第4話「再出発」

 気絶しているアリアたちは所々ケガをしているものの、全員無事だった。となると次に確認することは積み荷と馬車だ。

 幸い馬はそれほど遠くないところに居たので、すぐに連れて戻ってこれた。


 積み荷はほとんどがダメになっている。酒類の中身はこぼれ、衣類系はボロボロになりほぼ全滅だ。

 馬車自体は一度倒れたものの、走る分には問題ないと思う。幌(ほろ)が所々破れてしまっているが。

 もう売り物にならなそうな品物は馬車から出して、空いたスペースに気絶しているアリア達を寝かせた。


 馬車と、壊れた商品の山をみる。

 これ全額弁償しろって言われるのかな?

 流石にドラゴンが襲ってくるなんて、どう考えても想定外だ。

 しかし僕らの受けた仕事は護衛だ。もし「ちゃんと護衛出来た?」と言われたら答えはNOだ。だって護衛対象の荷物は全滅して、針子の女性陣とははぐれ、更に馬車もボロボロになってしまったわけだから、依頼主からすれば大損な上に料金を払えなんて言われたら溜まったものじゃないはずだ。

 だけどここで依頼を放棄して逃げだせば、最悪冒険者の資格が剥奪される可能性もあるんだよな。

 う~ん。依頼について考えるのはやめよう。まずは魔法都市ヴェルに着くことが優先だ。着いてから考えるしかない。


 そうだ! ドラゴンの素材を売れば、多少は弁償の費用になるかもしれない!

 いくらで売れるかわからないけど、さっき落とした頭とか剥製が趣味の人に売ればソコソコな値段になるんじゃないか?

 希少なドラゴンの素材だから、欲しがる人はきっといるはずだ。


 問題はドラゴンにトドメを刺したのは彼らだ。素材の権利は彼らにあると言えなくもない。

 もちろん僕らもそれなりに貢献はしたけど……ここは交渉してみるか。

 でも、それで揉めて最悪殺される可能性も有るからなぁ……ドラゴンをあんなに簡単に仕留めた彼らと対立して、勝てる気がしない。


「う~ん。う~ん」


 悩んでる僕に、白髪の青年が心配そうに声をかけて来てくれた。


「どうした?」


 考えてる最中に肩を叩かれたものだから、思わずビクリと飛び跳ねてしまった。


「えっと、ですね……その、素材の分け前の分配をどうしようかと思いましてですね」 


 両手を合わせてスリスリしながら、ごますりのポーズを取ってみる。

 僕は今、凄く情けない顔で笑っているんだろうなぁ。

 

「あぁ、安心しろ。お前たちの分の肉も、ちゃんと用意してやる」


「いえ、そうじゃなくてですね。ほら、皮とか鱗とか頭とか色々あるじゃないですか」


「妾が所望するのはドラゴンの肉じゃ。それ以外はいらん。好きに持っていくと良い」


 え? 本当に?

 本当に良いのか何度か確認してみたけど、最後には「くどいわ!」と怒られてしまった。

 もらって良いなら、ここはありがたく頂くとしよう。


 綺麗な状態の爪や鱗を剥がして、皮はカーペットのように丸めて馬車に積み込もう。

 そして竜の頭部。

 

 ところがこの頭部、凄く重い。

 顔だけで僕の体くらいあるし、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。


「手伝おう」


 僕がドラゴンの頭部を必死に持ち上げようとしてると、白髪の青年が軽々と持ち上げて、馬車まで代わりに運んでくれた。


 回収したのはドラゴンの頭部、鱗が数枚、綺麗に残ってる皮が数枚と、右手の爪が2個。全て馬車に詰め込んだ。

 残りは破損が酷すぎて持って行っても無駄だと判断してそのままにしてある。

 問題はこれが売れるかどうかだ。そういえばドラゴンって討伐報酬貰う為の部位ってどこだったっけ? 頭を見せればいけるかな? 



 ☆ ☆ ☆



 荷物を馬車に運び終えたので、これまでの経緯を白髪の青年たちと僕は話していた。

 しばらくして最初に目を覚ましたのは、サラだった。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 馬車の中から彼女の悲鳴が響き渡る。何があったのだろうか、慌てて馬車まで走っていく。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 続けてアリアとリンの悲鳴まで聞こえてきた。一体何が起きたんだ。

 もしかして、馬車の中にモンスターが入り込んだのに気づかなかったのか?

 彼女たちは気絶して寝ているから、僕らの話し声で起こさないようにと馬車から少し離れたのが間違いだったか。

 よくよく考えてみれば、いくら彼女たちが強いと言っても、寝ている間は無防備なのだから、もっと警戒しておくべきだった。

 

「大丈夫ですか?」


 息を切らし、馬車の中を覗き込む。

 彼女たちは、僕が馬車の中に置いた『ドラゴンの頭部』を見てパニックに陥っていた。

 布か何かで隠しておくべきだったね。テヘッ。



 ☆ ☆ ☆



 パニックになった彼女たちを宥め、「ごめん、ドラゴンの頭部を置いたままだったよ」と軽く笑ってごまかそうとしてみたけど、目に涙を浮かべたサラに無言で往復ビンタをされる羽目になった。


『僕は寝ている女の子達の目の前に、ドラゴンの頭を置いて驚かせたバカ勇者です』


 僕は今、近くにあった手ごろな石の上に正座をさせられ、反省文を手に持つことを命じられている。

 今の僕に発言権は一切ない。足がプルプルしてきて崩したいが、目の前で両腕を組み、無言で睨み続けることサラが怖くて、必死に姿勢を正している。


 後ろではリンが、僕が父から貰った剣で僕の頭をバシバシ叩いている。返しの刃がほぼないので斬れる事は無いが鈍器としては素晴らしい性能だ。どれだけ素晴らしい性能か、彼女に叩かれるたびに体で分からされる。


 隣では、アリアが鞘で僕の足の裏をつついてる。いつもの無表情でツンツンと。

 やめて! お願い! 足を崩したいけど、崩した瞬間に、サラがドラゴンの如く怒りだすのが目に見えてるからお願いやめて!



 ☆ ☆ ☆



 色々と落ち着いてきた所でアリアが気絶をしてから何があったかを話した。リンが一人でドラゴンを引き付けてくれたこと、サラが風の超級魔法『ロード・オブ・ヴァーミリオン』を放った事。


 そしてその後、僕らは気絶し、気絶から覚めた僕の前にドラゴンがまだ生きていたこと。

 殺される寸前の所で彼女たちに助けられた事。そして今、僕が正座をしながら説明するのがそろそろ限界なので、もう足を崩していいですか? と言う事を。


「そんな事があったのね。でも無詠唱で特級魔法って、聞いたことないわ」


「それよりこんな事してないで、お礼を言いに行くです」


 リンの意見に賛成だ! お礼を言いに行こう! 今すぐ行こう! もう僕の足が限界だ。

 ちなみに僕らを助けてくれた白髪の青年たちは、僕が貸したフライパンでドラゴンの肉を焼き、その味を堪能している最中だった。

 ドラゴンの肉の匂いってすごい香ばしい。彼女達は何もつけずにただ焼いてるだけなはずなのに、香辛料がかかったような食欲をそそるような匂いが漂ってくる。

 いかん。アリアじゃないが、匂いを嗅ぐだけでヨダレが垂れてきそうだ。


「助けて頂き、感謝いたします」


 アリアがヨダレを垂らし、肉を凝視しながらお礼を言う。礼儀も何もあったものじゃない。


「よい。妾達にも非があるのじゃ。それよりも共に食卓を囲もうぞ」


 白髪の青年が焼いた肉を皿に乗せて、アリアに手渡す。

 その肉にかぶりついた瞬間に、アリアがくわっと目を見開いた。そんなにおいしいのだろうか?


 お礼や自己紹介といきたいところだけど、食事に夢中になっているので、後回しにしよう。

 僕らも輪に入り、一緒にドラゴンの肉を食べた。


 うわっ、何このお肉。凄く美味しい。

 ドラゴンなんて、超重量モンスターだから肉は硬いと思っていたのだけど、恐ろしく柔らかい。

 噛むと同時に肉が弾ける! 弾けた肉から滴り出る肉汁がたまらない!

 飲み込むのが勿体ない位、噛めば噛む程に、僕の口の中で肉汁が弾けるのだ!

 

 何も調理せずに、ただ焼いただけでこんな味が出せるとは……

 ゴブリンの肉も、ドラゴンの肉をもう少し見習って欲しい。



 ☆ ☆ ☆



 食事を終えたのだが、少し変な空気になった。

 お互いがお互いをチラチラ見合っている。一応状況は全員わかっているのだが、ちゃんと自己紹介をしていなかったので、どう話すかタイミングがわからなくなったのだ。

 こういう状況で仕切るのも、きっと勇者の仕事。僕の出番だ。


「それでは改めまして、助けていただきありがとうございました。僕の名はエルクで職業は勇者です」


 続いてサラ、アリア、リンの順にお礼と自己紹介をしていく。

 僕らの自己紹介が終わると、金髪の少女が両手を腰を手に当て、ふんぞり返る。


「妾はイルナじゃ、ワケあって旅の途中である」


 少々、というか妾という時点で結構偉そうな感じの挨拶で、少女はイルナと名乗った。


「フルフルよ。事情があって、イルナ様の護衛をしているわ」


「シオンだ。同じく事情があって、イルナ様の護衛をしている」


 赤髪の女性がフルフル、白髪の青年がシオンとそれぞれ名乗る。

 どんな事情か気になるけど、「事情があって」と言うのだから、詮索はしないでくれという事だろう。

 サラもリンもその辺りは分かっているのだろう。あえて何も言わない。アリアは多分興味ないだけだと思う。


 「ふむ。して、そなたたちは一体どこへ向かっている途中だったのじゃ?」


 イルナさんは見た目は幼いが、中々に貫禄のある喋り方だ。もしかしてリンみたいに見た目と年齢が違う子なのかな?

 そういえばさっきも頭を撫でただけで、フルフルさんが「殺しますか?」と言っていたし。


「魔法大会があるらしくて、魔法都市ヴェルまで護衛の依頼で向かってる最中だったのですが……」


 散乱した荷物をチラッと見る。イルナさん達も察してくれたのか「あー、すまない」と謝ってきた。

 イルナさんが、何やら目でフルフルさんに合図を送っている。

 その合図を受け取ったフルフルさんがコクンとうなずく。


「弁償を申し出たい所なのですが。すまない、我々の手持ちの金銭では足りないと思うが……」


 フルフルさんがそう言って、お金の入った袋を手渡そうとして来るが、流石にそれは受け取れない。

 命を救って貰ってお金まで貰ってしまったら、立つ瀬が無い。


「ところで魔法大会と言うのは、どんなものなのじゃ?」


「毎日お祭りみたいに騒いでる。って聞いた事がある」


「それは本当か?」


「リンはサラと昔一緒に行ったことがあるです。連日お祭り騒ぎだったです」


 リンの話をイルナさんは目を輝かせて聞いている。

 ヴェルの話をするたびに「なんじゃそれは!?」と大げさに驚き、そして腕を組み、しばしの沈黙の後、彼女は大きく頷いた。


「よし、決めたぞ。フルフル、シオン。エルク達が安全に魔法都市ヴェルまで行けるように、妾達が護衛をしてやろうぞ」


「「はっ、わかりました」」


 それなら一緒の馬車に乗っていくのかな?

 乗っていくのは構わないんだけど、一つ気になる事が。正直、これを言うのは気が引けるんだけどなぁ。


「あの、ところで、魔法都市ヴェルって、魔族が入ってきても大丈夫なんでしょうか?」


 僕の言葉にイルナさん達の表情が固まる。やばい、地雷踏んだか?


「な、何故に妾達が魔族と分かったのじゃ?」


 本気で気づいてないのだろうか?

 僕は自分の額に、指でトントンとやる。


「こやつ、今妾をバカにしおったのか!?」


「どうしますか? 殺しますか?」


「やってしまえ!」


「違います! 額の宝石の事を言ってるんです!」


「額の宝石……あっ、確かに」


 危うく殺されるところだった。今の勢いは定番のジョークという奴じゃないだろ。絶対に。

 シオンさんとフルフルさんが、自分の額の宝石を触りながら納得という顔をしている。僕らから見たら額の宝石は珍しいが、彼らからしたら当たり前すぎて、気づかなかったのかもしれない。

 その2人の様子を見て、イルナさんが小首を傾げている。


「しかし、妾の額には宝石は無いぞ?」


「イルナさんも魔族なの?」


「えっ?」


「えっ?」


 額に宝石が無いけど、イルナさんも魔族だったのか。

 入場に関しては、「魔族の参加者も居るから、多分大丈夫なんじゃないの?」とサラが言っていた。


 他にも聞きたいことが色々有るけど、とりあえず魔法都市ヴェルに向かおう。

 話は道中でいくらでも出来るのだし。

 僕らは馬車に乗り込む。

 馬車はヴェルへ向かって走り出した。

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