第8話「動機」

 枯れたヤドリギウツボを見上げながら、ゾフィさんは苦笑いを浮かべる。

 スキールさんとケリィさんは、その隣でポカーンと口を開けて、ゾフィさんと同じようにヤドリギウツボを見ていた。


「おいおい。これは一体どうやったんだい?」


 僕の方を見ずに、相変わらず苦笑いを浮かべたゾフィさんが言った。


「えっと。ごめんなさい。どうやったかは説明することができません」


「あー。企業秘密って奴か」


「えっと。はい。そうなります」


 イルナちゃんに教え広めないように言われてるから、おいそれと教えるわけにはいかない。


「そうか。なら良い。それより、討伐証明として持って帰れる部位がないか探すよ」


 どうやって言いくるめようか考えていたのだが、ゾフィさんはすんなりと詮索するのを諦めてくれた。

 冒険者の暗黙の了解というやつだ。


 いわゆる『ワケあり』な人が、冒険者には少なくはない。なので無理に詮索しないというのが、冒険者の中で暗黙の了解になっている。ギルド側もそういった連中を見て見ぬ振りをするために、素性はあえて聞かないようにしている。

どんな経歴を持った人物であろうと、依頼をこなして問題を起こさなければ、冒険者もギルドも何も干渉してこない。


「あったあった。コイツがヤドリギウツボの雄しべ。いわゆるチ●コだね」


 言い方!

 何がおかしいのかゲラゲラ笑いながら、僕の腕の長さ位はあるだろう雄しべをブラブラさせている。

 顔を真っ赤にして「すみません」と連呼しながら、ゾフィさんをやめさせようとするケリィさんだが、軽くいなされている。多分、このパーティで一番苦労している人なんだろうな。


「そんな事よりも、そろそろ良いかしら?」


 サラは不機嫌ですと言わんばかりに、腕を組み、いつものチンピラのような表情をしながら低い声で言った。

 いつ不満が爆発するか不安だったが、律儀にも依頼が終わるまで待っていてくれた。


「あぁ。そうだった。アタシ達が先に出発した理由だったね」


「それについては、俺が説明しよう」


 ゾフィさんに代わり、スキールさんが出てきた。


「俺達が先に出た理由。それは、正義のためだ」


 得意気に語るスキールさんを見て、サラの中で、ブチンと何かが切れる音がしたのが聞こえた気がした。


「あぁん?」


 サラが動くよりも早く、僕はサラを後ろから羽交い締めにして止める。


「何よ。エルク離しなさい! アンタあのバカの肩を持つつもりなの!?」


「違うよ! 落ち着いて! 最後まで話を聞いてからにしよ? ね?」


 必死に宥めようとするも、サラは聞き入れてくれない。

 こうなったら、流石に僕だけじゃ抑えきれない。


「二人とも、落ち着くです」


 僕らの服をクイっと引き、リンが言った。

 サラもリンの言葉は素直に聞いてくれる、少しだけ大人しくなってくれた。


「エルク。もう手遅れです」


 リンが指差す。そこには既に殴り倒されたスキールさんが。やったのはアリアか。

 アリアは僕らに向かって親指を立てている。いつも通り無表情だけど、どこか自慢気に見える。


「アリア。アンタやるじゃない」


 嬉しそうな声を上げ、サラはアリアに親指を立てて返している。

 僕はため息をつき、サラを解放した。



☆ ☆ ☆



「すみません。大丈夫ですか」


「イテテテ。あぁ、大丈夫。慣れてるからね」


 僕は手を差し出し、スキールさんを起こした。


「慣れているって、いつもこんな事をしているんですか?」


「いや、いつもというわけではないけど。まぁ良くあるかな」


 良くあるのに懲りないのか。流石にそれはどうかと思う。


「でも大抵は怒ってそのまま帰っていくんだけど、残ったのはキミ達が初めてかな」


「ええ。理由が気になるので」


「理由? だから正義のために」


 ちょっとイラっとしたが、ここは我慢だ。


「なぜ早く出発する事が正義のためになるのですか?」


「緊急性が高い依頼だからさ。急を要する依頼なのに、わざわざ待っていたら被害が大きくなる一方だろ?」


「ですが、それで他の冒険者を待たずに出発したら、今度はスキールさん達が危険な目に会う可能性だってありますよ?」


 先走った結果、仲間がケガをしたり死ぬ危険性だってある。

 それくらい、わかるはずだろう。

 そんな僕の言葉に対して、スキールさんは首を横に降る。


「エルク。確かにキミが言いたいことはよくわかる」


「じゃあ。どうして」


「武器を持った俺達が危険な目に合うということは、戦うすべをを持たない村人達は、もっと危険に晒されてるんだ」


 返す言葉がなかった。

 彼が言っていることは、ただの綺麗事で、理想論で、純粋すぎるが故に幼稚とも取られる正義感だ。

 そして、それは僕の抱いている理想でもある。だから何も言い返せなかった。


「……笑わないのか?」


「笑いませんよ」


 もし僕が彼を笑ったら、それは僕の中の何かが壊れてしまうだろう。


「キミは、お人好しだな」

 

 そう言ったスキールさんの声は、心なしか嬉しそうだ。


「とまぁ、偉そうな事を言ってはみたけど、俺自身は対して実力も無い勇者だから、ゾフィとケリィに頼ってばかりなんだがな」


 そう言って、スキールさんは後頭部をさすりながら、苦笑気味に笑った。

 その姿に、少し前の僕がダブって見えた。


「あのさ。サラちょっと相談があるんだけど、良いかな?」


「良いわよ」


 彼の手伝いがしたい。それが僕の今の考えだ。

 だけど僕一人ならともかく、パーティだから勝手に決める事は出来ない。

 出来ればサラ達に納得してもらいたい。

 相談があると言っておきながら、なんと切り出すべきか、言葉に詰まった。


「だから、良いわよ」


 ん?


「どうせアンタの事だから『彼等の手助けがしたいです』とか言いたいんでしょ」


「あ、はい」


 ズバリそうです。


「アインに行くまでの間で、ちゃんと報酬が出る依頼でやる分には私は構わないわ。もちろん何も言わずに、また勝手に行ったりしたら殴るけど」


 サラは「リンもそれなら良いわよね?」と言って、リンからも了承を得てくれた。


「アリアやフレイヤも、アンタの意見なら従うでしょ」


「あっ、うん。ありがとう。でも僕が言いたい事、良くわかったね」


 わかった事よりも、理解を示し賛成してくれたことの方が驚きだけど、その事は口に出さない方が良いだろうな。それを口にしたら、きっと不機嫌になりそうだし。


「短い付き合いってわけじゃないんだし、アンタの言いそうな事くらいわかるわよ」


 そう言うとため息をついて、両手を上げやれやれといった感じに首を振っている。


「という感じでまとまったので、同じような依頼があった場合、僕らも手伝いたいと思うのですが、どうでしょうか?」


 振り返ってスキールさんを見る。

 僕らの様子を見ていたスキールさんは、少しだけ驚いた表情をしていた


「本当かい!? 助かるよ! 是非お願いしたい」


 お互い頷き、握手を交わした。



 ☆ ☆ ☆



「一緒に行かなくて良いんですか?」


 村の外まで出た僕らは、馬にまたがっていた。

 行きの時と同様に僕はサラの、フレイヤさんはアリアの後ろに乗せてもらいながら。


「あぁ、僕らは歩きだし、村の人たちの誤解を解いてから行こうと思う」


 誤解、あぁ僕らが遅刻したと思われている事か。

 討伐が終わった後の、村人の塩対応はちょっと厳しいものがあったな。

 それを見かねたスキールさん達が色々と説明をしてくれたんだけど、どうにも納得した様子ではなかったし。


「村の方で誤解が解けたら急いで街に戻るよ。困ってる人はまだまだ沢山いるはずだからな」


 そう言って手を振るスキールさん達と別れ、僕らは街に戻った。

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