27.非凡夫婦、勘違いにいまだ気づかず。
-カチュア視点-
「連絡。王都、陥落しました!!!」
「討伐に向かった軍はどうなった!?」
「暴徒と合流し、こちらへ向かってきています!」
そんな……精鋭を誇る我が王国軍が、まさか王国へ牙をむくことになろうとは思いもよりませんでした。
報告に上がる兵士に対し、貴族や役人たちは半狂乱になり怒鳴りつけ、時に暴行まで加える始末です。
「ほ、他の地区に居る軍を全て呼び戻せ! 今すぐにだ!」
相変わらず顔色の悪いザガロ宰相が命令をしますが、それは無理な命令でしょう。
「今ある軍は全て、王都に居ますッ!」
そうです。全軍を王宮に招集したため、他の地域には、もはや一兵たりとも残ってはいません。
残っているのは、王宮を守るために配属されている最低限の兵士のみです。
「報告します! どうやら暴徒にイーリスの商人達が加わっている模様!」
「報告します! テミスから教団騎士を暴徒に派遣したと声明が上がっています!」
「各国大使館、全てもぬけの殻になっていました! 各国の軍を率いて、王宮に向かって進軍との事です!」
おかしいおかしいおかしいおかしい!
こんなはずは……全ては非凡なジュリアン様が采配して、なぜこのような結果に!?
ギリッと奥歯を噛み締め、報告をただ聞くしかありません。
「ジュリアン様、カチュア様。今の内にお逃げをッ!」
「この痴れ者が!」
大臣が逃亡を提案しますが、ここで逃げてどうなるというのですか?
せっかく手に入れた地位を、名誉を、富を捨てて逃げる? ありえません。
それに、ジュリアン様さえいればあの程度の軍勢、どうにかなるはずです!
何せジュリアン様は、あの皇帝竜を倒したお方なのですから。
「あの程度、皇帝竜を打ち滅ぼしたジュリアン様が出れば塵芥も同然。たかが雑兵相手に逃げるなどと、侮辱が過ぎる!」
「も、申し訳ありません!」
そう、ジュリアン様さえ居れば何とかなるのです。ジュリアン様さえ居れば!
「カチュアよ」
そう言って私を見たジュリアン様は、とても蒼い顔をしていました。
「私だけではこの軍勢は厳しい。君も共に戦っては貰えないか?」
そんな……。ジュリアン様でも厳しい……?
私は本来平凡。共に戦った所で一兵の役にも立ちません。
しかし……ここで引くわけにはいきません。
今更「魔王を倒したのは妹でした」などと、どの口が言えるでしょうか?
ここでジュリアン様に捨てられれば、私は確実にパオラに……。
「分かりました。それでは準備してきますので、少々お待ちください」
「おぉ! やってくれるか! 君さえいれば百人力、いや万人力だ!」
パッと笑顔に戻るジュリアン様。
こうなればやるしかありません。
少々危険ですが、奥の手を使うとしましょう。
私は速足で部屋へ戻りました。
部屋に戻り、誰も居ないことを確認し、部屋にある化粧机の一番下、その奥にある隠し扉を開きます。
そこにある、小さな箱を取り出しました。
中にあるのは、拳大のサイズで黒く輝く透明な球……魔王の一部が結晶化した物です。
これはパオラが魔王を討伐した場所に、軍を派遣した際に、偶然見つけた物です。
『我の封印を解いたという事は、取引に来た、という事だな?」
頭の中に重く低い声が響きます。
「ええっ。今の状況を軽く話します」
現状を説明します。
皇帝竜を倒したジュリアン様と共に、パオラへの復讐を持ちかけました。
『良いだろう。もし我の力を使いこなせぬ場合は、問答無用でその体を乗っ取らせて頂く。構わぬな?」
「それで宜しいです」
『それと、我は今完全体ではない為に弱体化している。故にパオラには勝てぬ、それを念頭に入れておけ』
「分かりました」
弱体化している、私にとっては好都合です。
ジュリアン様の手助けをするだけの力があれば十分なのですから。
もし完全な状態でしたら、私の体はすぐに乗っ取られてしまうでしょう。
弱体化した魔王。その力、絶対に扱いこなして見せます。
球を地面に力強くたたきつけると、ガラスの割れるような音と共に、黒い靄が現れ、私の口に入って行きました。
吐き気を催すほどの気持ち悪さをこらえ、ついに全てを飲み込みました。
あぁ……何か体中がすごくふわふわします。
「失礼します。カチュア様、物音がしましたがいかがなさいましたか?」
物音に気付き、慌てて入ってきた兵士に笑顔を向けます。
「大丈夫ですよ。ほらっ?」
手を横に振るだけで、黒い刃が兵士目掛けて飛んでいき、体を真っ二つにしました。
何と素晴らしい力でしょうか。どうやら魔王の力とやらを完全に使いこなせているようです。
これならパオラにも勝てるのでは無いでしょうか?
ウフフ。ウフフフフフフフフフフ。
-ジュリアン視点-
カチュアが戦いに向け、準備すると部屋に向かった。
つまり、今回は準備せねばならぬほどの戦いになるという事だ。
あの魔王を討ったカチュアですら手こずる、いや、もしかしたらカチュアだけでは厳しい可能性の方が高い。
カチュアを囮に、私だけ逃亡するか?
いや、もしカチュアが全て追い払えた場合、逃亡した私に非難が殺到するだろう。
かと言って、共に戦った所で私では一兵の役にも立てない。もしボロが出ればどのような仕打ちが待っているか……。
「ザガロ。ここは任せる。私も戦の準備をしてくる」
「わ、分かりました。ここもじきに暴徒が押し寄せるでしょう。長くは持ちませぬ」
「うむ。了解した」
私は速足で自分の部屋へ向かった。
部屋に行けば、弟リカルドが討った皇帝竜の一部がある。
皇帝竜の精神が、まだその一部に残っている。
奴は以前から、何かと私に力を貸してやろう等と言って、取引を持ち掛けてきていた。
だが力を借りる代償として、もし制御できなければ、私が精神をのっとられるという内容なので却下してきた。
しかし、今回はそうも言っていられない状況だ。弟リカルドへの復讐を餌に、皇帝竜を説得し、私に力を貸すように頼むしかない。
奴は不完全な力しか出せないと言っていたが、なぁに、本来の力は出せなくとも、カチュアの手伝いをするだけの力を借りることが出来れば十分だ。
部屋に戻り、私は皇帝竜と契約し、力を借りることに成功した。
王座に戻ると、既にカチュアは準備が出来ているようで、私の王座の隣に座って待っていた。
私も黙って王座に腰を掛ける。
遠くからはこちらに向かって足音が聞こえてくる。
段々と近づき、パタリと音がやんだ。
バンッ!
強引に開かれた扉の先には、兵を引き連れた弟リカルドと、かつての婚約者パオラが居た。
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