いてみます。

 

「私は、ここを去るべきなのでしょうね」


 そう口に出すと、胸にチクリと感じる痛みと共に、決心がつきました。

 このままここに居ても、迷惑をかけてしまうだけだろう。


 幸いにして、私は役職についていません。

 出世のために革命に参加したわけではないのでと、辞退しています。


 さぁここを去ってどうしようか、そんな風に考えていた時でした。

 血相を変えたマルク様が私の元まで走ってきたと思いきや、突然リカルド様と決闘を始めたのです。


「それで、どうして急にマルク様と喧嘩を始めたのですか?」


 緊張から、少し硬い声が出ました。

 リカルド様はというと、怒られた子供のようにシュンとなって「すまない」と言うだけです。


「大体私は物じゃないんです。勝手に賞品にしないでください」


 全く、これではまるで2人が私を取り合って決闘してるみたいじゃないですか。 

 ……んんん???


 まるでじゃなく、取り合いで決闘そのものなのでは……?

 でもでも、お二人ともそんな素振り、今まで見せたことはありませんよね?

 リカルド様は私をおもちゃか何かのようにからかうだけですし、マルク様は何かと私に気をかけて話しかけてくれますが、その位ですし。


「パオラッ!」


「ひゃいっ!」


 シュンとしていたリカルド様が、気づけば私の前に立ち、真剣な目で見下ろしています。

 ほ、本当に、私に告白をして、くださる、のですか?


「君が兄と婚約者だったことは知っている」


「ハイッ!」


 思わず背筋が伸びてしまいます。


「君の心は、もしかしたらまだ兄にあるかもしれない」


 ……流石にそれはありえません。


「君が誰を好きでも構わない。なんなら浮気だってしてくれても構わない。だから……」


「だから……私と結婚してほしい!」


 聞き間違える事のないような透き通る声で、リカルド様は私に告白しました。

 あまりの嬉しさに泣きそうです。リカルド様は顔を真っ赤にさせていますが、多分私も今同じくらい真っ赤なのでしょう。

 返事は決まっています。


「リカルド様、私は一時とは言えジュリアン様を愛した女。そんな女にリカルド様の寵愛を承る資格なんてあるでしょうか?」


 はい。喜んで……あれ?


「ジュリアン様が私に向けて『クソビッチ』と言いましたが、ここで食いついたら私は本当に売女ビッチですね」


 やめて。お願い止まって。私が言いたいのはそんな言葉じゃありません。


「リカルド様も王なのですから、ちゃんとした相手を選ばないといけませんよ」


 最悪です。完全にやらかしました。

 ただ喜んで抱き着けば良いだけなのに、私は何を言ってるのでしょうか。

 

「……分かった」


 あぁ……。リカルド様……。


「私は王を辞めよう」


「……はい?」


 王を辞めるって、何を言ってるのですか。


「王と言う立場が邪魔ならそんなものいくらでも捨てよう」


「で、ですが」


「だから今は王じゃない、私はただのリカルドだ」


 リカルド様は少し屈んで、私に目線を合わせました。


「パオラ。先ほどから君は資格がどうとか言っていたが、君の気持ちは何一つ言っていない。私の事が好きか嫌いかで答えて欲しい」 


「わ、私は……好きです」


 一度言葉にしたら、感情と言葉が決壊してしまった。


「私を見て微笑んでくれるリカルド様が好きです。変な嘘をついてからかって来るリカルド様が好きです。事あるごとに頭を撫でてくれるリカルド様が好きです。こんな私に真剣に向き合ってくれるリカルド様の全てが好きです。大好きです!」


 拭っても拭っても涙がとめどめなく溢れ、嗚咽交じりになりながら、それでも私はリカルド様の好きな所を言い続けました。

 リカルド様の腕の中で、私はしばらく泣きました。


「パオラ、もう一度聞くよ。私と結婚してほしい」


「はい。喜んで」


 今度は素直に答えられました。

 ゆっくり瞳を閉じ、私はリカルド様とそっと口づけを交わしました。


 初めてのキスは、少しだけしょっぱい味がしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る