第15話「真実」

 教室のドアを静かに開ける。静かに開けたつもりだが、それでも注目の的になってしまった。

 僕らを見る目は、興味、嫉妬、切望、侮蔑、様々だ。

 一部の生徒はリンに対して嫌悪の眼差しで見ている。スクール君達とは別の護衛依頼の時に居た生徒達か。

 それとは別に、一部の男子生徒もリンを変な目で見ている気がするが気にしないでおこう。年齢的には問題ないわけですし。



 ☆ ☆ ☆ 



 僕らはヴェル魔法学園に入学することになった。と言っても卒業までの一ヵ月位までの間だけど。

 なぜそうなったのか冒険者ギルドで詳しい説明を受けた。内容としては。


 今まで卒業試験の依頼で、冒険者と生徒の間で問題が起きていたのは、冒険者ギルドも学園側も認知していた。

 しかし、冒険者ギルドとしては定期的に仕事を貰える学園に対してあまり強く言えず、学園側も問題の原因は生徒にあるのがわかっていて何も言わなかった。

 今まではお互い目を瞑っていたのだが、流石に今回は違った。

 キラーベアとキラーヘッドが確認されたからだ。本来は森の相当奥深くか、山まで行かないと出てこないモンスターだ。

 しかも1匹ではなく、複数の目撃がある。どちらも危険度がキラーファングなんかと比べ物にならない。

 それに、キラーファングといった魔物との遭遇率も年々上がってきている。

 

 理由はわからないが、今後もキラーベアやキラーヘッドが出る場合、今の状態ではいずれ死人が出るのは明らかだろう。

 そこでギルドと学園で話し合った結果、冒険者の何人かを特別生として学園に迎え入れ、学生と冒険者の間の軋轢をなんとかしてみようと試みることにしたそうだ。


 冒険者が学園に通うメリットは、魔術だけでなく読み書き計算の習得が出来る。成績次第では卒業の資格も与えられるそうだ。

 更に学費免除と宿代等は学園側が出してくれるため、生活費に関してはそこまで苦労する事は無い。

 卒業の資格が手に入れば安定した職に就くこともできる。安定した職、それは冒険者が喉から手が出るほどに欲しいものだ。

 なぜなら冒険者をやってる人間のほとんどが、安定した職がないから冒険者をやっているのだから。


 そして学園側のメリットとしては、冒険者を迎え入れる事により、模擬戦で前衛と連携の訓練が出来る。

 近年では卒業生が軍や私兵団に入るも、戦い方があまりに自分勝手で困ると言う苦情に学園も頭を抱えていたそうだ。

 そのための卒業試験なのだが、冒険者の腕だけで卒業してしまう生徒もいるのだ。


 その卒業試験も今回の件でどうするか、学園内で意見が分かれているのだとか。

 試験の時に引率の教員が居ると言っても、今回のような事になれば対応しきれない。

 かと言って危険だから辞めれば、モンスターと対峙した事すらない質の低い生徒を育てる学園というレッテルが貼られてしまう可能性も有る。

 しかしこれ以上無理に続けるにはリスクが生じる。生徒の中には貴族の子供もいるのだ。もし死なせでもしたら責任問題に発展する。

 責任者のクビが飛ぶ事になる。物理的な意味で。

 

 

 ギルド側としては、問題が起こり続けて学園の依頼を受ける冒険者が居なくなれば、学園からの依頼も来なくなり仕事が減る。

 仕事が減ってしまえば冒険者は他の土地に流れてしまう。金の切れ目が縁の切れ目だ。

 逆に仕事だけじゃなく、学園への特別入学があると知れば、冒険者が流れ込んでくる。

 抱える冒険者の数がギルドの信頼度とも言われているのだから、増えて困る事は無い。


 学園側としても、ギルドが依頼を受けてくれなくなれば他に頼れるところが無い。

 護衛依頼で問題事が多いから、あえてギルドに他の依頼をいくつか投げて、お互い持ちつ持たれつの関係にしていたそうだし。


 お互い落としどころが必要だったわけだ。関係がこれ以上悪くならない為にも。

 その試験的な第一歩として、卒業までの一カ月間だけ、まずは僕らが選ばれた。


 生徒を守るために大ケガを負った冒険者パーティを、ケガが治るまで学園が宿代と学費免除で学園に受け入れる。

 ギルドも学園も体裁を保つにはうってつけの内容だな。

 獣人族のリンや魔族のシオンさん達も受け入れる事で、種族による差別の無いアピールにもなる。

 しばらくは仕事が出来ない僕らとしては、願ってもない事なのだが、不安でもある。



 ☆ ☆ ☆



「やぁ、おはよう」


 僕に気付いたスクール君が、手を挙げながら挨拶をしてきてくれた。

 知り合いがいるというだけで、幾分気持ちは楽になる。


「おはようございます」


「友達なんだから、ございますはいらないよ」


 彼は笑いながら僕の肩に腕を絡ませてくる。

 僕はというと、まだちょっと硬い。緊張しているのが自分でもわかる。

 やっぱり周りの目線が少し怖い。かつてのイジメを思い出すからだ。

 扉を開ける前はガヤガヤと騒がしかった教室も、今はシーンと静まり返っている。

 他のクラスからも、遠巻きにチラチラと見に来る生徒もいる。


 そこへ「ガタン」と音を立てて立ち上がる生徒が。

 皆の注目が僕らから今度は音を立てた生徒へ向く。その生徒は見知った顔だ。

 かつて僕の事をイジメていて、先日リンに対して酷い言葉を投げかけた生徒達だ、同じクラスだったのか。

 立ち上がり、ニヤニヤ僕らを見ている。


「あー、くせぇくせぇ、何か臭うと思ったらくっせぇ獣人がいるじゃねぇか」


「やだ、なんで汚い獣人が居るの? 気持ち悪い」


 なっ!? こいつら。

 2度も命を助けてもらっても、なおその態度なのか。

 鼻を抑え、わざとらしい声色でリンを指さしながら笑っている。


 問題を起こしたらギルドに迷惑がかかるとか、そんなのはもうどうでも良い。

 よし、こいつらを殴ろう。僕としては、もう我慢する気なんて一切無い。

 一歩前に出ようとする僕らの前に、スクール君があいつらと対峙するように立ちはだかった。


「あー、くせぇな。確かにくせぇわ」


 スクール君、キミまで何を言っているんだ?

 もしかして君も……


「おい、エルヴァン、リリア。お前らションベン臭いけど、またお漏らししたのか?」


 教室が静まり返る。


「えっ? お漏らし?」


 思わず聞き返してしまった。何の話だ?


「そうか、あの時エルク君は果敢にも1人でキラーヘッドを倒してたから知らなかったのか。その時こいつらはお漏らししてたんだぜ」


 「へ、へぇ」としか言えない、この年でお漏らしは確かに恥ずかしいよね。

 何か僕の事を脚色して強調しているのは、この際置いておこう。

 スクール君の言葉に、エルヴァンと呼ばれた男子生徒と、リリアと呼ばれた女生徒の表情が固まる。


「うっわぁ。お漏らしかよ」


 誰かが言ったその一言で、教室中に大爆笑が起こった。

 「ちょっとやだー」「お漏らしとか恥ずかしい」等と口々に言っているのが聞こえる。

 リンが獣人という話題は、もう完全に流れていた。


「おいおい、教室でもお漏らしは勘弁してくれよ」


 スクール君は芝居がかった口調で挑発すると、周りはさらに爆笑を続ける。

 ゲラゲラ笑う生徒達にエルヴァン達が顔を真っ赤にしながら言い返しているが、焼け石に水だ。

 いや、余計に周りの笑いを買っているのだから火に油か。


「聞いたか! エルヴァン達お漏らししたんだってよ」


「そ、卒業試験でモンスターにビビってお漏らしかよ」


「お漏らしとかマジかよ!」 

 

 教室の外に居た生徒がそう叫ぶと、隣のクラスに走って行った。

 その数秒後に隣のクラスからも爆笑する声が聞こえる。


 僕らはポカーンと口を開けてその状況を見ているだけだった。

 とりあえず、僕らに害意が来ることは無いみたいだし、いいのかな?


 サラが僕に何か言いたげな目で見ている。

 「助けるつもりなの?」って言いたいんだろうけど、流石にね。

 だけど、加勢する気もない。マウントを取ったつもりで上から言っていれば、それはいつか自分に返ってくる。 

 エルヴァンに注目が行ってる間に、僕らは教室の隅に移動していた。

 目立って次の標的にされても困るしね。


「あ、あの」


 おどおどしながら僕に話しかけてくる一人の女生徒。あぁあの時シアルフィの補助魔法をかけてくれた子か。

 綺麗な茶髪にボーイッシュな感じのショートヘア。への字眉毛で困ったような顔になってるのが特徴的だ。


「あの、私ローズと言います。この前は助けてくれて、ありがとうございました」


 俯きもじもじして、僕をチラチラ見ながらお礼を言ってくる。新鮮だ!

 僕の周りの女性は、今まで強気な人ばかりだったからな……。


「いえいえ、助けてもらったのは僕の方です。あの時はシアルフィの魔法ありがとうございました。ローズさんのおかげでキラーヘッドを倒すことが出来ました」


 奢らず謙虚に、実際僕がやった事はキラーヘッドを押さえつけてただけだし。 

 僕もお礼を言いながら、ローズさんの頭をポンポンと撫でる。いや、撫でちゃだめだ。

 さらに俯き、赤面されてしまった。流石に馴れ馴れしすぎるぞ僕。

 サラがため息をつき、アリアはしゃがみ込みながら「私は?」なんて言いたそうに無表情で見てくる。

 いつもリンの頭撫でてるせいで、丁度良い位置に頭があるのを見ると、撫でてしまう癖でも付いちゃったのかもしれない。


「エルク君は本当に女の子の扱いが上手いな」


 気づけば前に見た女の子とは、違う女の子の腰に手を回しているスクール君に言われた。だからキミには言われたくないよ。

 教員が来てホームルームが始まる頃には、エルヴァンとリリアの姿は無くなっていた。

 朝のホームルームでは、僕らが一カ月間の間特別生で入学するという内容の話をされた。



 ☆ ☆ ☆



 午前中は魔法関係の授業だけど、僕とサラは授業は理解できた。アリアとリンは難しい顔をしていたが。

 午前中の授業が終わり。お昼の時間だ。

 

「ねぇねぇ、サラさん達一緒にご飯食べよう」


 「えっ?」となってるアリア達がさっそうと連れ去られていく。

 アリアは身長が高く、口さえ開かなければキリっとした感じのカッコイイ騎士様だ。それ故に女生徒達から熱い視線を送られている。

 本人はその視線をあまり気にしていないのが特にポイントが高いらしい。気にしていないというよりも、どうでも良い感じに見えるが。


 サラは冒険者の魔術師がどんな感じか皆興味を持っているようで、あれこれと質問攻めにあっている。困りつつもまんざらではないようだ。冒険者に憧れる生徒というのも少なくはないらしい。


 リンは獣人という事で周りも最初は戸惑っていたが、あの可愛い姿で「はいです」なんて言われて皆イチコロだ。完全にマスコット扱いだ。


 僕?

 僕は何も取り柄のない勇者だから。物珍しく見られはするけど、特に何かあるわけでもない。

 少し話しかけられた程度で、今は彼女達を取られぼっちになっている。

 1人寂しくお昼にしようとしている僕に、スクール君が話しかけてきた。

 

「エルク君、屋上で一緒にメシ食おうぜ」


「うん。良いよ」


 断る理由は特にない。

 僕たちは二人で屋上に向かった。



 ☆ ☆ ☆



「こうやってエルク君とまた学園生活が出来るなんて、思ってもいなかったよ」


「うん。僕もさ」


 昔に戻ったように、スクール君と語り合う。

 あの先生はいけ好かないとか、スクール君の可愛いと思う女生徒ランキングとか。

 一緒に寮に居た頃にやった遊びとか。

 

 僕が学園を辞めてから止まっていた時間が、今は動いている。

 その時間は残り少なくなってしまったけど。


「スクール君。僕たち友達だよね?」


「何言ってんだ? 当たり前だろ」


 そういって笑いかけてくれるスクール君に、どうしても聞かないといけないことがあった。

 僕の中の一つの疑問。


「友達と思うなら、正直に教えてほしい事があるんだ」


「あぁ、何でも聞いてくれ親友」


 彼は笑っていたが、僕は笑わない。

 僕の勘違いであって欲しいと思うから。


「疑問に思ったことは、スクール君の護衛依頼の”次の日”に、指名が来ていた事なんだ、それもエルヴァンの」


 そう、”次の日”に指名が来ていた。普通すぐ次の日に来るだろうか?

 スクール君の護衛依頼が終わった後、スクール君とは冒険者ギルドの前で鉢合わせた。

 偶然通りかかっただけならそれでもいい、でももしスクール君がエルヴァンとギルドに赴き、僕たちを指名するようにしていたら?


「そして、彼らが選んだルートは、スクール君達の時と一緒のルートなんだよ」


 他にもルートはいくらでもあるはずなのに。

 このルートが慣れているからと言われれば、それまでだけど。


 偶然、にしては色々思う事があり過ぎた。でもスクール君は友達だ。

 今回の事件はスクール君が仕組んだなんて、そんな事するはずがないと思いたい、だからこのまま「何言ってるんだよ」と返事をして欲しかった。


「親友には嘘つけないよな……あぁ、全部俺が仕組んだんだ」


 なんでそんなことをした?

 なんでそんなことをして、笑っていられるんだ?

 言いたい事は山ほどあるのに、パクパクと口を動かすだけで、何も言えない。

 いじめられた僕を最後まで庇ってくれた友人に、裏切られた。


「だけど信じて欲しい……エルク君、キミの為にやったんだ」


 彼はそれでも笑っていた。今にも泣きだしそうな顔で。

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