第3話「貴族」
連れて行かれた先は所長室ではなく、机と椅子が置かれた応接間のような所だった。
調度品や家具はどれも、見た目から決して安物ではない事がわかるような作りをしている。
「お手紙をお預かりして、宜しいでしょうか?」
「あっ、はい」
僕は領主様の手紙を渡した。
「それでは、しばしここでお待ちください」
中年の衛兵さんは一礼をすると、部屋から出て行った。多分所長に取り次ぎをするためだろう。
流石に、ここでまた「偽物だ!」なんて言われて、トラブルになったりはしないだろうとは思うけれど。
ここで不安がっても仕方がない。とりあえず座って待つか。
サラは調度品に興味があるのか、見回っては「へぇ」とか「ふぅん」と言っている。
アリアとリンは、そんなサラの後ろを付いて回って、頷いてみたりしているけど、多分価値なんてわかってないんだろうな。勿論、僕もわからないけど。
彼女達3人は置いといて、気になるのはフレイヤさんだな。先ほどから部屋の隅で黙って俯いている。
時折こちらをチラチラ見て、何か言いたそうにしている様子だ。
自分がエルフで、耳を隠すために仮面を付けていたからこんな事になってしまった。多分そんな事を考えているのだろう。
実際そうではあるけれど、決してフレイヤさんだけの責任ではない。僕がもう少し上手く立ち回っていれば、こんな事にならなかっただろうし、対策なんていくらでもあったはずだ。
さる高貴な方で顔を見せられない事情がある。そんな感じの事を言って領主の手紙を出すとか。
っと、いけないな。これではリンに「エルクがまたネガネガしてるです」と言われかねない。よし、自分を責めるのはやめやめ。
フレイヤさんに自分を責めないように言おうとしているのに、僕が自分を責めてどうする。
しかし、そうなると余計になんて声をかければ良いか悩む。
前のように猫耳を付けてテンションを上げてごまかすか? 無理だ。多分、取り出した時点でサラに殴られる。
「フレイヤさん」
「はいッ!」
僕の言葉に反応して、フレイヤさんが一瞬ビクッとした。
怒られると思ってるんだろうな。きっと。
手招きをして、フレイヤさんを呼び寄せる。
「パーティリーダーとして、フレイヤさんに言わせてもらいます」
「……はい」
「自分のせいだなんて思って、ネガティブになるのは禁止です。もしかしたら、この先もこういう事があるかもしれないけど、それでも僕らはフレイヤさんと旅をしたいからパーティに入れたのですから」
「でも……うん。わかった!」
納得してくれたようだ。
いつものように「えへへ」と笑い、隣に座ったフレイヤさんに、良くできましたと僕は頭を撫でた。
「あのネガネガしていたエルクが、他人のネガネガを指摘できるようになるなんて。成長したです」
「うん」
ニヤニヤといった感じのリンに、いつもの無表情のアリアが茶化してくるけど気にしない。
「リンはエルクがネガティブになると、いつも励ましたりしてたからね」
「エルクはすぐにネガネガする悪い癖があったから、大変だったです」
胸を張ってドヤ顔のリンに、僕は感謝の意を込めて頭を撫でた。
グシャグシャっとな。
「いやぁ、本当にリンのおかげだよ」
鼻歌交じりに、更にグシャグシャっと撫でる。別に茶化された事なんて気にしてないよ。
ただ、たまには反撃もしてみようかなって気になっただけだ。
「チッ」
いつもの舌打ちで返される。
「エルク。私も」
「あ、はい」
アリアの頭も撫でておいた。
しばらくして、コンコンとドアがノックされる音が聞こえた。
ドアを開けて、先ほどの中年の衛兵さんが入ってきた。
「準備が出来ました。所長室まで案内いたします」
☆ ☆ ☆
「先ほどは部下の者が失礼したな。私がこの関所を預かる、所長のチョコ=ブラウン男爵である」
男爵の爵位を持つ関所の所長。彼は偉そうな言葉とはうらはらに、今にもため息をつきそうな表情をした、痩せた男だった。
執務用の机に肘を立て、少し気ダルそうな顔で僕らを見渡す。そして、ため息をつきそうな表情から、ため息をつく表情に変わった。
しかし、名前がチョコ=ブラウンって……
多分スクール君と出身地が同じか近いのだろう。彼の地方では、固有名詞を名前にする文化があると言っていたし。
もしもスクール君と出会っていなければ、僕は彼がふざけているのではないかと勘ぐっていただろう。
「手紙については、中身を部下の紋章師に確認させたところ、間違いなく本物であった」
良かった。
ちゃんと本物と判断してもらえたようだ。これでもう大丈夫だろう。
「だが、だからこそ、ここでお前達をそのまま行かせるわけには行かぬ」
えっ?
どういう事?
いや、貴族同士だからと言って仲が良いとは限らない。むしろ悪い事の方が多い。
表立って対立する事はないだろうけれど、敵対している関係の可能性もあるわけだ。
くそ、次から次へと問題ばかりだ。
「所長。今の言葉は誤解を招きかねないかと思われます」
中年の衛兵さんがかぶりを振っている。
ん? 誤解?
どういう事?
「あれ? 私また何かやっちゃいました?」
この所長のキョトンとした顔に、若干イラっとした。
「今の言い方では、まるで彼らを通さないか、ここで亡きものしようとしているように取られてしまうと思うのですが」
むぅ、と声を上げ、チョコ=ブラウン所長は渋い顔を見せた。
「すまない。私はどうも誤解されやすい性格でな。おかげで地位があるというのに、こんな所にまで飛ばされてしまう始末だ」
そんな表情をして、そんな事を言っていれば当然の結果だ。などと色々とツッコミを入れたいが、必死の言葉を飲み込む。
まだ2、3言しか話していないのに、彼がどんな人物なのか大体想像が出来た。
衛兵さんの方が、よっぽどため息をつきたいだろう。
「それで、僕らをそのままでは通せない理由というのを伺っても、宜しいでしょうか?」
所長さんにそのまま喋らせていても、勝手に墓穴を掘ってややこしくなるだけだろう。なのでさっさと理由を聞くことにした。
どうも僕が話しかけた事が気に食わなかったのか、少しムッとした表情をされる。
「キミは?」
内心「そういうところですよ」と言いたいのを我慢。
「申し遅れました。僕は彼女達のパーティのリーダーをやっている、エルクと申します」
頭を下げながら、右手をお腹の前で曲げて、左手を背中へ。確か父が昔偉い人にこんな感じで挨拶していた気がする。
「パーティ? つまり冒険者をやっているのか? 何故……いや、ここは聞かぬ方が良いか」
身分を隠して旅をする理由があると勘違いしているようだ。何故一緒に旅をしているのか説明しろと言われると困るわけだし、ここはその勘違いに乗っておくべきだな。
「はい。ですので、理由についてはご想像にお任せします」
「なるほど。だから手紙はギリギリまで出さなかったわけか」
独り言のようにブツブツと言いながら、うんうんと頷いて納得した様子だ。
僕にはこの人が何に納得したかわからないけど、とりあえず良しとしよう。
「それで、このままでは通す事が出来ない理由というのはどういう事なのでしょうか?」
「沽券の問題だよ。部下がしでかした事とはいえ、レイア家の令嬢や領主からの手紙を偽物呼ばわりし、散々失礼な態度を取っておいて、そのまま『どうぞお通りください』と言った日には、私は他の貴族連中から良い笑い者だよ」
貴族には貴族なりに悩み事が色々あるんだろうな。
こういった些細な所から、ほころびが生まれ。付け入るスキを与えてしまう可能性がないわけじゃないのだろう。
だからヴェルの領主は、とにかく敵を作らないようにしていたのだろうし。
でも僕らからしたら、そんなのは知ったこっちゃない。どうでも良いからさっさと通して欲しいというのが本音だ。
僕らの中で、この状況ではどうすれば良いか一番わかってるのは、多分サラだろう。
助けを求めるように、僕はサラを見た。
僕と目が合い、そしてサラは頷く。
「エルクに任せるわ」
僕の思いは、サラには伝わらなかったようだ。
どうするか困ったから助けを求めたのに。
「せめて今日一日だけでも、もてなしをさせて貰えないだろうか?」
正直堅苦しそうだし、フレイヤさんの正体がばれる可能性が高くなるから嫌なんだけどなぁ。
断ってはいけないのだろうか?
こっそりとサラに聞いてみた。
「そうね。別に断っても問題ないわ。平民が貴族からの誘いを断るのは失礼に当たるけど、元は向こうが失礼を働いたのが原因なんだし」
それは問題があると言います。
非礼には非礼で返すはサラらしい考えだけど、そんなので変な恨みを買っては堪らない。
「お言葉に甘えさせていただきます」
貴族と関わるというのは、こんなにもめんどくさい事なのか。
チョコ=ブラウン所長は、何とか話がまとまった事に安堵からかため息をついた。こっちがため息をつきたいよ。
☆ ☆ ☆
翌日。
僕らは関所を出た。ここから先はレスト共和国の領地だ。
「エルク殿。チョコ=ブラウン所長から、こちらを預かっております」
僕らの見送りに中年の衛兵さんが、部下を引き連れて来てくれた。
「これは?」
渡されたのは、一枚の封筒だった。
「領主様からの手紙は一度封を開けておられますので、そのままでは効力がありません。なのでチョコ=ブラウン所長が、一度自分が中身を拝見したという内容の手紙を同梱してくれています」
なるほど。これで何かあった時に、またこの手紙が使えるようになったわけか。
それなら大事にしまっておかないとね。
「とはいえ、ここから先は別の国の領地です。過信はなさらぬようお願いします」
「はい。あっ、そうだ、お礼を言い忘れていました。あの時サラの紋章を本物だと言っていただいたおかげで助かりました。ありがとうございます」
「いえ、私は自分の仕事をしたまでです」
もう一度お礼を言って、僕らは馬車に乗り込んだ。
ここからはレスト共和国か。関所の壁を超えただけなのに、何だか空気が違うような感じがする。
こうして僕らは、レスト共和国への一歩を踏み出した。
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