第15話「告白作戦その4」

 妊娠しているのではないか?

 僕の問いかけに対し、「はい」とも「いいえ」とも言わず、ゾフィさんは顔を背けている。

 

「これ、使ってください」


 水筒を取り出し、ハンカチを濡らし、水筒と共に渡す。

 本当は答えを待ちたいけど、口の中がそのままだと気持ち悪いだろう。

 ゾフィさんは消え入りそうな声でお礼を言って、ハンカチと水筒を受け取り、口の中をゆすいで口周りをふいた。

 そしてまた、しばしの沈黙。

 答えないという事は、多分YESという事だろう。


「お腹の子って、スキールさんの子ですよね?」


「当たり前だろ! それとも、アタシが他の男と寝たとでも言いたいのか!?」


 ゾフィさんが声を荒げた。本気で怒っている。

 睨みつけられ、足が震える。


「あ、いえ。そうじゃなくて、すみません」


 今の僕の発言の、どこがいけなかったのか?

 何か言おうにも、恐怖で頭が回らない。ただ謝るのが精一杯だ。

 今もなお、ゾフィさんは壁に手をつけ「はぁはぁ」と苦しそうにしている様子だが、ギロリとした目つきからは殺意が感じられる。

 もし戦闘になれば、彼女はアリア達よりも強い。『混沌』を使って戦っても勝てるか怪しい。それどころか逃げ切れるかさえ怪しいくらいだ。

 出来れば穏便に事を済ませたいけど、何を言えばいい? どうすれば良い?

 ただ震えて立ち尽くすしか出来なかった。


「すまないね。気が立っていた」


 どれくらい時間が経っただろうか?

 多分、実際には時間はそんなに経っていないと思うけど。

 落ち着きを取り戻したゾフィさんが、静かに謝った。

 しかし、ここで下手に刺激すれば、またゾフィさんの逆鱗に触れかねないな。

 

「お腹の子は、スキールとの子だよ」


 そのまま大人しく帰るべきか悩んでいる僕に、ゾフィさんは言った。


「あの、スキールさんはその事を知っているんですか?」


「いいや。伝えていないね」


「なぜ?」


「伝えれば、アイツは責任を感じて安定した職を探すだろうね。冒険者を辞めて」


「でしょうね」


 スキールさんが、身重になったゾフィさんを捨てるとは思わないし、ゾフィさんとお腹の子の事を考えるならちゃんとした職につくべきだろう。

 仕事があるかどうかはともかく、安定した職につこうとする事は良い事だと思う。

 もしゾフィさんが抜ければ、スキールさんのパーティではこの先厳しいだろうし。

 それにスキールさんの性格を考えれば、パーティを組んでくれる人も居ないだろうし、もし組んでくれる人が居たとしても、ゾフィさんの代わりが務まる程の人はそうそう居ないだろうし。


「いつ死ぬかわからない冒険者を続けるよりも、安定した職につく方が良いんじゃないでしょうか?」


 ならば、安定した職につくべきだ。

 ゾフィさんは、それの何が気にいらないのだろうか?


「アイツはさ、勇者アンリに憧れて、あんな馬鹿みたいな人助けの仕方をずっと続けてきたんだ。『力のない人々を救うため、そしていつか俺も英雄になるんだ』なんてガキみたいな事を目を輝かして言ってるんだ」


「最初は鼻で笑って見てたよ。コイツがいつ我が身可愛さに逃げ出すかってね。だけど一度も逃げ出す事なく、馬鹿みたいに立ち向かっていくんだよ。弱いくせに」


 そこまで言って、ゾフィさんの言葉が一度止まった。


「アタシはさ、そんなアイツのことが、す、すきになったんだよ……」


 素直に「好き」と言うのが恥ずかしいのだろう。

 顔を赤らめてそっぽ向き、声を裏返している。普段口にしている下ネタの方がよっぽど恥ずかしいですよ?

 もちろんそんな事言わないし、言えないけど。


「だからさ。アイツの夢の邪魔をしたくないんだ」


「……お腹の子は、どうするつもりですか?」


「もちろん産むつもりさ。スキール達とは別れて、どこか片田舎で育てるかな」


 それはどう考えても不可能だ。

 収入もなく、身重の体では働けなくなる。

 冬が来たら、体力が持つかも分からないというのに。

 

「だから頼む。この事はスキールには言わないでほしいんだ」


 正直、これはゾフィさんとスキールさんの2人の問題だ。僕が口を出して良い問題じゃない。

 言いたい事は山ほどあるけど、「わかりました」と答えるしかできなかった。



 ☆ ☆ ☆



 あの後、ゾフィさんと別れ、宿までの帰り道を悶々とした気分で歩いた。

 今回の件について、僕は部外者だ。だから知りません、さようならは流石に薄情な気もするけど、じゃあ何を言えば良かったか?

 下手に口を出して、余計に事態が悪化したらどうする?

 そんな堂々巡りを繰り返し、気づけば自分達の部屋の前まで来ていた。


「ただいま」


 帰ってきた僕を見て、アリア達が口々に「おかえり」と言う。

 アリアは先ほどのマッサージの件がまだ気になっているのだろう。僕の顔を無表情でじっと見ている。

 「わかった」と言った手前、聞くのを躊躇っているといったところか。

 そうだな。その話題から変えるついでに、ゾフィさんの事についても相談してみよかな。

 女性側の意見も聞いておきたい。正直に言うと自分1人では抱えきれない問題だし。誰かに吐き出したい気持ちもある。


「アリアはさ、僕の事好き?」


「うん」


「私もエルク君の事好きだよ!」


 即答だった。何故か聞かれても居ないフレイヤさんまで答えているけど、まぁいいや。

 しかし、自分で聞いておきながら、これは恥ずかしいな。えへへ。

 っといかんいかん。明らかにサラが「何言ってるんだコイツ?」と言わんばかりに、こちらに向かってメンチ切っているので、話を本題に持っていこう。


「アリアは僕との間に、子供は欲しい?」


 景色が一回転した。

 一瞬遅れて背中に衝撃が走る。どうやら僕は、きりもみしながら床に落ちたようだ。


「エルク。先に聞いてあげるわ。何があったのかしら?」


 先に聞くも何も、もう殴ってるじゃん?

 見上げるとサラが頰をピクつかせて、僕を見下ろしている。いや、見下みくだしてると言うべきか。


「エルクとの子供……」


「はいはーい。私はエルク君と結婚して、子供が欲しいです!」


 アリアならこちらも即答するのかと思ったけど、意外と考えてくれている。

 フレイヤさんは能天気に手を上げて即答してるけど、意味がわかってるのか怪しいな。


「あんたらは黙ってなさい!」


 サラの一喝で、アリアとフレイヤさんが黙った。アリアは明らかにとばっちりを受けた形だけど。

 アリアが「納得がいかない」と言わんばかりに僕を見てくる。正直申し訳ない。

 アリアには「子供を産む場合、僕と一緒に居られなくなるならどうするか?」と言うのを聞きたかったのだけど、結論を急ぎすぎた。聞き方が悪すぎたな。

 リンが僕の方に寄ってきて、手を差し伸べてくれた。その優しさと、半眼になって馬鹿を見るような目が物凄く心に刺さるよ。


「それで、何があったの?」


「うん。実は…」


 僕はゾフィさんとの一件を話した。

 スキールさんとゾフィさんの間に子供が出来た事。それをスキールさんはまだ知らない事。ゾフィさんは何も言わずに去ろうとしている事を。

 話をして行く途中でサラの顔がゆがんでいく。やはりサラも良くないと感じてくれているんだろうな。

 僕の話は、宿に戻って今に至ると。ここで締めた。

 直後、また視界が回った。

 えっ? なんでまた殴られてるの?


「エルク。先に言っておくわよ」


 だからもう殴ってるじゃん。


「まず一つ目、『スキールの子ですか?』はぁ? アンタ馬鹿なの? 女性に向かって『誰彼構わず股開いてますか?』って聞いてるのと同じなのわかる? それ聞いちゃうの? どんだけデリカシー無いのよ!?」


「いや、股開くって……」


 言い方が下品過ぎやしませんか?

 サラは目を釣り上げ、鼻がつきそうなくらいの距離まで近づき、早口にまくし立てる。

 でもサラが怒る気持ちはもっともだ。サラにそう言われるまで、僕はあの時、ゾフィさんが何故怒ったのかわからなかったし。


「そして二つ目。ゾフィが妊娠しているのわかってるなら、送るくらいしなさいよ」


「はい」


 ゾフィさんのが僕より強いんだから、必要なくない?

 そう思ったけど、実際体調が悪そうにしていたのだから送るべきだった。


「そして三つ目。もうここまで来たら部外者なんかじゃないのよ。私達も含めて全員ね。確かに干渉するのはあまり良くないだろうけど、だからと言って見て見ぬ振りをするわけにもいかないわ」


「でも、どうすれば……」


「だから、それを一緒に考えようとしたんでしょ」


 僕は黙って頷いた。

 1人じゃどうしようもないから、アリア達の意見が欲しかった。


「まったく」


 そう言って、サラは軽くため息をついた。


「ほら、アンタ達も一緒に考えるわよ」


 近くに居たリンと、遠巻きに見ていたアリアとフレイヤさんをサラが呼び寄せる。

 

「あぁ、それと最後の4つ目だけど。いきなり『僕の子供欲しい?』はどうかと思うわ」


 今度は軽く小突かれただけだった。

 何も言い返せないので、小突かれた頭を抑えて苦笑するしかなかった。


「私はエルク君となら、子供作っても良いよ!」


「はいはい。アンタはやっぱり黙ってなさい」


 もし僕1人で抱えていたら、悶々としたまま眠れなかっただろう。

 一緒に考えて、責任を一緒に背負ってくれる仲間。なんて言うのはちょっと無責任に感じられるかもしれないけど、僕にはそんな仲間とパーティでいられる事が嬉しく感じた。

 皆で色々話して、最後はスキールさんに伝えた方が良いという結論になった。

 しかし、スキールさんの告白の手伝いが、気が付けば大事になってしまったな。

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