11.平凡令嬢、暗殺者集団と対峙する。

 リカルド様が扉を開けると、血の匂いが漂ってきました。

 その匂いから、中の様子が容易に想像できます。


「うっ……。これは酷い……」


 中の惨状に、私は目を背けました。人の死を見たことがない生娘ではありませんが、それでも慣れないものです。

 リカルド様やマルク様は、青い顔をしながらも目を背けようとはせず、そのまま中に入って行きました。


「パオラ、君はここで……」


「いえ、大丈夫です」


 リカルド様は私を気遣って、ここで待つように言います。

 その気持ちはありがたいですが、もしかしたら生存者がいるかもしれません。

 すくむ足を叩き、深呼吸を一つして、早くなった鼓動を落ち着かせます。


「こう見えても私、武芸ならたしなむ程度には出来ますから」


 懐から一振りのナイフを取り出します。

 我が家に代々伝わるもので、見た目はただの装飾品のナイフですが、魔力を込めると、魔力で出来た刃が出来上がる代物です。

 私が魔力を込めると、魔力の刃が伸び、剣の形になりました。


「……。分かった。その代わり、私やマリクからは絶対に離れるなよ」


「はい。分かりました」

 

 意を決して中に入ります。

 床で寝そべるように倒れている人たちは、多分このお屋敷の警護をしていた方でしょう。皆首から血を流して倒れています。

 ピクリとも動かない所を見ると、生存者は絶望的です。


 建物の壁や床には血が飛び散っていますが、テーブルや椅子、調度品といった物が倒れている様子はありません。

 抵抗する間もなく、殺されたのでしょう。


「奥から声がします」


 声の聞こえた方を見ると、大扉が見えました。


「どうしましょうか?」


「行くしかないな。リカルド、パオラ、言っておくが俺の腕は当てにならない。もしもの時は自分の身は自分で守ってくれ」


「分かった」


 リカルド様が大扉を開けると、中はダンスホールになっていました。

 そこには、鎧を着た男達がそれぞれ手に武器エモノを持ち、守られるように囲まれている恰幅の良い男性がいます。

 彼らを囲むように包囲しているのは、白いマスクを被り、漆黒のコートで全身を隠した見るからに得体の知れない集団です。

 既に何人かやられた後のようで、あちこちに死体が転がっています。


「だ、誰や? いや、誰でもかまへん。助けてくれや! もちろん報酬は払う!」


 恰幅の良い男性が、助けを求めるようにこちらに声をかけてきました。


「こんな時間に訪問か? 誰かは知らぬが、見られたからには死んでもらう。運が悪かったと思ってくれ」


 まるで独り言のように、抑揚のない声で白マスクが話を続けます。

 

「入り口は既に我々の仲間が封鎖している。逃げても構わないが、当然逃がす気はない」


 死体はどれも武装した方ばかりで、漆黒のコート姿はいません。

 得体の知れない集団は、それだけの手練れという事がわかります。

 ナイフを握る手に、力が入りました。


「待ってくれ」


 前に出たリカルド様が、白マスクに声を掛けます。


「悪いが命乞いは聞くつもりはない」


「リカルド様。お一人で前に出ては危険です」


 私の制止を振り切り、一歩また一歩前に出ていきます。


「もしかして、お前たち死神の鎌か?」


「リカルド様……? もしかしてジュリアン様の弟ぎみのリカルド様であられますか?」


「そうだ。お前たち、ここで何をしている?」


「我々はジュリアン様の命で、ローレンス商会に協力の要請に来ました」


「ドアホ! 何が協力の要請や。金と物資をよこせ。さもなくば殺すうて、それは強盗言うんや!」


 リカルド様と白いマスクの会話に、恰幅の良い男性が口を挟みました。

 直後、白マスクに睨まれて「ひぃ」と小さく声を上げ、鎧を着た男性の後ろに必死に隠れました。


「なるほど。状況は理解した。お前たち、引く気は無いか?」


「申し訳ありませんが、引く事は出来ません。どうしてもと言うのでしたら……」


 白マスクの集団がリカルド様の元まで、ゆっくりと歩いて行きます。

 危険を察し、前に出ようとした私を、リカルド様が手を出して待ての指示します。 

 白マスクの集団はリカルド様の前で跪き、祈るように手を組み始めました。


「我々の首を、この場でねてください」


「……。良いだろう。だがその前に、何があったのか話を聞かせて欲しい」


「畏まりました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る