第17話「うん。良いよ」
「……それで」
「はい?」
「何の用だと聞いている」
こちらが話を切り出すよりも先に用件を聞くとか、この人はせっかちなのかな。
「実はお話を伺いたいと思いまして。参上した次第でございます」
うーん。一応罪人とはいえ領主様なのだから、失礼がないように喋ろうとしたけど、なんか変な喋り方をしてる気がする。
「ふぅ……」
ため息をつかれた、やっぱりこの喋り方はダメだったのか?
それともあれかな。膝を突くポーズとかやっておくべきだったか。
「人に名前を尋ねておいて、自分の名前は名乗らないのかね。キミは」
あ、そっち。
確かに名前聞いておいて、名乗らないのは相当失礼だよね。反省。
「えっと。僕はマッ……」
マッシュと言おうとして、言い直す。
「僕はエルク。エルク=ファーミリアと申します」
「エルクね……それで私に何の用かね?」
「その……実は、僕はサラやリンとパーティを組んでいまして……」
「サラ。あぁ、あのバカ娘の事か。ならば今の私を見て、さぞかし気分が良いだろうな。笑いに来たのなら帰ってくれ」
そう言うと、ティラさんは興味なさそうにゴロンと横になり、僕に背を向けた。
「いえ、違うんです。話を聞いてくださいませんか?」
「はぁ……」
ティラさんは横になったままゴロンと寝返りこちらを向いた。そして本日二度目のため息だ。
「あのじゃじゃ馬娘は、まともな礼儀作法を最後まで覚えることはなかった。はっ、そんなのと一緒のパーティの人間に礼節なんぞ求めん」
「えっと、その……」
「丁寧に喋ろうとしても気持ちが悪いだけだ。普通に喋るんだな」
「はい」
楽にするが良い、という事かな。
じゃあ、お言葉に甘えよう。
「ティラさんがドワーフやホビットの奴隷を捕まえるために、アインに兵を送りつけたと聞いたのですが、本当ですか?」
「いいや、違うね」
「えっ」
「と言ったら、貴様は私を信じるのかね?」
「それは……」
「それは?」
「ティラさんの噂は色々と耳にしています。可哀想な獣人奴隷を保護しているという話から、実は裏でティラさんが手引きしている話まで」
「ほう」
「正直、どれが真実か分からなくて。もし違っていたら、サラは無実の父をその手にかける事になる。お父さんとしてもそれは」
「キミにお父さんと言われるいわれはない!」
唐突に大声を出され、言葉が詰まる。
「大体なんだねキミは。楽にして良いと言ったが、お父さんと呼んで良いとまでは言っておらん」
えっ、怒るとこそこ?
別に「娘を僕にください!」って言ってるわけじゃないのに。あっ、パーティに戻そうとしてるから、ある意味娘さんをくださいで合ってるのか?
うん。全然違うね。
「それにだ。ここで私が『やっていません。無実無根です』と言ったところでどうなる」
「それなら、サラとかに言って裁判のやり直しを」
「無駄だ。アレは私を恨んでいる。いまさら私が何を言っても聞かんよ。そもそも証拠の提出無しで進められるくらい用意周到にされているのだから、どうしようもない」
「そんな……」
「しかし、だな」
それまでしかめっ面をしていたティラさんが、ニヤァっと悪い笑みを浮かべる。
この顔は見覚えがある。サラやリンが僕にイタズラを仕掛けたり、からかったりする時の顔だ。
となると、ティラさんも何か思いついたと言う事か。
「エルクと言ったな。ここから私を出してくれないか?」
「えっ?」
「脱獄だよ、脱獄。ここから出れさえすれば、私は懇意の貴族を頼り、この状況を打破する事が出来る」
「いや、それは無理ですよ」
「貴様が無理でも、誰か雇って手引きしてくれるだけで良いんだ。冒険者だと言っていたな? それなら一生金に困らないだけの報酬を約束してやろう」
「そんな事言われましても」
「それに、サラ。アレは性格はともかく、容姿は良いだろう?」
「……はい?」
確かに性格は別として、美人ではあるけれど。
「サラも貴様にやろう。そうすれば貴族にだってなれるんだぞ?」
「……」
「あぁ、そっちの趣味だったらリンも付けてやって良い。相手は奴隷だ。どんな事をしても罪にはならんぞ」
なんなら、とティラさんが話を続けようとした所で、扉が勢いよく開かれた。
開かれた扉から、ゲイルさんが出てくる。
「悪いがここまでだ。これ以上は看過する事が出来ない」
そう言って、少し乱暴に僕の手を引くと、扉の外へポイッと投げられ、僕は尻餅をついた。
扉の向こうでは、ティラさんが何か言っているが、無情にも扉は閉じられる。
ゲイルさんは尻餅をついた僕を、厳しい視線で見下ろしている。
この状況は相当ヤバい。
どこから聞かれていたかは分からないけど、脱獄辺りは確実に聞かれていただろう。
このまま斬り捨てられてもおかしくない。
ゲイルさんが、サッと右手を動かすのに合わせ、咄嗟に『混沌』を使って身体の強化を試みる。
だけど、僕が斬られることはなかった。
彼の右手は、僕を起こすために差し出しただけのようだ。
『混沌』を解除して、ゲイルさんの差し出した手に捕まり、体を起こす。
「すまないが、キミはもうここには来ないでくれるか」
「はい。分かりました」
そう答えるしかない。むしろ、ここで斬られないだけでも、十分儲けものだ。
お互い無言のまま門まで歩いて行き、お礼を言って僕は監獄を後にした。
サラのお父さんの処刑日が決まったのは、それから2日後の事だった。
予定日は処刑日が決まった日の翌日。普通は貴族なら執行までにもっと猶予があるはずなのに。
☆ ☆ ☆
処刑当日。
お昼が過ぎた時間。広場に作られた処刑場には、人が集まっていた。
僕は1人で処刑場に来た。この後の事を考えるとアリア達を連れて来るのは危険だと判断したからだ。
なのでアリア達には、ヴェルに向かって待っててもらうように頼んである。
説得には少々骨が折れた。
処刑台では、四つん這いの姿で、手と首を板に固定されたティラさんの姿が見える。
昨日の時点で既にこの状態にされていたらしい。一日中晒し者にされている状態だ。
固定された首の上には、縄で固定された大きなギロチンが。
もしこれが振り下ろされれば、首はスパッと落とされるだろう。
周りからは罵声やヒソヒソと困惑の声が聞こえる。中にはティラさんに向かって石を投げる者まで居るくらいだ。
周りを取り囲むようにいる兵士たちが止めないのを見て、1人また1人と石を投げる人が増えている。
しかし処刑だと言うのにサラ達の姿が見えない。処刑台の周りに居るのはティラさんと軽装の兵士だけだ。
刑の執行はサラが執り行うはずだったけど。
チラリと処刑台に貼られた紙を見る。
『処刑執行人。サラ=レイア』
間違っていない。
というのになぜまだ来ないのか。執行の予定時刻までもうそんなに時間がないというのに。
待つ事数分。唐突に歓声が沸いた。
人が次々に避けていき、処刑台までの道ができる。処刑台前までの道の先には、兵士に囲まれて、見慣れた顔が居た。
サラ、リン、エルヴァン、リリア。それとその後ろに居る、でっぷりとした40代後半くらいの見慣れない男性。
暑くもないのに既に汗だくで「フーフー」言いながら何やら指示を出してるのを見ると、彼がエルヴァン達の雇い主で、サラの元婚約者のエッダだろうか。
まぁ彼については今はどうでも良いか。今はサラとリンだ。
2人が移動するのに合わせ、僕も無理矢理人混みをかき分けて並走していく。
出来れば事前にサラの立ち位置がどこか分かれば、待ち伏せることも出来たけど。そんな事いっていても仕方ないか。遅れないように必死についていく。
サラがティラさんの目の前に立つ。サラの傍にはリンが立っている。
「これより、ティラ=ブレイズ=レイアの処刑を執行致します。処刑執行には、ティラ=ブレイズ=レイアの娘である私。このサラ=レイアが執り行わせて頂きます」
観衆のどよめきと歓声が沸く中、サラは淡々と彼の罪状、何故彼女が処刑執行をすることになったのかを告げていく。
なんとか人混みを避け、先頭まで辿り着いた。これ以上は兵士たちが囲んでいて近寄れない。
「ねぇ。リン」
僕の声に一瞬だけ、リンの耳がピクリと反応したが、こちらを見ない。
サラだって聞こえているはずなのに、まるで僕の存在に意を介しないように。
サラが驚いた様子を見せないのは、リンから僕たちが来ている事を聞いたからか、それとも僕のお節介の性格をよんで、もしかしたら来るんじゃないかと思っていたのか。
もしサラが驚いて一瞬でも中断したら、その隙に説得をしようと思っていたけど、そっちは無理っぽいな。
「リンは本当はどうしたかったの?」
サラは淡々と口頭を述べ。リンはもう僕の声に対しピクリともせず、人形のように動かない。
「あの日。僕に会いに来たのは警告じゃなくて、本当は助けて欲しいって言いに来たんじゃないの?」
それでも諦めない。
だって、かつてヴェルでサラが僕に対し怒って出ていった時に、サラのお父さんの事を話すリンの顔は穏やかだった。
アレは信頼出来る人の事を話す時の顔だ。もし本当に悪い人なら、そんな顔できるハズがない。
だけど、無情にも説得のタイムリミットは迫ってきている。
罪状などを言い終えたサラが、兵士から剣を受け取り、ギロチンの縄に手をかけようとしている。
冷たい目で、実の父親を見下ろすサラが、父に問いかけている。
「ティラ=ブレイズ=レイア。最後に何か言いたい事はある?」
そんなサラの言葉に、ティラさんが穏やかな笑みを浮かべた。
「サラ。愛してるよ」
「バッカじゃないの。今更そんな命乞いで助かると思った?」
「そうか……そうだな」
冷たく言い捨てるサラが、スパッと縄を切り落とした。
その瞬間に、悲鳴と歓声が巻き起こる。
ギロチンが振り下ろされた。
そして、一瞬遅れて鉄と鉄が激しくぶつかる音が鳴り響いた。
ギロチンが落ちる寸前に、リンは剣を抜き、ティラさんの固定している板に剣を突き刺したのだ。
ギリギリのところで、ティラさんの首にギロチンが振り下ろされるのを防いでいた。
「エルク……ティラさんを、助けて欲しいです」
リンは俯き、ポロポロと涙を流しながら小刻みに震えている。
ようやく素直になってくれたか。
僕は即座に『混沌』を発動させて、一足で処刑台の前まで飛び移り、処刑台を破壊した。
「うん。良いよ」
本当は頭を撫でてあげたいところだけど、今は『混沌』発動中だ。
後で理由を聞きながら、じっくりと撫でてあげるかな。
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