第4話「確かな成長」

 レスト共和国に入ってからは、モンスターの生態が変わった。

 ヴェル周辺のモンスターは、基本的に単体か、つがい程度で、キラーヘッドみたいなモンスター以外は、一度の戦闘で戦う数は少ない。

 だけど、ここでは群れるタイプのモンスターが多い。

 一度に平均10体程度、多い時にはその数倍の数が出てくる。

 数が多い代わりに、ヴェル周辺のモンスターと比べると個々の戦闘力は低い。

 とはいえ、数が多いのは厄介だ。一体一体が弱くても、何体も同時に襲い掛かってこられれば、それは脅威になりえるからだ。


 僕らの前には大量のモンスターの死骸が転がっている。

 戦闘で倒したブラウンジャッカルが10数体。

 倒したブラウンジャッカルの毛皮を剥がす作業をしていると、血の匂いに釣られたのか、ハイエナカラスと呼ばれる死骸を横取りして掻っ攫う体長1m程の黒い体毛で覆われた鳥型モンスターが次第に集まり、グリーンリザードと呼ばれる大きなトカゲや、レッドウルフと呼ばれるブラウンジャッカルよりも一回り大きなサイズの狼型のモンスターが次々と押し寄せて来た。合計で100は超えるであろう数だ。


 ただ、数は多かったけど、まともにこちらへ攻撃を仕掛けようとしたのはレッドウルフくらいで、他はどれも死骸の肉をつついたり、死骸をくわえてそのまま逃げ去ったりと、戦闘する意思が感じられなかった。

 後になって分かった事だけど、ハイエナカラスが集まり出したら、集まったハイエナカラスを見て他のモンスターもお零れにあずかろうと寄ってくるので、すぐに逃げるのが鉄則らしい。

 そんな事を知るわけもなく、僕らは必死に戦い、何とか全てのモンスターを追っ払う事に成功した。

 気付けば、辺りはむせ返るような血の匂いが充満している。

 馬車に乗る分だけ素材を剥ぎ、残りは捨てていった。


「もう次からは無視して行きましょう」


 うんざりしたような顔をしたサラの言葉に、僕達は頷いた。

 どれだけ戦っていたか分からないけど、この先もずっとこの調子でいくのは、流石に厳しいものがある。

 幸いにして、ほとんどのモンスターは死骸にしか興味を持っていなかったようだし、死骸を放置していけば逃げ切るのは容易だと思う。

 実際にこの判断は正しかった。その後の戦闘では、死骸を置いて去っていく僕らの横をすり抜けていくモンスター達は、僕らに興味を示さずに一目散に死骸へと向かい、そして死骸の肉を取り合っていた。



 ☆ ☆ ☆



 レスト共和国に入ってから5日が経った。

 モンスターの襲撃は一度会うと大量に沸くけど、遭遇頻度は2日に1度程度で、今の所3回しか遭遇していない。

 なので、馬車を止めて休む間はトレーニングや、アリアに剣を教えてもらっていたりする。素振りを見て貰い、軽い打ち合い。


「最近のエルクは基礎がしっかりしてきている。今なら『混沌』を使わなくても、リンと良い勝負が出来ると思う」


 不意に、アリアがそんな事を口走った。


「ははっ。アリア流石にそれはほめ過ぎだよ」


 うん。流石にリンと良い勝負が出来るなんて思わない。

 何年も練習してきたリンと、剣を握ってまだ数カ月の僕とでは、積み重ねてきたものが違うんだから。


「エルク。リンとやるです」


 どうやらリンは、アリアの言葉は捨て置けなかったようだ。

 リンは適当に落ちてる木の棒を二つ拾い、同じくらいの長さに合わせて斬り、片方を僕に投げてよこした。

 リンに勝てる気がしないし、勝てるとは思っていない。

 だけど「僕ではリンには勝てないので、辞めておきませんか?」と言ったところで、引いてくれる様子でもなさそうだ。

 仕方がないか。リンにしてみれば侮辱ともとれる発言なわけだし、ここでうやむやにすれば後に引くだろう。

 それとアリアには後で注意しておくべきだな。彼女に悪気があって言ったわけでは無いだろうけど、少々軽率だ。


「わかったよ」


 お互いの間合いの外まで離れてから、向かい合って構える。


「最近のエルクは、確かに体も鍛えて強くなってるです。でもそれだけでリンに勝てるとは思わない事です」


 同感だ。

 確かに体を鍛えて、前よりは強くなったという自覚はあるけれど、リン相手に良い勝負が出来るほど強くなったとうぬぼれるつもりはない。


「リン。ある程度のケガなら治療魔術でいくらでも治してあげるから、遠慮せずにエルクをボコボコにしてあげなさい」


 アリアの発言を無視できなかったのは、サラも同じだったようだ。

 笑顔だけど、目が笑ってないね。

 

「勿論そのつもりです」


 リンは可愛らしいドヤ顔で、僕に「いつでもかかってくるです」と言ってくる。準備は万全のようだ。

 正直乗り気はしないけど、手を抜くつもりはない。

 そもそも、手を抜ける相手ではない。

 それに、勝てないにしても、自分がどれだけやれるか試してみたいというのはある。

 僕は両手で握った木の棒に、力が入れなおす。


「ハッ!」


 まずは様子見に、間合いギリギリからの軽い横薙ぎ。

 上段から行けば、カウンター技の『無手』を貰いかねないし、胴ががら空きになってしまう。

 僕がリンに勝っている点は体力くらいだ。だから間合いギリギリから反撃を貰わない程度に細かく攻め、リンの体力が落ちてくるのを待つ。


 リンが攻めるのに合わせ下がり、引くのに合わせて前に出る。

 僕がギリギリ届く間合いは、リンにとっては届かない間合いだから、リンはどうしてももう一歩前に出るか、腕を伸ばさないといけない。

 一歩を追加で踏み出そうとするなら、僕もそれに合わせて前に出てつばぜり合いに持ち込む。そうすればリンは体格差で勝てないことを悟り、すぐに引いてくれる。

 ギリギリの間合いを何とか維持することにより、リンの攻めにも何とか対応が出来た。とはいえ一瞬でも気を抜いたら、文字通り僕は痛い目に遭うだろう。


 お互い木の棒で何度目かの打ち合い。

段々と木の棒で打ち合った際に、衝撃が感じられなくなってきた。

 リンに疲れが出始めたからなのか、それとも打ち合いにより手が痺れだしたのかわからない。


「てやっ!」


 リンは焦りからか、足りない間合いを詰めるために目いっぱい腕を伸ばした袈裟斬り。

 腕を伸ばした分、威力は弱まり、速度も落ちている。予備動作だって大きいからやる前からバレバレだ。

 

「ほっ」


 僕がそれを軽くいなすと、リンは無理な体勢で木の棒を振ったために、一瞬の隙が出来た。

 その隙を逃すことなく、リンの体制が整う前に左腕にポンと木の棒を当てた。

 勝負あり……だよね?


「……」


 リンは「えっ?」という表情で、自分の左腕に当たっている木の棒を見た。

 そしてプルプルと震え、見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。


「まだですッ!」


 リンがバックステップで距離を取ると、姿が消えた。

 消えたと言う事は『瞬歩』を使ったのは間違いない。となるとリンが出て来そうな場所は……背後だ!

 リンの戦法は背後を取って、足や腕を狙い、戦闘能力を削っていく戦い方をしている。

 僕はバックステップと共にくるりと反転した。

 読みが当たったが、丁度僕の真後ろの位置に出現したリンと勢いよくぶつかり、勢いのままに僕らは転げまわった。

 転げまわりながらも、僕はリンを掴み、そのまま馬乗り状態へ。


「僕の勝ち……だよね?」


 リンの首元に木の棒を付けて、勝ちを宣言。というよりは確認をしてみた。

 今度こそ観念してくれたようで、リンは持っている木の棒をポイっと捨てた。


「リンの、負けです」


 リンが泣きださないかちょっと不安だったけど、それは杞憂だった。

 しょんぼりした顔で、リンは素直に負けを認めた。

 リンに勝った。勝てた!?

 自分でも、勝てたことが信じられない。


「で、エルク。アンタはいつまでそうしているつもり?」


「えっ?」


 サラを見ると視線が合った。サラは両腕を組んで、半眼で僕を睨んでいる。

 いくらリンが負けたからって、そこまで不機嫌をあらわにするのは、少々大人気ないんじゃないかな?

 とはいえ、いつまでもリンの上に乗っているのは確かに良くないな。退こうとしてある事に気付いた。

 左手に、何やら柔らかい感触が……

 僕の左手は、リンの小ぶりな胸を掴んでいたのだ。

 

「ご、ごめん。わざとじゃないんだ」


 バッと飛び跳ねるようにリンの上から退いた。

 そんな僕の様子を見て、フレイヤさんがニヤニヤしながらからかってくる。お願い、今は空気読んで! サラがめちゃくちゃ不機嫌になってるから!


「エルク君のえっちぃ」


 フレイヤさんの言葉を無視して、僕はリンを見る。

 上半身を起こしただけで、起き上がってこようとはしない。リンが今、何を考えているか分からないけど、このままにしておくわけにもいかないし。


「リン」


 ほら、と言って手を差し出し、リンは素直に僕の差し出した手を握り返し起き上がった。


「負けたです」


 一瞬だけ悲しそうな顔をしたリンだけど、無理に笑って「エルクは強くなったです」と言ってくれている。健気だな。

 普段は誰かの頭を撫でると何か言われることが多いけど、今は撫でる時だよね。お礼を言いながらリンの頭を撫でる。

 リンの頭を撫でながらアリアを見る。そして目が合い僕に頷きかけて来た。


「アリアは僕に、もっと自分に自信を持てと言いたかったんだね」


 リンと戦って、自分が思った以上に成長している事に気付いた。

 アリアは僕に「エルクは役立たずの勇者なんかじゃない」と言いたかったのだろう。


「うん。全然違う」


 違うのかよ!

 僕一人で盛り上がっててバカみたいじゃないか。

 いや、でもアリアの後ろで思わず噴き出したサラの姿が見えた。怒気が晴れてくれたと思えば悪くはないか。


「リンは、エルクに対して過保護な所があるから」


 ふむ。リンが僕に過保護ねぇ。

 頭を撫でる僕と、撫でられるリン。普通に見たら僕の方が保護者に見えるとは思うけど。

 しかし確かに、言われてみれば思い当たる節がないわけではない。

 僕が困ったり、凹んだりしている時にはフォローを入れてくれるし、移動をしている時も僕を気にして、時折チラチラと確認してくれている。

 思えばリンには助けられてばかりだった。


「私が言っても、言葉ではリンを完全に納得させる事は出来ないと思ったから、エルクと戦わせてみた」


 なるほどね。口下手なアリアらしいやり方だ。

 

「リン。エルクは強くなった。『混沌』なんて力で慢心しないで毎日特訓を欠かさずにしている。これ以上の心配は、エルクの成長の妨げになる」


「……わかったです」


 そうやって僕の事を気にしてくれているアリアも、大分過保護な気がするけど。

 リンはリンで何やら納得したようだ。

 僕の成長か、リンに依存しているつもりは無いのだけれど、傍から見たら僕とリンはそういう風に見えるのかもしれないな。

 少なくともアリアにはそんな風に見えて、それが危うく感じたから、こういう手段に出たのだろうし。

 自分では良く分からないけれど、それでも気を付けないといけないな。


「リンに勝ったと言ってエルクが増長しないように、次は私が相手をしてあげるわ」


 やっぱりリンの保護が欲しいなと思いながら、僕はサラと手合わせをしてコテンパンにされた。

 それから数日。

 僕らは宗教都市イリスへと辿りついた。 

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