21.平凡令嬢、反撃の狼煙を上げる。

-パオラ視点-

-ローレンス邸-



「難民受け入れですか?」


「せや!」


 ここの所、市民の間では私やリカルド様の色々なウワサが流行っていると聞きました。

 耳にする限り、どれも悪いウワサではありません。なので、名誉挽回作戦は成功だったのでしょう。

 ですが、問題が起きました。上手く行きすぎたのです。


 国が疲弊していけば、当然王家に対する不満は大きくなっていくものです。

 私やリカルド様が褒められるという事は、カチュアお姉さまやジュリアン様が乏しめられるという事になります。

 そして、乏しめられたカチュアお姉さまはあろう事か、悪いウワサを見聞きしただけで不敬罪を適用する法案を押し通したのです。

 不敬罪で捕らえられた者は、有無を言わさず処刑にするという非道っぷりです。


 街には市民に紛れて監視役を投入したり、ウワサを流している者を密告すれば報酬を与えられたりしているそうです。

 なので、ヴェラ王国の街は静まり返り、隣人すら信用できないような状況になっているのが現状です。

 

 物資が滞り、その日の食べる物さえない人達が、寄る辺もなく彷徨い、各国の国境まで押し寄せているのだとか。

 ここまで来れば、私達も覚悟をしないといけません。


「分かりました。それでは会議を開きましょう。」


「そう思って、既に人は集めてるで」


 私がそう答えると分かっていたようで、既に会議の手筈は整えられていました。

 流石は会頭を務めるだけあります。味方の行動すら念頭に置いて計画しているのですから。


「それでは会議を始めるで」


 会議室には、ローレンス様、ミシェラン様、シーズ様、ウェンディ様、マルク様、リカルド様……そして私。

 それぞれが、テーブルに着きました。

 壁際にはロウルズ様と死神の鎌が立ち並んでいます。


「近頃は、リカルド様とパオラ様の良いウワサのおかげでワイらは随分やりやすなった」


 内容は先ほど私と話したものと同じです。ウワサによってどうなったか。ヴェラ王国の現状がどうなっているのかです。

 そして、状況整理が終わると、おもむろにテーブルの上に一枚の地図が置かれました。

 その地図はヴェラ王国を中心に、周辺国にはチェック印が打たれています。


「ヴェラ王国の周辺国は全て、裏でワイらに賛同を示してくれてはる」


 どうやらチェック印は、こちらの味方を表すようです。

 イーリスやテミスのような大きな国だけではなく、小さな小国までビッシリとチェックを打たれています。


「ここいらで、各国をあげて難民の受け入れを提案しようと思う」


「難民の受け入れですか……それだけの予算のあてはありますか?」


 そう言ったのは、リカルド様でした。

 難民を受け入れれば、その規模に応じた費用がかかります。

 正直、リカルド様は第2位とはいえ、国の皇位継承権があったお方。自らの民を値踏みするような発言で、ご自身を苛んでいるのでしょう。

 頭を押さえて顔色もあまりよくありません。

 

「正直、全部受け入れてたら一月も持たんやろな」


「……」


 ローレンス様の言葉に、一同が押し黙ります。

 それ位の事は、商売に疎い方でもある程度分かっているからこそ、何も言い返せません。


「あーもう、お通夜ムードやめてくれや。ここからが本題やッ!」


 私とリカルド様の前に、先ほどの地図が置かれました。


「もし、難民がそれぞれの国へ亡命するとしたら、何日くらいで付くかおおよそでええから書いてくれ」


 亡命するのに何日か……ですか。そうですね。 

 私はリカルド様と討論しつつ、細かな地形による誤差を死神の鎌に修正してもらいつつ書いて行きました。

 とはいえ、民が逃げ出すタイミングが分からない以上、移動時間だけの日数ですが。


「おおよそと言いながら、ごっつ細かいやん自分!」


「は、はぁ……」


「ええで、これで作戦が建てられる」


 作戦……まさか!?


「……避難してきた民を使って……戦争をするつもりですか?」


「そないな睨まんといてや、もちろん志願する者だけやし」


 テーブルを叩き、私は異議を申し立てます。

 困り果てて逃げてきた民を使うなど言語道断。そのような浅ましい行為。出来る訳がありません。


「私やリカルド様に、民を死地へ導くような破廉恥な真似をしろと言うのですか!」


「そうや」


「私を信じて助けを乞う民に、死ねと申させるつもりなのですか!?」


「そうや」


「ローレンス様ッ! 冷静に自分が言っている事を分かっているのですかッ!」


「冷静か、せや、ワイは冷静やで」


 ローレンス様の目を見て、一瞬ゾクリとした物を感じました。

 彼は私を見ていますが、私を見ていない。そんな冷たい目です。

 今まで仲間と思い、信じてきた方がこのような事を……。


 激昂に身を任せ、右手を上げます。

 ですが、彼は微動だにしませんでした。

 ただただ、私を見つめるだけです。


「ローレンス様」


「なんや?」


「民を奮い立たせる目的はなんでしょうか?」


「パオラッ! 君まで何をッ!?」


「リカルド様。まずは話を聞きましょう」


 声を上げたリカルド様に、私は努めて冷静に、静かに言いました。

 うっ、と苦い声を上げ、「分かった」と一言だけ言うリカルド様。納得していない様子ですが、それで良いです。

 私自身納得していないのですから。


「数や、結局の所ワイらがいくら言った所で所詮は100にも満たん少人数や。国を動かすにはそれなりの数が必要や」


「こちらから声をかけている方々だけでは、足りませんか?」


「無理やな。そもそも他国のためわざわざ行く時点でモチベなんて0や。行く前から逃げ出す可能性もある」


「しかし、戦いを知らぬ民を戦場の矢面に立たせるのは」


「せやな、せやから前に出て、民を死なさんようにするのがアンタラの仕事や」


 ……そうですね。前線に立ち、民を守る。

 簡単ではありません。ですが、簡単な道などそもそも存在しないのです。

 私があの時、復讐を誓った時から、既に茨の道を歩み続けてきたのですから。

 今更誰かの犠牲を恐れ逃げた所で、被害が無くなるわけではありません。


「分かりました」


 覚悟は決まりました。

 翌日から、ヴェラ各地で「他の国へ行けばヴェラの難民の受け入れてくれる」と「悪政を断つために立ち上がった英雄リカルド、聖女パオラの元に集え」という触れ込みをレジスタンスや死神の鎌が行うことになりました。


 予想よりも1日早く、各国の国境沿いに、ヴェラの難民達が集まりました。

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