第17話「ヴェル魔法大会 FINAL」

 試合が再開され、徐々に会場に熱気が戻って来る。

 シオンさんも順調に勝って2回戦が始まる。

 2回戦の最初がマーキンさん対ゴチンコさん。ランベルトさんのメモにあった「???」の正体がこれでわかるのかと期待していたけど、期待した僕がバカだったようだ。 

 二人が入場する時点で「キー●タマ!」「チー●ーコ!」コールが流れてる時点で嫌な予感が僕の頭をよぎった。予感で済めば良いけど、勿論済むはずがない。


 試合開始とともに数合の打ち合いが始まった。そしてゴチンコさんが「我が流派では、本気で倒すと決めた相手には、全てを曝け出し戦う決まりがある」と言い出し、服を脱ぎだした。

 それに合わせて歓声が沸いた。「キャー」と言う悲鳴のような女性の声が会場の所々から聞こえてくる。

 対してマーキンさんも「ならば私も、それに答えよう。キース道場の名にかけて」と言って同じく全裸になっていた。勝手に名前をかけられたキースさんは爆笑しているけど、それで良いのか?

 それに合わせて歓声が沸く、「キャー」と言う歓喜のような女性の声が会場の所々から聞こえてくる。


「私、こんな奴に負けたんだ……」


 サラががっくりと項垂れている。気持ちは分からなくもないけどさ。 


「こ、これが戦士の矜持きょうじと言う物なら仕方がない」


 腕を組んで、堂々とした姿勢だが、イルナちゃんの顔は既に真っ赤っかだ。

 隣では同じように顔を真っ赤にしたフルフルさんが、自分の手で両目を覆いながらも、指の隙間からこっそり覗いてはビクッとしている。もしかして:初心うぶ


「フルフル、お前が裸や下の話が苦手なのは知っている。だがこれは戦士の矜持きょうじだ。そういう態度は彼らの誇りを冒涜する行為に他ならない」


 いや、彼らの行為の方が戦士の誇りを冒涜しまくってるから! 

 シオンさんの言葉に素直に従いながらも、上目遣いでリングをチラっと見ては視線を落としてを繰り返すフルフルさん。

 両手はスリットの入ったスカート部分をぎゅっと握って、恥ずかしさに耐えている様子だ。しかし、その姿勢のおかげで、彼女の両腕に挟まれたアレが更に押し出されて凄い事になっている。

 一瞬リングを見てビクっと体が強張る、それに合わせてアレが正拳突きのように一瞬突き出されては、タメの姿勢に戻る。

 もはや「ぽよん」なんて可愛いものじゃない、「パンッ!」と言った感じだ。


「エルク」


 リンの言葉でハッと我に返る。そして条件反射の如くビクっとリンの方を振り返った。もしかして凝視してた所を彼女に見られたか!?

 しかしリンは真っ直ぐを前を見ている。良かった、どうやらリンは試合に夢中でリングを見ていたようだ。


「アレ、エルクのより大きいです」

「うん」


 全然良くなかった。

 アリアもリンもナニの話かな!?

 その後、試合の最中に係員達に取り押さえられて、マーキンさんとゴチンコさんは強制退場させられていった。

 近くに居たスクール君に話を聞いたところ、二人が大会で当たるといつもこうなるらしい。だったら出場禁止にしようよ。


 続く試合はキースさん対バンさん。

 お互いが空剣術の使い手で、2人共試合開始と共に空中をピョンピョンしていて、上を取ったほうが勝ちと言わんばかりに高く上昇していった。

 どんな流派も基本は相手が目の前に居る事を前提に作られているから、上から飛んでくる相手には対応していない。故に上を取ったほうが有利ではあるのか。


 しばらく空中で戦っていたが、そのままお互いリングの上に着地しバンさんが「やっぱり兄さんはすごいや」と言ってリングを降りた。

 何を納得したのかわからなかったけど、周りもわからないのか皆首を捻っていた。

 準決勝はマーキンさんとゴチンコさんは両者失格なので、ここでキースさんの決勝進出が決定した。


 

 ☆ ☆ ☆



 シオンさんも2回戦を順調に勝ち進め、準決勝。

 対戦相手のヴァレミー園長は「なんで魔法が効かないような奴ばかり当たるかな」と愚痴っていた。

 試合開始とともに園長は杖で地面をトントンと突いて魔法を発動させるが、当然のようにシオンさんにはかすりもしない。

 溜息をつき諦めて杖を手放し、そのまま接近戦で戦いながらも、サラがやったように死角からコールドボルトを飛ばしてみるがこれもシオンさんには効果が無かった。


「魔眼と言うのは、死角から出しても魔力の流れが見えるのか?」


「あぁ、園長の体から不自然な魔力の流れが、俺の後ろに流れているのが見えた」


「むぅ……」


 距離を取ってみたり、逆に近くで戦ってみたり、上から魔法を降らしてみたりと色々と試しながら戦うヴァレミー園長。

 結局シオンさんの剣術を捌ききれず剣を落とし、降参していた。

 これで決勝はキースさん対シオンさん、3位決定戦は対戦相手不在によりヴァレミー園長で決まった



 ☆ ☆ ☆



 四角いリングの上に、一人の男がゆっくり歩いて行く。

 坊主頭に赤いスーツ、手にはマイクを持っている。彼の登場で歓声が沸いているが、まるで聞こえていないかのようにわき目もふらず、中央に向かって歩いている。

 中央に立ち、一礼。頭を上げて90度回りまた一礼。四方全てに一礼をしてゆく。

 大きくなっていく歓声。このままいけば、興奮と言う名の爆弾が爆発し、会場どころか、街全体を震わせかねない大声援になるだろう。

 だが、司会者の彼が手の平を垂直にして、そっと前に出すとピタリと声が止む。聞こえるのは今か今かと待ちわびて興奮気味の周りの息遣いと風の音だけだ。


「皆さま。長らく続いたヴェル魔法大会とも、お別れの時間が迫ってまいりました」


 優しく語りかけるような口調でゆっくりと喋り出す司会者。

 遠くからでも、終わりを悲しむような寂しい目をしているのが伝わる。プロの司会者だから出来る表現なのだろう。もしこれを普通の人がやってたとしたら、それはただ台本を読んでいるようにしか思えないと思う。


「今年のヴェル魔法大会は色々な事がありました。初参加で本戦に出場した選手たち、新たな魔法の可能性を見せてくれた者、決勝まで勝ち残った新人。とてもこの場では語りつくせない多くの物語がありました」


 僕は彼の言葉に無言で頷いていた。

 周りを見ると、他の人も同じように感じたのだろう。皆無言で頷いている。


「このヴェル魔法大会も毎年試合のレベルが上がっていると思います。ですが私はそれを手放しに良い事だとは思いません」


 えっ?

 会場からどよめく声が聞こえてくる。僕だって参加者のレベルが上がる事は良い事だと思うけど。


「グレン選手やタッパ選手のような、参加する事に意義を感じてもらいたいのです。そして次の大会で成長した姿を披露する喜びを、見る感動を味わってほしいのです」

 

 あー、確かに。

 どの選手も予選から凄い人ばかりだった。それを見て尻込み、参加者が減ると強い人だけの大会になってしまう。

 別に強い選手だけでも良いじゃん? と思われそうだけど、そうはいかないんだろうな。

 弱い選手が排他される状況が作られると、ドベから順に居なくなる。実際僕が勇者マスクマンで参加した時の批判は酷かったし。

 それで実力が低い層の選手が減っていけば、大会の規模を小さくせざる得なくなる。規模が小さくなれば街の集客効果が弱くなる。

 1ヶ月以上も街全体がお祭り状態になる規模の大会だ。規模を縮小していけば経済的なダメージは相当の物になるだろう。


「規模は大きいですが、固い大会ではございません。ですので次回は是非お気軽に皆様のご参加をお待ちしております」


 そう言って、右手を胸に当てて礼をする彼に拍手が巻き起こる。


「俺も次回は参加するぞ」と言った声が、所々から聞こえてくる。次回のヴェル魔法大会は、きっと参加者が増えるだろう。

 次回か……次回の大会の時にこの街に居たら僕もまた参加してみたいな。隣に居るリンやアリアも頷いて「来年も参加しよ(するです)」と言っている。

 サラは苦い顔で「まぁ、来年ここに居たら私も参加してあげても良いけど」と言っている。素直じゃないな。


「さて、ここまで勝ち進んできた両選手について、私が語る事はもうありません。今までの戦いを見て来た皆様としても、そんなものは不要だと断じます」


 そしてシンプルに、名前だけを呼ぶ。それに合わせてキースさんとシオンさんが入場する。

 会場は既に最高潮まで張り詰めた空気になっている。


「最後の試合、私が合図をするのはやぶさかではございませんが、ここは会場にお越しの皆様にしていただこうと思います。それでは私が右手を上げましたら開始の合図をよろしくお願いいたします」


 司会者さんが左手のマイクを会場に向け、右手を大きく振りかぶる。


「「「「「「レディイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」」」」」」


 響き渡る会場の声に合わせ、司会者さんは右手を大きく振り下ろした。


「「「「「「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」」


 会場に居る全ての人が、一丸となりこぶしを握り、お腹の底から開始の合図を叫んだ。

 僕も、彼女達も、周りの皆も。もしかしたら試合を見れず会場の外でうろうろしている人たちも。



 ☆ ☆ ☆



 開始の合図とともに、先に動いたのはキースさんだ。


「マジ最強なんでよろしく!」


 そう叫びながらピョンピョンと空中に飛んでいくが、途中で姿が消えた。

 気づいたときには”地上に居る”シオンさんと打ち合っていた。


「おっと、これは『浮遊』と『瞬歩』の合わせ技ですね」


 実況席から、冷静な声で試合を解説するジャイルズ先生の声が聞こえた。

 『浮遊』の足場を使い『瞬歩』を行っているのか。リング上でやるには距離が微妙で一つ間違えればリングアウトになるから、『浮遊』で距離を調整しているにだろう。


 それに『浮遊』で太陽を背にすれば、相手の視界を制限できる。実際にキースさんが『浮遊』で飛ぶたびに、シオンさんは目を細め眩しそうにしているし。

 一瞬で移動してくる技だからこそ、太陽で一瞬でも目がくらめば、それが命取りになる。


「なるほど。それがお前の全力か?」


「いいや。この状況をどうにか出来たら本気を出してやっても良いぜ」


「良いだろう」


 キースさんの挑発に対し、目を瞑り剣を構える。

 聞いたことがある。一流の戦士は目で見なくても、気配や空気の流れで動きを察知できる『心眼』と言う技術を持っていると。

 つまりシオンさんはこの『心眼』が扱えると言う事か!


「ホッ! ハッ!」


 そしてキースさんはゆっくりと”目を開き”その場でジャンプをし始めた。

 ゆっくりとだけど、高度が少しづつ上がっていく。シオンさんも『浮遊』を使い始めた。

 まだ慣れないのか、少しバランスを崩しながらも、一歩一歩確実に上へ上へと昇っていく。ところでさっき目を瞑った意味無くない?


「なるほど。シオン選手は一瞬の間でイメージを固め、『浮遊』をモノにしたようですね」


 イメージトレーニングのようなものか、だから目を閉じたわけだ。

 そのまま空中で打ちあう二人。踏ん張りがきかないのか、一合打ち合うたびにお互いバランスを崩しながら離れては『浮遊』で必死に体制を整えている。

 空中で何合か打ち合い、不意にキースさんがその場から降りてリングに着地する。それに合わせてシオンさんもリングに降りて行った。


「そろそろ『浮遊』には慣れた?」


「わざわざ俺が慣れるのを待っていたのか?」


「だって本気出しても、お前が不利な条件だとつまらないだろ?」


 余裕の笑みを見せるキースさん。

 お互いが万全な状態で勝つ、それが彼の最強としてのプライドなのかもしれない。

 それに対し、シオンさんも目を細めてフッと笑っている。


「良いだろう。お前の全力でかかって来い、俺が受け止めてやる」


 その言葉が合図のように、お互い空へと昇っていく。

 お互い『浮遊』からの『瞬歩』、先ほどと違い打ち合ってもバランスを崩すことなく次の手に移っている。あまりに速すぎて目で追いきれない。

 前後左右だけでなく、上下まで使った360度の戦いになっている。こんなハイレベルな戦い早々みられるものじゃない、会場は最高に盛り上がっている。


 キースさんが『瞬歩』でシオンさんの真後ろに現れるが、それを予測していたかのようにその場で体をひねりながら前方半回転ジャンプ。キースさんの剣をかわし、逆さまになりながら『瞬戟』による反撃を試みるが、キースさんはこれを剣で受け止める。

 そのままお互い落ちていき、会場には剣戟の音が大量に響く。


 地上に激突する寸前で飛びのくキースさん。逆に無理な体制だったシオンさんは着地しきれずに背中から落ち、その衝撃で「カハッ」と肺の空気を思い切り吐き出していた。

 シオンさんは立ち上がれずにその場でもがくようにしている。これは、キースさんがシオンさんに近づいてトドメを刺したら終わりだ。シオンさんには対抗するだけの力がもう残っていないはず。

 しかし、キースさんはトドメを差しに行こうともせず、手に持っていた剣をポイっと投げ捨てた。


「まぁまぁ最強なんでよろしく」


 刃がボロボロになっている、あれじゃもう使い物にはならなさそうだ。

 そしてキースさんは親指を立てたまま笑顔で血を吐きその場で崩れ落ちた。倒れたキースさんの背中には突き刺されて貫通したような跡があり、そこから血が噴き出し地面には血だまりが広がっていく。

 よろよろと立ち上がったシオンさんだが、まだダメージが残っているのか足をガクガクさせながらも、俺の勝ちだと言わんばかりに右手を高く掲げている。


「これは、まさかの最強が破れる事態に! 優勝は、シオン選手!!!!!!!!!」


 会場からは困惑、驚き、歓喜、良く分からない絶叫。沢山の声が混じって聞こえる。

 そしてシオンさんの優勝を祝福するように拍手が鳴り響き。彼は満足そうに笑い、その場で倒れた。

 どよめく会場、慌ててリングの脇に待ち構えていた治療魔術師達が彼らの元へ走り治療を始めた。

 静まり返った会場で、治療魔術師の人が司会者さんに何かを伝えている。


「えー、二人とも大けがを負っているようですが、命には別条ないとのことです。皆さまもう一度彼らに大きな拍手をお願いします」


 その言葉に皆安堵の息を吐き。晴れやかな表情で拍手を続けていた。

 彼らがタンカで運ばれ、その姿が消えるまで手が痛くなるのも気にせず拍手を続けていた。


「シオンめ、よくやりおったわ。帰ったら存分に褒めてやるぞ」


 目に涙をいっぱい貯めながら、イルナちゃんはシオンさんの優勝を祝福していた。隣にいるフルフルさんも同じように涙を堪えている。

 ハハッ、そういう僕も涙があふれそうだけどね。


 こうして魔法大会は、シオンさんの優勝で幕を閉じた。

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