第18話「罠」
周りの状況を見る。
突然の僕の乱入に、街の人も、警備兵もポカーンと口を開けてただ見ているだけだ。
幸いにも警備兵の数は少ないが、ここでモタモタしていたら増援を呼ばれる可能性がある。逃げるなら今しかない。
振り返り、リンとティラさんに声をかける。
「リン、ティラさん。今の内に逃げるよ」
「逃げたいのは山々なのだが」
リンに肩を借り、ティラさんが起き上がろうとして、その場に崩れる。
リンは必死に支えようとするも、リンの小さな体では支えきれず、一緒にベチッと倒れた。
「逃げ出さないようにと、両足のアキレス腱が切られていてね。見ての通り、悪いが立つ事すらままならぬ状態だ」
額に脂汗を浮かべ、自らの状態を説明するティラさん。確かによく見ると足のかかと辺りが真っ赤に染まっている。
この前会った時、僕に対し座ったり寝転んだまま対応していたのはこのためか。それならその時に教えてくれていれば、もう少しはやりようがあったというのに。
「アリア達は居ないですか?」
「うん。ヴェルで待つように言ってあるんだ」
彼女達を危険な目に合わせないように、別行動にしたのが完全に裏目に出たか。
いや、たとえ分かっていても、僕は別行動を選んでいただろうから、結果は変わらないな。
どうする。ここで僕がティラさんを抱える事は出来なくはないが、その為には『混沌』を解除しなければならない。
もし『混沌』状態のまま、ティラさんを抱えれば数分もしない内に、ティラさんの命を危険に晒してしまうだろう。
だけど『混沌』を解除すれば、僕の能力が下がりこの場を切り抜ける事は出来ない。
僕の素の腕力ではティラさんを抱える事が精一杯だ。一年近く必死に鍛えたつもりだけど、それでも冒険者として見れば並レベル。
上手くこの場を切り抜けたいところだけど、そうもいかないみたいだ。
「お前達、何をやってる! さっさと囲め!」
エルヴァンの叫び声に、兵士たちがハッとした感じで我に返り、あっという間に僕らは取り囲まれてしまった。
10人くらいの兵士が円状に僕らを取り囲み、その後ろにも兵士たちが待機している。
リンは剣を構え、ティラさんを守るように前に出る。僕はその後ろに回り込み、ティラさんを囲むようにする。
両手に握り拳を作り、いつ襲い掛かってきても良いように、ファイティングポーズを決める。
覚悟を決めてみたものの、兵士たちは僕らを取り囲んだまま、襲ってくる様子がない。
時折、何かを気にする様に後ろをチラチラと見ている。彼らの視線の先に居るのはエルヴァンだ。
エルヴァンは、そんな兵士たちの視線に目もくれず、気持ちの悪い
あの目を僕は知っている。かつてエルヴァンが僕をいじめていた時に、「これからどう虐めるか」と悪巧みをしている時の目だ。
エルヴァンは僕を虐める時は、いつもすぐに手を出さなかった。目の前で刃物の切れ味を試したり、当たらないように魔法を打ったりして、とにかく怖がらせてから虐めるのが彼のやり方だ。
つまり、兵士たちをすぐに襲い掛からせないのは、これから何をされるか不安になり、怖がる僕の様子を楽しむためだろう。
すぐに襲われないのは良いけど、『混沌』には時間制限がある。このまま何もされない方が、僕としては辛い。
かといって、僕から手を出しに行けばティラさんの守りが薄くなってしまう。兵士たちの実力がどの程度のものかは分からないけど、リン1人でどうにかなる人数ではない。
このままでは埒があかないな。
どうする。ここで破れかぶれで突進するか?
でもそうすればリンとティラさんが……いや、もう既にどうにもならない状況になっているんだ。覚悟を決めるべきか。
リン。ごめん。アレだけ啖呵をきっておいて、ただ危険に巻き込む形になって。
ティラさんを助け出す事は多分無理だろう。だから、せめてリンだけでも助ける。この命に代えても。
僕が腰を軽く落とし、飛びかかろうとした瞬間に、目の前の兵士が突き飛ばされ、よろけた。
兵士はよろけた勢いのまま、隣の兵士にぶつかった。
兵士は突き飛ばしてきた相手に、怒りの感情をぶつけようとするが、その人物を見て黙った。その相手は、サラだったからだ。
突き飛ばした理由は、こちらに向かって来る際に、僕の前に居る兵士が通行の邪魔だったからだろう。いくら邪魔でも、避けようともせず突き飛ばすのはやりすぎじゃないかな。
兵士たちの視線を受けながら、真っ直ぐに、そして静かに僕の前まで歩いてきた。
普段の彼女なら真っ先に手が出るはずなのに、今はアリアのような無表情を浮かべながら、怒鳴り声ひとつ出さない。
これはアレだな。完全にキレてるってやつだな。
サラの中で、怒りの頂点を突破してしまい、一周して冷静になってしまったのだろう。
ははっ、普段のキレてる時よりも数倍怖いや。
待てよ。だけど、冷静になってるなら、説得のチャンスもあるんじゃないか?
ティラさんについて、リンは何か知っているのだろう。それを伝えれば、サラもティラさんの事を考え直してくれるかもしれない。
サラが言えば、処刑だって中止に出来るかもしれない。
よし! 希望が見えてきたぞ。
サラに近づき話しかける。
「サラ、実は……」
「コロス」
ゾクッと悪寒が走り、とっさに避けた。
後ろにステップすると、僕がいた場所に、サラはノーモーションで剣を振り下ろしていた。
今の剣速を見る限り、サラは身体強化魔法を既にかけてあるみたいだな。
初撃はなんとか避けれたけど、無理に避けたせいで一瞬体勢が崩れた。
サラがすぐさま僕の元に距離を詰め、剣を振り上げるのをみて、もう一度バックステップ。
全く誰だ。サラが冷静になったって言った奴は。話を聞いてくれないじゃないか!
「ぐあっ!」
何かを踏みつけた。
足にぐにっとした感覚とともに、ティラさんの苦痛の声が聞こえる。見ると後ろ足でティラさんの指を踏みつけてしまっていた。
しまった。気づけばティラさんの目の前まで下がっていたのか。ここで避ければ、サラの剣はティラさんに当たってしまう。
もう一か八かだ。サラの剣を受け止めよう。もし掴む事が出来れば、サラの剣を腐らせ壊せることが出来る。
最悪、混沌中なら当たっても胴体が真っ二つになる事はないはずだ。
「あっ……」
サラが振り上げた剣を受けようとした瞬間に、僕は咄嗟に半歩ほど前へ出て、前のめりになりながら手を伸ばす。
伸ばした手は、サラの顔の横を抜けた。
「いっ痛ッ!」
僕の左肩に激痛が走った。
サラの振り下ろした剣は、僕の左肩に刺さっている。
僕が前に出たから十分な間合いが取れなかったのか、それともサラが力を緩めてくれたのかは分からないけど、僕の左肩に振り下ろされた剣は、僕の体を真っ二つにする事なく、骨に少し食い込んだ程度で止まっていた。
半歩ほど前に出たせいで、サラとの顔の距離が近い。サラは僕を見ているが、僕はサラの後ろに向かって睨みつける。
「どういう事だ!」
僕の行動に疑問を思ったのか、サラが首だけ後ろを振り返り、驚きの声をあげた。
「えっ……」
僕の伸ばした手は、サラめがけて振り下ろされた兵士の剣を捕らえていた。
「今のは、僕じゃなくサラを狙っただろ?」
僕の質問に対し、返ってきたのは短い舌打ちだった。
兵士は力ずくで、僕の手から剣を抜こうする。しかし、ビクともしない。
腹を立てた兵士が、もう一度小さい舌打ちをしながらサラの背中に蹴りを入れた。
軽い悲鳴をあげたサラが、蹴られた勢いで僕の胸に飛び込んで来る。
持っていた剣が、カランと音を立て落ちるが、彼女は拾おうとせず、兵士を見ていた。
とりあえず、サラが僕に襲いかかる様子はないな。
サラから視線を外し、僕はエルヴァンに睨みつける。
「なぜそこの兵士は、サラを狙った?」
「なぜって?」
ニヤニヤしているエルヴァンとリリアが、ついに堪えきれないと言わんばかりに爆笑を始める。
「そんなの決まっているだろ。ホビットやドワーフの誘拐、殺人その他諸々の罪を犯し。あろう事かその罪を実の父親に被せ、処刑した大罪人サラ=レイアを捕らえるためさ」
「コワーイ。実の父親に罪を被せて、しかも逃げられないようにアキレス腱を切った上に処刑しようだなんて。とてもじゃないけどマネ出来ないわ」
エルヴァンはリリアがゲラゲラと笑いながら、なおも続ける。
「……どういう事?」
サラが力なく呟く。
その声はか細く、エルヴァン達の耳には届かない。
エリヴァンとリリアのわざとらしい会話に、兵士たちもニヤニヤしているのを見ると、彼らのグルなのだろう。
「ふんっ、いつまでやっておる。早くそいつらを捕らえよ」
肥太った男の、少し苛立った声に反応し、他の兵士たちも武器を持って僕らを囲み込む。
「良いのかエルヴァン。これだけ大勢の前で派手にやれば、お前達だってただじゃ済まないはずだぞ」
「はっ、バカが。今日ここでは処刑しか行われなかった。それ以外の目撃も証拠も見つかりやしないさ。そうだな、もし変な噂を流そうとするなら」
エルヴァンが指を鳴らすと、遠くで小さな悲鳴が上がり、悲鳴が上がった場所で、少し遅れて更に大きな悲鳴が上がった。
声のした方を見ると、人が斬られ倒れているのが見えた。
「今みたいな目に遭うだけだ。家族もろともな! あぁそれと、今この場から逃げても同じ目に合わせるだけだ。周りをよく見てみろ」
気が付けば、観衆達の中に武器を持った人たちがいた。一般人に紛れた兵士たちも居るって事か。
「お前ら観衆は終わった後にこう言えば良いんだ。『大罪人サラとその仲間が処刑場で暴れてました』とだけな」
あまりに用意周到すぎる。
僕らは、完全にハメられたという事か。
でも一体どこからがアイツラの計画で……いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。状況はさっきよりも遥かに悪化しているのだから。
「やれ」
エルヴァンのその一言で、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
とりあえず手近にいる兵士を殴ってみると、そのまま後方へ吹き飛び、周りを巻き込んで盛大に転んでくれた。
あれ……? 思ったよりも弱い。
動きがなんというか、素人同然だ。もしタイマンだったなら、素の状態でも勝てそうなレベルだ。
とはいえ、数が多いのは厄介だ。
そろそろ『混沌』を一旦解いてから、かけ直さないと僕の活動限界に達してしまう。
でも絶え間なく襲いかかってくる兵士達を前に、一瞬たりとも気を抜けないし。
「お前らはバカか、そいつらはティラを庇ってるんだ。それならティラを狙っていけば良いだろ」
「……ッ! やめるです!」
リンが叫ぶ。
叫び声の後に、パァンと轟音が一つ鳴り響いた。
聞き慣れない音に、兵士達の動きが一瞬動きが止まった。
音の後に、1人の兵士が自分の胸に穴が空いてることに気付き、うずくまった。
「おい。どうし……」
うずくまる兵士に駆け寄ろうとした他の兵士達の首が、一斉にポーンと飛んでいく。
「うぎゃああああああああ!!」
驚き叫ぶ兵士達の頭上に、今度は空中から巨大な岩が降り注いだ。
「あっ……」
頭上に気を取られた兵士たちの首が、次々と飛んでいく。
仲間の首が飛ぶ様子をみて叫べば、今度は頭上から岩が落ちてくる。
そして、聞き慣れない破裂音がしたと思えば、誰かの体に穴が空く状況だ。
完全にパニックを起こした兵士と観衆たちが、素っ頓狂な叫び声を上げながら逃げ惑う。
全く。巻き込まないように頑張って言いくるめたのに……。
兵士たちの首を跳ねながら、アリアがこちらに近づいてくるのが見えた。
「アリア。なんでここに居るのか聞いて良い?」
近くまできたアリアに問いただす。
危険な目に合わせないために、ヴェルで待っててと言ったはずなんだけどなぁ。
対してアリアの反応は冷ややかだ。いつもの無表情で。
「エルクの嘘つき」
と一言言っただけで、僕の質問には答えず、そっぽを向いて首刈りをしている。
サラといいアリアといい、今日は誰も僕の話を聞いちゃくれないね。
「エルク。助けにきたよ」
「あっ、サラちゃんとリンちゃんだ。おーい」
アリアだけじゃなく、フレイヤやレッドさんまで居るのか。
アリアが居る時点で予想はしてたけどさ。
「エルク。何か言う事はない?」
ちょっと不機嫌そうな声で、アリアがそう言ってきた。
そうだな。ここは素直に。
「ありがとう」
「うん」
さぁ、反撃と行こうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます