6.平凡令嬢、助力する事を決める。

 私の手は、まだ汚れていない?

 じっと自分の手を見ると、手の中にコロコロと可愛らしいキャンディが転がっています。

 今、リカルド様が転移魔法で出したキャンディですが、これを街全体の規模で?


「でも、どうやって? 現代魔術ではその様な事を出来るとは思えないのですが」


「はい。現代魔術では不可能なので、古代ルーン魔術を用いました。このように」


 リカルド様が、またパチンと指を鳴らすと、カタカタと部屋全体から音が聞こえてきました。

 何か硬い物が降って屋根に当たるような音です。

 何が起きているのか窓の方へ目をやると、外は飴玉のお菓子が空から降っていました。それも街を覆うほどの。


「あっ。お菓子だ!」


 外からは、子供たちの嬉しそうなはしゃぐ声が聞こえてきます。

 

「これで信じて貰えますか?」


「えぇ……」


「それとも、この街も転移させてみましょうか?」


「いえ、それは結構です!」


「ふふっ。冗談ですよ」


 慌てふためく私を見て、またもやクスクス笑うリカルド様。

 それがなんだか恥ずかしく感じ、私はまたシーツで顔を隠しました。


「古代ルーン魔術を使えるだなんて、凄いのですね」


「いえ。昔の人は普通に使っていた、『平凡な』魔法ですよ」


 そんな事はありません。

 そう思いましたが、確かに神級魔法も、昔の賢者様は普通に使えた『平凡な』魔法ですし、古代ルーン魔術も、もしかしたら『平凡』なのかもしれません。

 でも、例えそうだとしてもこれだけ出来る事は凄い事です。そんなリカルド様をもってしても非凡と言わせるジュリアン様は一体どれほどの方なのか……。


「話を戻しますが、先ほど貴女の力を貸して頂きたいと言いましたが、少し訂正を宜しいでしょうか?」


「訂正ですか? 構いませんが」


「はい。力を貸してくれなくても良いので、出来れば私の傍に居て貰えないでしょうか?」


「えっ、えっ」


 もしかして、リカルド様は私に一目ぼれした。という事でしょうか……。


「恥ずかしい話。実は私も貴女と同じだったのです」


「私と……同じ……?」


「はい。商業都市には、復讐の第一歩として街を破壊する予定でした。ですが貴女の手によって今まさに破壊される街を見て、私はとっさに転移魔法を使っていたのです」


「ん。ん~???」


 真面目な顔でリカルド様が話しているが、私はそれどころではありません。

 告白されると思い、心の整理をした所で告白は私の勘違いだったと知らされたのですから。


「あの……顔が真っ赤ですが、もしかして気分が優れないのでしたら、話は後にでも」


「いえ、大丈夫です! 続きをお願いします!」


 リカルド様に見つめられたら、その透き通るような青い瞳が全てを見通してしまうような気がして、私は話の続きをお願いしました。

 今の気持ちを悟られたら、またクスクスと笑われてしまうでしょう……でも、少し、悟られたいと思ってしまうのは、何故でしょう?

 私を見て、「分かりました。それでは」と言って、リカルド様は続きを話し始めました。


「あの時、自らの行いを悔いて、泣きながら笑う貴女を見た時に思ったのです。あぁ、あれは私だ。もし出会わなければ、あそこで自責の念に苛まれていたのは私だったと」


「そう……だったのですか」


 街を救った理由も、街を破壊しようとした私を咎めようとしなかった理由を聞き、腑に落ちました。


「私も貴女と同じく、非凡な兄に地位、名誉、名声の全てを奪われた身。もしかしたら、また同じような考えに走らないとは限らない。ですが、貴女が一緒に居てくれれば踏みとどまれる気がするのです」


「分かりました。是非お願いします」


 そう言って、頭を下げました。

 それは、私にとっても都合の良い話です。似たもの同士、お互いを監視しあえば、今回のような暴走は無くなるはずです。

 死にたいとさえ思えるほどの後悔をしても、また次が無いとは限りません。

 

「あっ……」


 リカルド様の手が、私の頭を優しく撫でてくれました。

 頭を撫でられるなんて何年ぶりでしょうか?

 平凡になるために必死に努力をした私を、家族は口々に褒めながらも苦笑していたのを覚えています。

 ただ褒めて貰いたかった。こうやって頭を撫でて「凄いね」と言って欲しかっただけなのに……きっと私が平凡以下だったからでしょう。


 それがこのような形で叶う事になるとは、とはいえ、心の準備も出来て無かった私は、ただ俯く事しか出来ません。


「あぁ……これは失礼。つい……」

 

 気まずそうな顔をしたリカルド様が、私の頭から手を退けて、そっぽを向いてしまいました。

 頬を掻いて、私にどう言葉をかけるか悩んでいる様子です。


「あのっ……」


 ”くぅぅぅぅぅぅぅぅ”


 出来れば、もう一度頭を撫でて欲しい。

 そう言おうとしたのに、私を邪魔するように、お腹が鳴いてしまいました。

 

「そういえば、倒れてから何も口にしてないですね。少し遅いですが朝食にしましょうか」


 苦笑いを浮かべ立ち上がったリカルド様が、「朝食を用意して貰って来る」と言って部屋を出ていきました。

 全く……お腹の虫さんは空気を読んでほしいものです。はぁ……。

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