29.平凡令嬢、裁判に出席する。

 カツーン、カツーン。

 乾いた音が、室内に響き渡ります。


「ご静粛に! ご静粛に!」


 そう言って、もう一度木槌を振り下ろす黒衣の男性。

 彼はこの国の裁判官です。


 彼の声に、ざわめいていた室内が静寂に包まれました。

 室内には柵が設けられており、一般の方は柵を超えて入れない造りとなっております。


 柵の内側、その中央に居るのは裁判官。

 向かって左側には私、リカルド様、マルク様がそれぞれ椅子に座っています。

 そして右側には、ジュリアン様、そしてカチュアお姉さまが椅子に座っています。


 ジュリアン様とカチュアお姉さまは痩せこけ、捕えられた時と同じ服装のままで、全体的に薄汚れています。

 高級な衣類は、今や薄汚れ暴れたせいか所々破れ、手入れのしていない肌や髪は荒れ、どことなく浮浪者を思わせます。

 2人とも項垂れて、生気を感じられません。


「これより裁判を行う」


 裁判官が、これまでジュリアン様やカチュアお姉さまがやってきた悪事を一つ一つ確認し、本人に問いただします。

 内容は知っていたものがほとんどですが、中には耳を覆いたくなるような非人道的な事も有りました。


 ジュリアン様もカチュアお姉さまも、それらの問いに「はい」とか細く答える程度で、否定をしようとしません。

 いえ。否定をしようにも、証拠を突き出されながらなので、否定が出来ないというべきでしょうか。


 裁判はスムーズに進んでいきました。

 時折、柵の外側である傍聴席からヤジが飛んできますが、裁判官が木槌を叩くと静かになります。

 それでも静かにしないものも居ましたが、その場合は強制で退出させられていました。

 

「それでは、判決を行う」


 ゴクリと、私は固唾を飲んで見守ります。

 普通に考えれば死罪が妥当ですが……。


「ジュリアン、及びカチュアは財産の没収、及び身分を剥奪し、国外追放とする!」


「フハ、フハハハハハハハ!!! 聞いたか愚民ども! 王族を罰する法律は無い! つまりそういう事だよ!」


「アッハッハッハッハ! 確かに財産と身分は無くなったわ。ですが、それだけで私達『無罪放免』ですので」


 自らの判決に、2人は狂ったように笑いだしました。

 裁判官が木槌を叩き、「静粛に!」と言うのも気にする事なく、集まった傍聴席を見て勝ち誇ったように笑っています。

 あぁ……なんて愚かな……。


「良いか、覚えておくが良い。必ず貴様らに復讐をするからな!」


「それまで震えて待っていなさい!」


 傍聴席からは不服を訴える声が上がります。

 ジュリアン様とカチュアお姉さまは、それらを挑発するかのように、柵の前で笑顔で手を振ったりしながら優雅に歩いて退出していきました。


「これで、良かったのか」


「ええっ。後は民に任せる、ということでしょうね」


 無罪放免。

 本当に何事も無く出られれば、そうでしょう。


「な、なんだお前たち! や、やめろ!!!」


「何をするんですか! 放しなさい!」


 それから程なくして、ジュリアン様とカチュアお姉さまの悲鳴が聞こえてきました。


「居たぞ! 逃がすな!」


「足だ! まずは逃げられないように足を叩き切れ!」


「ギィヤアアアアアアアアアア!!!」 


 悲痛な面持ちで、顔を横に振る裁判官が祈りを捧げます。

 私達もそれに倣い、祈りを捧げました。


 『彼らへの罰は、民衆に任せる』


 例え死刑判決を出したとしても、民衆の怒りは収まらないでしょう。

 それだけの事をしてきたのですから……

 もし、先ほどの判決で自らの罪に対する懺悔をしていれば、多少は変わっていたかもしれませんが。

 悔やむには、もう遅いのかもしれませんね。


「誰でも良い、私を助けろ!」


 そう叫ぶジュリアン様ですが、もはやこの国はおろか、諸外国にもジュリアン様の味方をする人は居ないでしょう。

 私達は、2人の悲鳴が消えるまで、ただ祈り続けました。


 数時間後、悲鳴の声は聞こえなくなりましたが、それでも民の怒りの声は消えません。

 ジュリアン様とカチュアお姉さまは、裁判所の外で遺体となり果てました。

 その後も怒りのやまぬ民により、遺体を辱められること7日間。最後は国外追放という名目で、供養されることもなく、国境沿いの山へと無残に捨てられていきました。

  

 

 さよなら。

 ジュリアン様、カチュアお姉さま。

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