第20話「芽生え」
ゾフィさんの出産から1ヶ月。
別れは唐突だった。
宿に戻ると、スキールさんが「話があるんだ」と言って、僕らを部屋に招いた。
「ギルドがアタシ達の仕事を斡旋してくれてね。片田舎の集落で農業を営みながら、モンスターが出たら集落を守る用心棒みたいな仕事だ」
教えてくれた場所は、ここからそこそこ遠い。
冒険者ギルドから遠い村や集落だと、依頼を出す頃には全てが終わってましたなんてことはままある。だから冒険者を在中させ、普段は農業をしてもらい、緊急時には村を守ってもらう用心棒みたいな依頼はたまにある。
実はこの手の依頼は人気が高い。何故なら冒険者はそもそも仕事が無いから冒険者になってる人が多い。
そんな冒険者も、この依頼を受ければ住む場所とまともな仕事を貰えるのだ。住民と信頼関係を結び、集落や村を治める者に認められればそのまま定住だって許される。冒険者が夢見る、安定した職だ。
だからこそ、冒険者ギルドは送り出す人材を、慎重に協議を重ねる。
もし住民とトラブルを起こせばその話は無くなる。風の噂でその話が他の村や集落に伝われば依頼が減る。依頼が減れば冒険者達は去って行く。金の切れ目が縁の切れ目だ。
後から知った話だけど、この依頼は冒険者ギルドが集落に頼み込んで取ってきたものらしい。
集落もあまりいい顔をしなかったそうだけど、スキールさんの名前を聞いたら態度が軟化し、むしろ歓迎されたそうだ。
「ちなみに、いつ発つんですか?」
「2、3日中には街を出る予定だ。本当はゾフィの体を考えるともう少ししてからにしたいが、これ以上冷え込めば移動するだけでも危険になるからな」
スキールさんは、チラリと視線を赤ちゃんに向けた。
ゾフィさんの腕の中でスヤスヤと眠っている赤子、確かにこれ以上冷え込めば、移動するだけでも命がけになってしまうだろう。
「エルク。お前には世話になった」
「そんな事」
「そんな事あるさ。お前のおかげでこうしてゾフィと家族になれたんだ。あの時お前に相談して、応援してもらえなければゾフィは離れて行っていただろうな。だからお礼を言わせてくれ。ありがとう」
「いえ、僕らも色々とお二人には学ばせて頂きました」
実際、ゾフィさんの出産を目の当たりにしてから、フレイヤさんは「エルク君との子供が欲しい」なんて言わなくなった。その話題すら出そうとしない。それだけの物を見たのだろうな。良い経験になったと思う。
僕はスキールさんと握手を交わし、笑いあった。
「そういえば、ケリィさんはどうするんですか?」
「私もゾフィ達について行くことにしました。向こうでは女性が少ないそうなので、私が行ったら喜ばれると言われたけど。全くそんなわけないのにね」
そう言ってケリィさんは自分のお腹を叩くが、前と違いお腹は出ていない。
ゾフィさんのつわりが酷くなった頃から、彼女は甘いもの、というか匂いが濃いものは口にしなくなった。ゾフィさんを気遣ってのことだ。
食べるのが好きと言っていた彼女だが、食べる量が減り、僕らと依頼に出て歩くうちに段々と痩せていった。
サラやフレイヤさんほどスレンダーではないが、痩せてぶかぶかになってしまった服と、スカートの合間から見られる足からは、色気が感じられるほどだ。
ゾフィさんの妊娠にオロオロするスキールさんに喝を入れるうちに、彼女も一皮向けたようで、出会った頃のおどおどした様子はなく、今は胸を張っている。
今の彼女なら、集落に行けばきっとモテるに違いない。
「大丈夫ですよ、ケリィさん美人ですし」
「お世辞でも嬉しいけど、あまり女性にそういう事言ってはダメですよ。他の子達が嫉妬しちゃいますからね」
「他の子が嫉妬?」
アリア達を見る。
アリアは無表情だし、サラとリンは半眼で見てるし、フレイヤさんは仮面被ってるからわからないけど、別に普段通りな気がする。
「嫉妬してる?」
「あぁん?」
「ごめん、何でもない」
嫉妬じゃなく、威嚇じゃないか。
側から見たら、これが嫉妬に見えるのだろう。きっと。
そんな僕らの様子を、ケリィさんはクスクスと笑って見ていた。
それから2日後。スキールさん達は旅立って行った。
☆ ☆ ☆
スキールさん達を見送り、僕らは宿に戻ってきた。
部屋の中は静まり返っている。
「急に静かになったわね」
「そうだね」
数日前までは、昼夜お構いなく泣き続けるアンリと、その対応に追われたスキールさん達の慌てた声が24時間聞こえ続けたというのに。今は誰かが部屋の前を通る際に、床が軋むような音が聞こえてくる程度だ。
「そういえばアンリを抱っこする時のサラは、面白かったね」
「面白かったって、だって落としそうで怖いじゃないっ!」
アンリを抱っこしたサラは微動だにせず固まっていたっけ。変に動かしたらどうしよう。落としたらどうしよう。
アンリを抱っこしてオロオロするサラの顔には、そう書いてあった。
指をさして笑っていたフレイヤさんも、アンリを抱っこするなり同じ反応をしていたけど。
「エルクは初めてなのに、ちゃんと抱っこ出来てたね」
「サラとフレイヤが不器用過ぎるだけだよ」
「そんな事ないし! わ、私もちゃんと抱っこ出来たもん!」
軽口を言い合ってみたものの、すぐに沈黙してしまう。
アンリが生まれる前からいろんな人達が押しかけ、バタバタと騒がしかった反動だろう。
こう湿っぽい雰囲気は苦手だな。
そうだ。こんな時は宿にいる他の冒険者も誘って、酒場にでも行って盛り上がろう。
それが良い。
「エルク。アイン行きの船は、雪が降る間は出ないそうよ」
「あ、うん」
提案しようとした矢先、サラが今後の話をし始めた。
「だから2ヶ月はここで足止め。雪のやむ3ヶ月後の乗車券を明日買っておくわ」
「わかった」
3ヶ月後か。所持金はまだまだ余裕がある。
適当に依頼をこなせばお金の不安はない。
乗車券も、サラから聞いた限りではそこまで高いものではないし、大丈夫だろう。
アインに行ったらどうするか?
街並みはどんなのだろうか?
僕らはそんな事を話して盛り上がった。
☆ ☆ ☆
食事を終え、風呂から上がってサッパリした。
このあと特にする事もないし、ベッドに横たわって今後の事を考える。
もしアインでサラ達と別れたら、僕は何をしようか?
このまま冒険者を続けるのも悪くないし、どこか働き口が無いか探すのも悪くない。
なんならアインで仕事を見つけて、フレイヤさんが言うように皆で一緒に暮らすというのも、案外悪くないんじゃないかと思えてきた。
アリアとフレイヤさんはどうしたいだろうか?
そもそも2人は目的が無く、付いてきただけのような感じだし。
となると、僕が冒険者を辞めたら、2人はどうするんだろう?
冒険者を辞めても、なんだか付いてきそうな気がするな……。
「エルク」
「おわっ」
考え事をしていたからか、アリアの接近に気付かず、思わず素っ頓狂な声を上げてベッドから落ちてしまった。
「大丈夫?」
「大丈夫、ヘーキだよ」
アリアの差し出した手を握り、起き上がる。
「どうしたの?」
「前にエルクが『僕の子供欲しい?』と聞いてきたでしょ?」
「えっと……あ、うん」
確か半年くらい前だっけ。
ゾフィさんの気持ちが知りたくて、そんな事を口走った気がする。
しかし。そんな前の事よく覚えてたな。
「その事、ずっと考えてた」
「えっ、ずっとって、半年近くずっと?」
僕の問いかけに、アリアはうんと頷いた。
「私。エルクが好き」
「えっ」
一瞬ドキっとしたけど、アリアの事だ。サラも好き、リンも好き、フレイヤさんも好き。別に異性としてではない。
「ありがとう。僕もアリアが好きだよ」
そう言って頭を撫でるが、アリアの様子がなんとなくだがいつもと違うように感じる。
無表情だからわかりづらいけど、いつもとはやっぱり違う。何か言いたげだ。
頭を撫でるのをやめ、アリアの目を見た。
「ゾフィは妊娠して大変そうなのに、どこか嬉しそうだった。出産する時も大変だったのに、凄く幸せそうにしてた」
「そうだね」
「ゾフィがスキールに言ってる好きと、私がエルクに言ってる好きは違うとサラには言われたけど、正直わからない」
「うん」
「エルクを見てると胸がドキドキするし、頭を撫でられても胸がドキドキする。これが私の好きって気持ちだと思う」
「アンタ……それって」
胸がドキドキか。
「もしかして、アリアは動悸が激しい子なのかな?」と冗談を飛ばして誤魔化したいが、後ろで腕を組み睨みつけているであろうサラが怖くて、とてもじゃないがそんな事言える雰囲気ではない。
「そ、そうなのかなぁ?」
我ながらなんとも情けない返事だと思った。
「もしエルクが子供が欲しいなら。私は良いよ。エルクとの子供が欲しい」
「アリア……泣いているの?」
アリアはいつもの無表情で、涙を流していた。
自分でもなぜ涙が出るのか分かっていない様子だ。
そうだな。ここは僕がちゃんとしないと。
アリアにビシッと言おう。
「アリ」
「おやすみなさい」
抱きしめようと伸ばした僕の手は空を切り、自分で自分を抱く形になっている。
当のアリアは、さっさと自分のベッドに潜り込んでいる。
「アリアさん?」
「なに?」
「えっ? 終わり?」
「うん」
そのままアリアは規則的な寝息を立て、寝てしまった。
そっかー、終わりかー。
アリアは恋を知った。だけど、相変わらずのマイペースのようだ。伝えるだけ伝えておやすみって……。
「うっわ、だっさ」
「アリアもアリアですが、エルクもエルクです」
「エルク君のヘタレ」
三者三様に僕を罵ってベッドに入ってしまった。酷くない?
その日、僕は枕を濡らして寝る事になった。
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