第13話「コミュ症エルフ」
本日のフレイヤさんは上機嫌だ。
上機嫌だけど、ニコニコというよりはニヤニヤといった感じの、気持ち悪い笑みを浮かべている。
昨晩、あの後にフレイヤさんと色々話をして、アリア達と仲良くなるための作戦を練った。
作戦と言ってもおざなりな物で、リンには頭を撫でる。アリアにはカレーを振る舞う。サラにはカレーの作り方を教えるという内容だ。
正直、僕にはそれ以上の案が思いつかなかった。
「エルクく……さん。
「イケルって、何が?」
目は既にイッテる気がするけど。
気持ちの悪い笑みを浮かべて、目線の先にはリンを捕らえている。
「昨日の特訓の成果ですわ。今ならリンさんの頭を撫でて、チョチョイのチョイで仲良くなれそうな気がしますわ」
「難しいんじゃないかな……」
作戦を立てておいてなんだけど、頭を撫でた程度で何とかなるんだったら苦労しないよ。
「大丈夫! イケますわ!」
ちなみに今日の為に、昨日の夜にリンが普段かぶっているボンネットは全部洗濯しておいた。フレイヤさんがリンの頭を撫でやすいようにだ。
今朝、ボンネットが全部洗ってあることに気付いたリンに「ごめん、間違って全部洗っちゃった」と謝罪はしておいた。
まだ洗ったばかりで、かぶっていないものもいくつかあった事に少し疑問を持ったのか、ジーッと僕の顔を見ていたが「洗っちゃったものは仕方ないです」とすぐに切り替えてくれた。
これでお膳立ては出来たけど、正直上手くいくとは思えない。
知り合って3日ほどだけど、今までの行動を見る限り、フレイヤさんに友達はほとんど居ないのだろう。
変な喋り方に加えて、目が合ったら緊張でお漏らししてしまうというのが特にハードルが高い。
普通に友達が居れば、木に紙を貼り付けて喋り相手の練習なんて意味がない事くらいわかるはずだし。
そして、ある程度仲良くなったと思ったら、今度は凄く馴れ馴れし過ぎる態度に変化する。
きっと、他人との距離感の計り方が不器用なんだろうな。
でも、不器用だから逆に上手くいくんじゃないだろうか。そんな風に思う自分も居る。
僕らの前を、ダンディさんを先頭にアリア達が歩いている。
彼女達も十分他人に対して不器用だ。でもそんな不器用者同士がくっついて、なんだかんだで良い感じでやっていけている。
「フヒッ」
フレイヤさんの頭の中では、リン達と仲良くなって楽しんでいるのだろう。
ニヤニヤしていたと思ったら真顔になり、そしてまたデレっと口元を緩ませている。
「ふふふ、エルクさん。リンさんを呼んでいただいても宜しいでしょうか?」
呼んでいただいてもと言われても、どうやって呼ぼうか?
リンはいつもサラの横に居るから中々呼べるタイミングが、と思ったけどサラは今ダンディさんとおしゃべりに夢中のようだ。
少し離れているから何をしゃべっているかあまり聞き取れないけど、サラの「何でよ!」というヒステリックな叫びだけは聞き取れる。
多分、ダンディさんの発言に噛みついてるんだろうな。どっちも言いたい事をズケズケと言うタイプだし。
まぁ、そのおかげでリンを呼ぶタイミングは作れる。
遅れている僕らを気にして時々振り返ってくれるから、その時に手招きをしてこっちに来てもらった。
「どうしたです?」
てってってといった感じで僕らの前まで小走りで来たリンが、小首を傾げて僕を見ている。
リンに用があるのは僕じゃないんだけどね。
「……」
フレイヤさんは、顔を斜め上にずらし固まっていた。
チラチラと目だけが動き、たまにリンを見ている。そしてカクンカクンと腕がぎこちなく動いている。
「どうしたです?」
もう一度僕にそう問いかけて、リンがフレイヤさんに背中を向けた時だった。
フレイヤさんは左手をリンの頭の上に乗せた。いや、乗せたというよりも、掴んだという表現が正しいか。
グシャグシャグシャグシャグシャ
掴むと同時に撫でた。撫でたというよりも、爪を立てて頭を洗うあの感じに近い。
凄い勢いでリンの髪がぼさぼさになっていく。
「チィッ」
あっ。これは不機嫌なときの舌打ちだ。
リンの表情からも不機嫌なのが伺える。
このままだと、後で僕にとばっちりが来るんだろうなぁ。それは嫌だしフォローを入れよう。
「えっと、リンの頭をなでる時はこうだよ」
なでなで。
「こうかしら?」
グシャグシャ
「チィッ」
リンはもう一度大きな舌打ちをして、サラの方へと走って行った。
「今の
うん。作戦大失敗。
少し興奮気味に話すフレイヤさんに、僕は首を横に振った。
流石に今のはダメだろ。
☆ ☆ ☆
歩き続けて夜になり、僕らは野営の準備をした。
リンとダンディさんは、薪代わりになる枝を探しに行っている。
サラは今ある枝を適当に寄せ集め、火をつけてくれている。本来は僕の仕事なのだが「火ならやっといてあげるから、アンタはさっさと料理の準備しなさい」と言って代わりを申し出てくれた。「ご飯まだ?」と無表情で訴えかけてくるアリアを気にしての事だろうけど。
そのアリアはサラの隣でしゃがみこみ、無表情でジーっとその様子を見ているだけだ。この無表情は何を考えているかちょっとわからない。何も考えていないだけかもしれないけど。
サラが火を起こし、パチパチと音が聞こえてくる。
少し離れた場所で僕は食器を取り出しながら、隣に居るフレイヤさんに目配せをして、次の作戦を展開する。
今度の狙いはアリアだ。
サラやリンと違い、大人しい性格だから、フレイヤさんが相当おかしな事をしない限りは大丈夫だとは思うけど。
でも、さっきのリンに対するフレイヤさんの行動は相当おかしな事だからなぁ。心配だ。
「今日の夜ごはんは何にしようかな」
何気ない振りをして、ボソっと呟く。
そして案の定、僕の独り言にアリアが反応した。
「カレー食べたい」
フレイヤさんのカレーを食べた日から、食事時になるとアリアはいつもソワソワしていた。
ソワソワしながら、ジーッとフレイヤさんを無表情で見ている。カレーがまた食べたいからだろう。
だからアリアのこの反応は、容易に想像が出来た。
「それでしたら、
「それじゃあお言葉に甘えて、今日の夜ごはんはフレイヤさんにカレーをお願いしようかな」
「ッ!」
よし釣れた!
アリアはバッと立ち上がり、今度はこちらに近づいきて、僕らが準備する様子をジーっと見ている。
鍋を出したり、食材をまな板の上に並べるたびに、その動きに合わせてせわしなく首が動く。
「それじゃあ僕も手伝います」
「それでしたら一緒に作りながら、カレーの作り方を教えてあげますわ」
「本当ですか!? そうだ、サラも料理好きだろ? 一緒に教えてもらわない?」
ちょっとテンションを高めだけど、わざとらしくないよね?
料理が好きなサラならこれで釣れると思うけど。
「……別に良いわ。アンタ達二人で作りなさいよ」
返事をするまでに間があった。心の中で葛藤していたのだろう。
そのまま「フン」といった感じでそっぽを向かれてしまった。
流石にそう簡単には釣れないか。まだ一昨日の事を気にしている様子だし。
「ヒッ!」
フレイヤさんの短い悲鳴が聞こえた。
気づけばアリアが「早く」と言わんばかりに、フレイヤさんの肩に顔乗せて無表情で見ていた。
本当に
「はいはい。今作るから。アリアはもうちょっと離れてあげて、そんなに近づかれたらフレイヤさんが作りづらいよ」
「わかった」
アリアは素直に数歩引いてくれた。フレイヤさんの肩にヨダレを残して。
「(ねぇ、この後どうすれば良い?)」
材料を切り分ける振りをして、フレイヤさんは僕に近づき、小声でボソボソと話しかけてきた。とりあえず肩のヨダレを拭こうか。
この後か、カレーを振る舞うという目的は達成したけど、そういえばその後どうするかは特に決めていなかったな。
「(何かアリアに話題を振ってみたらどうかな。困ったら僕も助け舟を出すから)」
気になる事とか何かあったら聞いて、そこから会話を広げていけば良いだろう。
アリア相手に地雷を踏むことはそんなにないだろうし、もしも会話に困ったら僕が助け舟を出せば良いだけだ。
「(うん。わかった)」
力強く頷き、フレイヤさんは食材をじっと見つめる。
「アリアさん。気になった事があるので聞いても宜しいでしょうか?」
「何?」
「どうすれば、その、アリアさんみたいになれるんでしょうか?」
アリアみたいに?
どういう事だろう?
「剣士になりたい?」
「いえ、そうではなくて。どうすれば
アリアは自分の胸をジーっと見た後に、僕をジーっと見てくる。僕がわかるわけないだろ!?
アリアが僕を見ている事に気付いたフレイヤさんも、僕をジーっと見てくる。
「いや、僕を見られても」
助け舟を出すはずの僕が、困った立場に立たされるってどういう事だよ。
そうだ。胸を大きくする方法と言えば、前にスクール君が言ってたっけ。
『女性の胸は、揉めば大きくなるらしいよ』
言えるかッ!
今の状況でそんな事を言えば、「僕がアリアの胸を揉んで大きくしました」と言ってるようなものじゃないか。
サッと目をそらした際に、視界の隅でサラがサッと顔を伏せたのが見えた。サラも気になって僕を見ていたのか。
「ジー」
「ジー」
なおもアリアとフレイヤさんは僕を見てくる。
そもそも聞かれているのはアリア、キミだよ?
「それなら肉を食え」
驚いて変な声が出た。
振り返るとそこには色黒で金髪。全身筋肉と言わんばかりのダンディさんが、腕を組んで立って居た。その少し後ろにはリンが居る。
ダンディさんは驚き絶句する僕ら3人を見て満足そうに頷く。
「胸を大きくしたいなら。肉を食え」
そう言って両腕を上に曲げ、胸を付きだすようにして見せつけてくる。
確かに大きいは大きいよね。胸と言うか胸筋だけど。
「はぁ。ダンディ、適当な事を言うのはおやめになって」
「確かに、肉を食べれば大きくなるかも」
ダンディさんの適当な発言を咎めようとしたフレイヤさんだが。アリアは意外にもダンディさんの意見を肯定している。
「胸も肉だから、肉を食べれば大きくなる……はず」
いや、その理論はおかしい!
流石にそんなのを彼女達も信じるわけがないだろうと思っていたけど、サラ、リン、フレイヤさんは口々に「そうか、お肉か」と言っている。
今回作ったカレーは肉が大盛だった。それ見て、計画通りといった感じでニヤリとしているダンディさん。彼女は見た目が脳みそまで筋肉っぽいのに、思いのほか頭がキレるのかもしれない。
結局、アリアと仲良くなる作戦も失敗に終わった。作戦そっちのけでフレイヤさんはサラやリンと共に肉を必死に食べていたからだ。
ダンディさんも肉を沢山食べて満足そうだったのは、言うまでもないか。
「食べても運動をしないと、肉は腹についてしまうぞ」
「うん」
必死に肉を食べたせいで少し気分が悪そうにして横になっていたサラ、リン、フレイヤさんが、アリアとダンディさんの言葉を聞いて、その場で運動をし始めた。
何というか、ダンディさんの掌の上で転がされてる感があるなぁ。
☆ ☆ ☆
「エルク君、起きて」
小声で僕の名を呼ぶフレイヤさんに、今日もゆさゆさと揺らされ起こされた。
辺りは当然真っ暗だ。
「あの、エルク君。今良いかな?」
「はい。良いですよ」
食事が終わった後。何度も僕をチラチラと見てきたから、来る予感はしていた。まぁ今日の作戦は失敗に終わってるし当然と言えば当然か。
「えっと、今日も仲良くなる練習手伝ってくれる?」
「はい。ここでは出来ないですし、離れた場所に行きましょうか」
手を引いてもらい、眠い目を擦りながら立ち上がる。
「
「うん。それは気がするだけだと思うよ」
興奮気味に話しかけてくるフレイヤさんと手を繋いだまま、暗い森の中を歩いていく。何で手を繋いだままかって?
手を引いて起こしてもらった後に、手を離そうとしたんだけど、フレイヤさんがそのままギュっと握ったまま離してくれないからだ。
歩き出してから、ニコニコと今日の事を語るフレイヤさんの顔を見ていると「手を離してくれませんか?」とは、とてもじゃないが言い出せなかった。
しばらく歩くと、少しだけ開けた場所に着いた。
フレイヤさんは握っていた手を離し、荷物を漁り始める。
中身はアレなんだろうなぁ。
「今日もこれで練習相手をよろしく」
そう言って取り出したアレ。
昨日と同じく、アリア達の似顔絵が描かれた3枚の紙だ。
今日の悪かった点を反省してもらうには丁度良いか。
僕はリンの似顔絵が描かれた紙を手に取り、両手で顔の前に持った。
「フレイヤ。こんばんわです(裏声)
「うん。リンちゃんこんばんわ」
昨日よりも若干テンションが高い。仲良くなれたと思ってるからだろうな。
彼女の人付き合いは本当に不器用だ。見ていて可哀想になるくらいに。
目を見て話せないからとか、そういうレベルじゃないくらいに厳しい。
まずは他人との距離感を覚えて貰わない事には、どうしようもない。
とりあえず、今日のダメな点から話していかないといけないな。
「今日フレイヤに頭を撫でてもらったけど、凄く痛かったです(裏声)」
「えっ、そうなの?」
「撫でる時はこうです(裏声)」
そっとフレイヤさんの頭を撫でてあげる。
「エルク君って、頭撫でるの上手なんだね」
「今はリンです(裏声)」
「えへへ、そうだったね」
自分で言ってて悲しくなってくる。
しかし、今のままでは彼女に友達は、ダンディさん以外に出来ないだろう。
ではどうすれば良いものか。正直僕も元引きこもりで他人との付き合いが上手い方ではないし。
じゃあアリア達は? と言うと、彼女達も同じか、それ以上に他人との付き合い方が下手だ。
もしかしたら、僕らの中で一番人付き合いが上手いのは、ダンディさんなのではないだろうか?
はぁ。こんな姿アリア達に見られたら、ましてやリン本人に見られたらどうしよう。
「エルクとフレイヤ。何やってるです?」
どうやら見られていたようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます