第6話「ヴェル魔法大会予選開始」
第1回目の魔法大会の予選が始まった。
シオンさん達はあの日「俺達が予選参加中、イルナ様を見ていて欲しい」と頼むために来ていた。
勿論断る理由は無かったので、OKを出した。ちなみに彼らは1週目の予選から参加だ。
遠回しに他の予選にした方が良いんじゃないかと伝えたけど、「そのような小細工必要ないわ」とイルナさんの言葉で一蹴された。
「僕らは第1周目の予選は出ないので、問題ないですよ」
「そうか。助かる」
お礼を言うシオンさんを見て。サラが疑問を口にする。
「あれ? 私達は最初の予選は見送りだっけ?」
色々とぶっとんだせいで、記憶が曖昧になってるからか、彼女も強くは言ってこない。
「はい。それで決まりましたよ」
勿論嘘だ。
だが堂々と言い張る僕を見て「そっか」と言って流してくれた。
シオンさんとフルフルさんは同じ南会場で参加する。
中央会場を選ぼうとしていたので「学園長が初日の南会場で参加するそうなので、南会場にしてはどうでしょうか? 学生の応援する人も一カ所になって楽になりますし」と言って南会場に誘導した。
何故学園長の参加する予選場所を知ってるか問われたら情報源としてスクール君の名前を出そうとしたけど、学園長の出場する予選がどこか学生達の間では話題になっているらしく、特に疑問に思われずに済んだ。
☆ ☆ ☆
南会場予選で使われる円形のコロシアム会場は、中央のコロシアム会場と比べればやや小さいらしいが、それでも数千人は入れそうなスペースがある。
そしてまだ予選だというのに、会場はほぼ満席だ。
僕らの周りには同じように学園長、シオンさん、フルフルさんの応援に来た学生だらけだ。
僕の左隣にはイルナさんが、右隣にはアリア、リン、サラの順番で座っている。
試合が始まるまでまだ時間があるというのに、会場は既に盛り上がりを見せている。
誰が優勝するか? どんな選手が出場するか? そんな会話が意識しなくても耳に入る。
「そういえば、シオンさん達は大勢の前で戦うけど緊張したりとか大丈夫かな?」
隣のイルナさんに話しかける。
猫耳事件の後、アリア達とは少しギクシャクしていて、上手く話しかけれないからなぁ。
アリアとリンは2、3日したらわりとケロっとしていたが、サラは僕がリンと話している所を見るだけで睨んでくる。
「あやつらなら大丈夫じゃろ。慣れておるからな」
「へぇ、そうなんだ」
「なんせ妾の護衛に選ばれるくらいじゃぞ。当然じゃ。アーッハッハッハッハ」
自慢気に高笑いをするイルナさん。周りから注目されてるけど、本人はどこ吹く風といった感じだ。
確かにこれなら、大勢の人に注目されるのに慣れているかもね。
しばらくすると周りから歓声が沸き始めた、四角いリングの中央へ一人の男が歩いていく。
坊主頭に赤いスーツ、手には黒い棒状の何かを持っている。
中央まで歩いた男性が、手に持った黒い棒状の物を口に近づける。
「みなさまお待ちかね! 年に一度のヴェル魔法大会の予選が始まってまいりました!」
会場全体に声が響く。
彼が手に持ってる棒状の物が、声を大きくするための魔道具か何かなのだろう。
「この大会では、選手の放った攻撃が客席に飛んで行った場合でも、会場の4ヵ所に建てられたポールから客席を守るバリアが展開されており、安全に努めてまいります。ですが万が一バリアをすり抜けて当たってしまった場合においては、ケガや生死の保証は致しかねません事をご了承ください」
客席の最前列にそれぞれ四方を囲むようにポールが立てられている。あそこからバリアが出ているのか。
「それでは皆様、第一回戦を始めようと思います。初戦は皆様ご注目のこのカード! 元Sランク冒険者で、現在は魔法学園の学園長。その名もヴァレミーだああああああああああ!!!!!」
入場用の扉からゆっくりと歩いて出てくる学園長。
普段の学園で見かける姿とは空気が違う。右手に剣を持ち、左手には杖を持っている。
遠距離から魔法を打ち、近づかれたら補助魔法で剣を持って戦うオールレンジなタイプか。
対戦相手の名前はランドルと呼ばれていた。確かメモの評価はB+の生粋な戦士型。魔術師相手には特に勝率が良いと書かれている。
彼はレイピアのような細身の剣と盾を持って、ゆっくりとリングの上まで歩いていく。
やや離れた位置でお互いの足が止まったのを確認し、リングの中央で赤いスーツの男が右手を高く上げる。
「お互いがリングに上がりました。それでは準備は宜しいですね! 魔法大会、レディー」
「「「「「「ゴー!!!!!!!」」」」」」
観客も彼の「ゴー」の合図に合わせて叫ぶ。
開始の合図に合わせて「カーン」と高い鐘の音が響き渡る。
まず最初に動いたのは学園長だ。
左手に持った杖を少し持ち上げ、そのまま振り下ろしコンと地面をつく。
すると火柱が上がった。ファイヤウォールとは比べると範囲は狭いが、その分火柱の勢いが強い。火の上級魔法ファイヤピラーだ。
しかし今の魔法、詠唱どころか溜めのモーションすらなかった。
ランドルさんが間一髪所で避けると、会場から歓声が沸いた。
「ホッ! ハッ!」
学園長が杖で地面をコツンコツンと突くたびに、色んな魔法が出てくる。
右へ左へと避けているランドルさんだが、これは正直時間の問題だ。
どの魔法がどこから出てくるのか全く分からないのだから。
会場も最初の頃は彼が紙一重で避けているのを見て盛り上がっていたが、明らかな劣勢に段々と声が小さくなっていく。
誰もが彼の勝利を諦めている。だからこそと声援を送る者も中には居るみたいだけど。
「これは学園長の勝利ですね」
「何を言っておる。先ほどからランドルは一度も当たっておらぬのだぞ?」
「うん、でも……」
当たっていないけど、当ててもいない。
そもそも近づくことすら出来ていないんだ。これは無理としか思えない。
「見ておれ。あの男、諦めた目をしておらぬ」
そう言うイルナちゃんは、ランドルさんが何かやる事を確信めいた目で見ている。
そのランドルさんはというと肩で息をして、悲痛な表情をしながら汗を浮かべてはいるが、確かに口元は笑っている。
もしかして、何か秘策があるのだろうか?
学園長が杖を振り上げると同時に、彼は雄たけびを上げながら、まっすぐ学園長に向かって走り出す。
もしかしてこれが秘策か? もし『瞬歩』があの距離で使えるなら秘策になりえただろうけど、彼はただ走っていってるだけだ。
先ほどより足が速くはなっているから、多分シアルフィの補助魔法をかけたのだろう。だけど、それでも学園長が杖をつく前にたどり着けるほどの速度ではない。
「コツン」と杖をついた瞬間に、彼の足元からファイヤピラーが吹きあがった。
悲鳴が上がる。あんな至近距離で当たれば下手すれば即死だ。
しかし、予想に反し彼は無事だった。雄叫びを上げ所々焦げているがダメージを受けているようには見えない。
燃えて灰になった装備の一部がボロリと落ちた。装備の下には見覚えのあるドラゴンの皮が見えた。
あれは、そうか。僕らが売り払ったドラゴンの皮や鱗を、彼が店で買って装備にしたのか。
キラーヘッドを倒すときに、僕がやった作戦と似たようなものだ。流石にファイヤピラーじゃ魔法の規模が違う気がするけど。
ファイヤピラーから出てくるのは想定していなかったのだろう。
一瞬の虚を突かれ、振り下ろした彼の剣を学園長はなんとか剣と杖で受け止めるが、彼は走ってきた勢いのまま止まらずに突進。そして衝突。
ぶつかった際にランドルさんは自らの武器を手放し、学園長の杖を握りしめて見事にそれを奪う。奪った杖はすぐさまリングの外に投げ捨てた。
学園長は尻餅をつき、左手で腰を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「わざわざ杖なんぞ取らずに、倒れた老いぼれにトドメを刺したほうが早かったんじゃないのかな?」
「はぁはぁ……馬鹿言え。倒れたお前を追撃する前に魔法が飛んでくるくらい予想できる」
「なるほどのう、しかしどうやって魔法を予測した? 先ほどの魔法が、もしフロストダイバーだったらお主は終わっておったぞ?」
「杖の角度だ。最初は振り上げる高さを疑ったが、角度によって属性が変わっているのに気づいた。原理はわからねぇが属性さえ分かれば防ぐ方法はいくらでもあるからな。それだけだ」
「ほっほっほ、正解じゃ」
学園長が嬉しそうに頷く。
「ご褒美をやらねばな」
そう言って学園長が左手を指さすと、ランドルさんのヤケドがみるみる内に治っていく。
「何をした!?」
「何って、傷を治しただけよ。まだちょっと痛むがそれは辛抱してくれい」
怪我を治してもらったランドルさんだが、顔が真っ赤だ。
「バカにしてるのか!!!!」
「いやいや、せっかくこれだけ頑張ったんだから。ご褒美ご褒美」
ほっほっほと笑いながら白髭を触る学園長。余裕見せ過ぎじゃないのかな?
「あー、学園長の奴。多分キレておるのう」
「えっ? 凄く笑っているけど?」
「妾も聞いた話なんじゃが。学園長が本気で折檻する時は、先にケガを治したりしてから折檻するそうじゃ。本気で殴るために」
と言うと学園長は怒っているのか?
明らかに有利な試合だったと思ったのに、それとも杖が相当大事な物だったのかな?
傷を完全に癒され、額に青筋浮かべるランドルさん。こっちもこっちでキレてる気がする。
「ふざけやがって、ぶち殺す!!!!」
目を血走らせ、剣を振りあげ、突撃していく彼に学園長の顔が段々険しくなっていく。
「ふざけてなど、おらぬわああああああああああ」
剣戟のかん高い音が鳴り響く。
僕はその動きに驚かざるを得なかった。
ランドルさんが剣を構えたと思ったら、腕がブレて見える。ブレた時には剣は既に振り下ろされているのだ。
「あれも技か何かですか?」
誰に聞くでもなく、つい口に出た疑問をアリアが拾ってくれた。
「あれは
瞬歩の腕版か。
外してもちゃんと止めないと剣が地面に当たって壊れたり、地面に刺さったりしちゃうのが弱点なんだろうな。きっと。
しかし学園長は、それを確実にいなしている。
姿勢を整えた瞬間に『瞬戟』が飛んでくるから、攻めるタイミングを考えあぐねているようだ。
ランドルさんが攻めて学園長が防御に徹する、先ほどとは完全に攻守が逆転している。
再び湧き上がる観客に、興奮した様子の司会者が叫ぶ。
「まさかまさかの展開に! 優勝候補ヴァレミーがここで終わってしまうのか!?」
なおも攻め続けるランドルさん。
時折構えるだけで、瞬戟をしないフェイントを織り交ぜたりしながら、確実に学園長を追い込んでいく。
「はっ、余裕を見せて治療なんてさせるからこんなことになるんだぜ」
「余裕? そんなもんは近づかれた時点で無いわ!」
「じゃあなんで治療なんてしたんだ?」
「魔術師として負けたのが」
その瞬間、学園長の腕が一瞬ブレた。
剣を構えようとする彼よりも、一瞬早く『瞬撃』をしたのだ。
『瞬撃』は彼の剣を捕らえ、そのまま吹き飛ばした。
観客席まで飛んで行ったその剣は、観客席を覆うバリアに当たり、カランと音を立ててリングの外に落ちる。
「悔しいからに決まってるだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
自分の剣が飛んで行った事で「あっ」と言いながら一瞬注意がそれたランドルさんに、学園長は武器を捨て、右腕を軽く引くと、その瞬間に腕がブレ、彼の右頬を捕らえていた。瞬撃パンチだ。
殴っられた勢いでそのまま壁まで吹き飛ばされて、ドサリと倒れ動かない。今ので気絶したのだろう。
観客席から声援が沸いた。
「最後に貫録を見せたヴァレミー! 見事一回戦勝利!」
一試合目からなんて戦いだ。
学園長も凄いけど、ここまで追い詰めたランドルさんも十分凄かったはず。
「アリアだったら、この場合学園長とどうやって戦います?」
彼女も一応予選突破は出来る実力はあると思われているんだ。
もしかしたら今の戦いを見て、何か攻略方法が思いついているかも。
「無理」
即答だった。
彼女でも流石にあの強さは相手するの不可能なのか。
サラとリンの表情を見てみるが、顔が引きつっている。
「私、あんなバケモノが出る大会に出場しないといけないの?」
サラはちょっと弱気になっていた。
☆ ☆ ☆
「魔術師としては負けたけど、戦士としてはワシのが強かったから良いもん」
学園長は今回の試合が不満で、勝ったのに控室で壁に向かって言い訳してた。というのを後日シオンさんから教えてもらった。
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