第11話「フレイヤ」
倒したキラーヘッドと、その取り巻きの毛皮や討伐証明部位を剥ぎ取り、食べる分だけの肉を切り分けて、残りは炭になるまで焼いた。このまま放置したら、どこからともなくゴブリンが現れ、餌にして個体数を増やすからだ。
例えゴブリンが来なくても、むせかえるような血の臭いだ。臭いに釣られて他の獣やモンスターをおびき寄せる可能性だってある。
キラーヘッドとその取り巻きを1カ所に集め、入念に火を付けて消し炭にした後、僕らは森を歩きだした。
しばらく歩き、日が沈み始めたところで僕らは野営の準備に取り掛かった。
火を起こし、焚火にする。
僕は焚火を前に、腕を組んで悩んでいた。悩みの種は今晩の献立だ。
遭難していた時は食糧を節約するために、出来るだけ水分でお腹を満たす汁物が多かった。
そして、ダンディさんと一緒に移動するようになってからは豪快な肉料理ばかりだった。
なので、たまには違う感じの料理を出したい所だけど、何が良いだろう?
アリア、サラ、リンは特に嫌いな物はないけど、フレイヤさんは肉が苦手なようだ。
逆にダンディさんは野菜をあまり食べたがらない。僕らが野菜を食べているのを見て「そんなに草を食べて美味しいか?」と言ってくるくらいだ。
というか、ダンディさんとフレイヤさんの好みに合わせると何も出せない気がする。
そんな風に悩んでいる僕を、アリアが無言でじーっと見つめてくる。「ご飯はまだ?」と言わんばかりに。
どうしようかうんうん唸っている僕に、フレイヤさんが声をかけてきた。
「エルクさん。どうしました?」
「いえ、ご飯は何を作ろうかなと思って。フレイヤさんは肉が苦手ですし、ダンディさんは野菜が好きじゃないみたいなので」
「そうですわね。それでしたら
道案内をしてもらっているのに、料理まで作ってもらうのはどうなんだろうと思ったけど、僕が料理を出してどちらかが不満を持つくらいなら、どっちも満足させられる料理を作ってもらった方が良いか。
エルフ特製料理なら、作り方を教わって僕も作ってみたいし。
「うん。お願いして良いかな?」
「任されましたわ」
そう返事をすると、フレイヤさんは料理の準備を始めた。
彼女が準備をしたものは、鍋、野菜、キラーファングの肉、そして調味料だ。
包丁を使って手際よく野菜をカットしてから、まずは鍋でお肉を炒め始めた。
ある程度火が通った所で、鍋に野菜も入れてお肉と一緒に炒めてから、水を入れる。
ここまではよくある野菜スープかシチューっぽい。
最初はフレイヤさんがどんな料理を作るか興味深々で見ていたサラも、普段僕が作る料理と何ら変わらない手順に途中で飽きたのか、ボーっと見ているのか見ていないのかよくわからない感じになっている。
しばらくアクを取る作業だったので、僕も交代で手伝いをした。
「仕上げに、これを入れれば完成ですわ」
フレイヤさんは手に持った黄土色をした調味料を鍋に入れた。その瞬間、鍋は一気に茶色に変色していく。
正直、色だけで言うと相当グロイ。
フレイヤさんがかき混ぜていくと、それは段々とドロドロした感じになって、正直アレに見える。言葉にしてはいけないアレだ。
でもその見た目とは裏腹に、鍋からは物凄く良い匂いがする。調味料のスパイスが効いたお肉の匂いだけど、肉臭さを感じさせない。そんな匂いだ。
「これがエルフ特製料理『カレー』ですわ」
「辛い?」
アリアが料理名にツッコミを入れた。アリアがツッコミなんて珍しいけど、今はそこじゃない。
スパイスが効いた匂いで、この料理が辛いのはわかる。だから「カレー」って……。
「辛いじゃなくて、『カレー』ですわ。カ・レ・エ」
「あぁ、これは凄く美味いぞ。ひょろがり達が作る草入り料理だが、草よりも肉が好きな私達でも、この草入り料理は好物なんだ」
「ダンディ。お肉と果物以外は何でもかんでも草というのはやめてくださる? これがハーブ、これが香辛料、これがお野菜ですわ」
「草」
フレイヤさんが一つ一つ手に持って説明するが、草と言い張るダンディさんに「もう良いですわ」と頭を押さえて諦めていた。
「ヒッ!」
やれやれといった様子で、頭を押さえていた手を退けるフレイヤさんだが、肩に乗せられた顔に気付き短い悲鳴を上げた。
顔の正体はアリアだ。鍋からする匂いに、待ちきれないといった様子で少しづつ鍋に近づき、かき混ぜているフレイヤさんの肩まで寄って来ていたのだ。
アリアの口から出たヨダレが、フレイヤさんの肩を汚していく。はしたないってレベルじゃない。
そういえばアリアと初対面の時も、こんな風に顔を近づけられてたっけな。懐かしい気がするけど、懐かしんでる場合じゃないか。
僕は急いでアリアを引きはがし、謝りながらフレイヤさんの肩をハンカチで拭いて、ついでにアリアの口元も拭いてあげる。
「全く。アリアは食い意地貼りすぎで意地汚い」
そう言いつつも、サラの目線は鍋に集中している。気になって仕方がないといった様子だ。
かくいう僕も、さっきから気になっているんだけどね。
「あの……リンは辛いの苦手です」
「確かリンさんは獣人ですわよね。辛いものが苦手な種族も居ると聞き及んでいますので、その辺は抜かりありませんわ。あまり辛いと感じないようにしてあるので、辛くしたい方は言ってくだされば盛り付ける際に味を調整します」
「ありがとうです」
お礼を言って笑いかけるリンに対し、フレイヤさんは目線を合わせないように、そっぽを向いている。
そっぽを向いてるが、お礼を言われたこと自体は嬉しいのだろう。口元とかが物凄く緩んでいる。
☆ ☆ ☆
「頂きます」
それぞれの皿に盛りつけてもらったカレーを、エルフ特製の三角の形をしたパンに付けて食べる。
口に入れた瞬間に、味が口の中で広がっていくのがわかる。スパイシーな匂いとは裏腹に、そこまで辛くは感じない。
いつも食べている野菜が全くの別物に感じるし、お肉は臭みが一切なく、これなら普段ダンディさんが食べさせようとしてくる量の肉でも食べられるんじゃないだろうかと思えるレベルだ。
気づけば僕は夢中で食べていた。パンを食べ終わった後も、カレーだけの皿をスプーンですくい必死に食べた。
「おかわりもありますわ」
「おかわり!」
僕がフレイヤさんにおかわりを要求するのと、アリア、サラ、リンがおかわりを要求するのはほぼ同時タイミングだった。
辛いのが苦手といったリンですら、おかわりする。それほどにこの料理はおいしかった。正直僕が食べた料理の中で、一番おいしいといっても過言ではない程に。
「辛さの調整はどうしますか?」
「じゃあ、ちょっとだけ辛くお願いします」
追加で調味料を入れてもらうと、辛さが一気に変わった。
先ほどは甘いとさえ感じさせるような味だったが、今度はちゃんとした辛い味だった。だけど辛いだけではなく美味しい。
でも流石に水が欲しくなる辛さだ。水は貴重だけど、魔術師にエルフが居るんだからいくらでもお願い出来る。
ガブガブ水を飲み、そして勢いよく食べた。
「アンタ、ちょっとは遠慮ってものを……まぁ、いいわ」
それはおかわりを何度もする僕とアリアに対してなのか、それとも水を何度も要求する僕とアリアに対してなのか。
どっちにしろ、僕とアリアが言われている事には変わりがないか。だって美味しいんだもん、仕方ないじゃないか。
「エルク。私のも一口食べてみるか? 凄く辛いぞ」
ダンディさんが僕に皿を向けてくるが、その皿から漂う匂いは、一言で言うならヤバイ。
何がやばいって、匂いを嗅ぐだけでもシビれるような軽い痛みを感じるのだ。
あのアリアですら、僕に首を振って「それはいけない」と警告している。それくらいヤバイ代物だ。
でもそれだけヤバイと思うと、逆に食べてみたくなるのが人の
僕はそれをスプーンですくい、食べた。
「ッッッッ!!!!」
その瞬間、僕の目の前に沢山の星が見えたような気がした。
体中から汗がダラダラと噴き出し、口の中は痺れるようにイタイ。
「イタイイタイイタイイタイ!」
思わず叫んでしまう。ダンディさんは平気な顔をしてこんなものを食べているのか!?
「言わんこっちゃない。ほら、お水よ」
「あっ! 水はダメですわ!」
フレイヤさんの忠告を聞かずに、僕はサラに渡されたコップの中身を一気に飲み干す。
「ぬおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
飲み干した瞬間に、痛みは僕の口の中全体に広がった!
悪化する痛みに、汗と涙がとめどめ無く溢れてくる。
「はっはっは。ひょろがりと同じ反応だな」
ダンディさんはそんな僕を見て笑いながらも、そのヤバイカレーをパクパクと食べている。
そんなダンディさんを咎めるフレイヤさん。尚ものたうち回る僕を、心配しつつも笑って見ているサラとリン。我関せずと言わんばかりにおかわりを食べるアリア。
色々あったけど、楽しい夕食だった。
もし問題が無ければフレイヤさんにカレーの作り方を教えてもらおう。カレーは僕の中で皆にふるまって食べてみたい料理の一つになった。それとダンディさんのカレーは、2度と食べたくない料理の一つになった。
☆ ☆ ☆
夕食を終え、就寝。
僕らとダンディさんは焚火の近くでシーツを被って雑魚寝だけど、フレイヤさんは一人別の場所で寝ると言って、離れて行ってしまった。
もしかしたら、僕らはまだフレイヤさんに信頼はされていないのかもしれない。
話す時も、ダンディさんと違って他人行儀でどこか壁を感じる。
実はエルフの里に近づけない為に、寝ている隙に……は流石に無いか。ダンディさんもいるわけだし。
「ん? エルクどこいくです?」
こっそりと起きだした僕に、少し眠そうな声でリンが問いかける。
「ははっ、ちょっとトイレに」
さぁ寝るぞ、って時に限って尿意が襲い掛かってくる事って多いよね!
半分夢の中に居るせいで、ちょっと何を言っているかわからないリンの返事に、とりあえず「うん」と答えて、僕は草むらへ向かった。
流石にあまり近い所で用を足すのは良くないよな。もう少し離れたところでするか。
☆ ☆ ☆
少し離れた所まで歩いていくと、何やらボソボソと話声が聞こえてくる。
こんな所に誰かいるのだろうか?
声のする方向に歩いていくと、どうやら誰かが会話しているようだ。近づくにつれ、段々と声が聞こえるようになってきた。
その声は聞き覚えがある声だった。何故なら、先ほどまで一緒に居たフレイヤさんの声だからだ。
一体誰と話しているのだろうか?
もしかして、本当に他のエルフを呼んで僕らを襲撃するつもりなのか?
そっと、足音を立てないように細心の注意を払い、声のする方へと更に近づいていく。
「リンちゃんって、ちっちゃくて可愛いね。ぴょこぴょこさせてるお耳を触っちゃおうかな~、ちょんちょん。ふふふ」
まさか、既にリンが捕まっているのか!?
フレイヤさんの声は、先ほどのような優雅な感じではなく、まるで仲の良い友達と話す女性のような感じだ。だからこそ余計に不安に感じる。
だって優雅に話していた相手が、いきなりフレンドリーな砕けた話し方をしてくる場合といえば、仲が良くなった時か、優位な立場に立った時だ。
そして先ほどまで眠そうにしていたリンと急に仲良くなり、こんな場所で話をしているわけがない。
本当なら今すぐにでも飛び出してリンを助け出したいけど、相手が今、一人なのか複数なのか、どういった状況なのかも分からず飛び出すのは危険だ。まずは確認してからでないと。
そっと草陰からのぞき込むと、そこには……フレイヤさんが”一人ぼっちで”木に向かっておしゃべりをしていた。
「サラちゃんの魔法すっご~い。ねぇねぇさっき同時に魔法出してたけど、どうやってやるの教えて教えて~」
フレイヤさんの周りには3本の木と、腰辺りまである茂みが。
そして3本の木にはそれぞれ紙が貼られている。紙には顔が描かれているけど、目を吊り上げて牙を生やしてる女の子はサラだろうか?
実際にその紙に向かってフレイヤさんは「サラちゃん」と言って話しかけているし。
その隣の木のやや高い位置には、目と口が横線で描かれている顔が。多分、というか確実にアリアだろうな。
そして茂みに張り付けられている、大きく口を開けてニコニコしている女の子の絵がリンだろう。
「あぁん、エルク君って女の子に優しくてステキ。
そう言いながら頭をぐりぐりと木にこすりつけている。
フレイヤさんが頭をこすりつけている木には、物凄いドヤ顔でアゴを尖らせた人が、顔の周りに星を出していた。もしかして、あれが僕?
アゴが武器なんじゃないかってくらい、長くて尖ってるんですけど……。
「はぁ、皆の前でこうやって素直に言えれば良いんだけどなぁ」
物凄くハイテンションで木に話しかけていたと思ったら、冷静になったのか木の前でため息をついている。
フレイヤさんは僕達と友達になりたかったのか、なんというか悪い所を見てしまったな。仕方ない、明日フレイヤさんがアリア達と仲良くなれるように僕が橋渡しをしてみよう。
さっきみたいに素直なフレイヤさんなら、アリア達もきっと歓迎してくれるはずだ。
そう思ってそっと踵を返そうとして、僕は足元にあった枝を踏みつけてしまった。
「パキッ」
しまったと思い、一瞬足元の踏みつけた枝を見てから視線を戻すと、そこにフレイヤさんの姿はもう無かった。
そう、先ほどまでいた場所に、フレイヤさんの姿がない。そして僕の背中に、気配を感じる。
振り向けば、奴が居る!
振り返ってはいけない。でも、もしかしたらそれは僕の勘違いで、振り向いても誰も居ない可能性だってある。
ゆっくりと、僕は首を回し後ろを見てみると、そこには……誰も居なかった。
「ふぅ」
安堵の息をついて、僕はそのまま正面を向き直した時、目の前に奴が居た! フレイヤさんだ。
顔中真っ赤にして、細長い目をこれでもかと言わんばかりに開け広げられている。
「あら、エルクさん。こんな時間にごきげんよう」
優雅な言葉と笑顔とは裏腹に、目は殺意にまみれている。
「えっと、こんばんわ」
愛想笑いで返す。
「それでは、おやすみなさい」
そのまま回れ右をして逃げ出した。
「ちょっと待て」
言葉と共に、僕の肩が掴まれた。
振りほどき逃げ出そうとしたところで、彼女に足払いをされ、掴まれた肩を軸に、ぐるんと半回転して、僕は背中から地面に落ちた。
倒れた僕にすかさず馬乗りをして、マウントポジションを取るフレイヤさん。両腕は彼女の足で既に抑え込まれて、完全に抵抗できない。
「見ましたわね?」
目を血走らせて、僕を見てくるフレイヤさんから必死に目をそらすため、ブンブンと顔を横に振る。
「見ましたわね?」
そんな抵抗は無駄だと言わんばかりに、両手で僕の顔を押え、そのまま鼻同士がくっつきそうな位置まで顔を近づけてくる。
大きく開かれた目は、血管が赤く浮き上がっており。目の端に涙をいっぱい溜め、悪魔のような笑顔で顔を近づけて「見ましたわね?」と繰り返し聞いてくる。羞恥心からか、フレイヤさんは若干震えていた。
「見てません、聞いてません。僕は何も知りません!」
必死に叫ぶが、全然聞き入れてくれない。
文字通り、目と鼻の先にある彼女の顔を見るたびに、胸の動悸が激しくなっていく。もちろん恐怖でだ。
どうしよう。何とかごまかさないと。
「アンタ達。何やってんの?」
その時、救いの神の声が聞こえた。
そこにはカンテラを片手に、サラが立って居た。僕には今の彼女が、天使のように見える。
「もう一度聞くわ。アンタら、何やってんの?」
いや、救いなんて無かった。
明らかに見下したような目で、サラは僕らを見ている。
そりゃそうか。フレイヤさんが僕に馬乗りをしているんだ。変な誤解されてもおかしくない。
「サラ、誤解なんだ、実は」
「オホホホ、宜しければサラさんもご一緒いかがです?」
僕が言い分けをする前に、ひくついた笑顔でフレイヤさんがサラを挑発していた。
「……最低ッ!」
それだけ言うと、サラは元来た道を戻っていった。
これは完全に誤解されたな。
「はぁ」
ため息をつく。どうやって誤解を解こうか。
そもそも、サラが僕と口をきいてくれるかも怪しい。
「エルク君。その、ごめんなさい」
今更冷静になったのだろう。
フレイヤさんが、震えながら、泣き出しそうな目で僕を見ていた。
「なんだかんだでサラは物分かり良いので、機嫌が良い時に誤解を解くから、気にしなくても良いですよ」
「いえ、そうじゃなくて。
少し嗚咽が入った声なのでちょっと聞き取れない。
何て言ったんだろ?
「えっ、何」
聞き返そうとして、僕のお腹辺りで生暖かい物を感じた。
それは段々と広がって行き。背中まで伝わり、そこから更に地面へ広がっていく。
生暖かい『ソレ』は、彼女のスカートの中から出ていた。
「
彼女は僕に馬乗りしがら、盛大にお漏らしをしていた。
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