第2話「勇者の訓練」

「マジ戦士さん尊敬っす!!!!」


 チャラい職員さんの叫び声が中庭に響く。

 ちょっと、と言うかかなり意味が分からない。


「いいかぁボウズ、これが古来より引き継がれてきた勇者の必殺技『覇王』だ。かつて魔王を倒した英雄の勇者アンリが使ったとされる、由緒正しきものだ、ちゃぁんと覚えろよ」


 勇者アンリ、1000年以上前に聖魔大戦で神器を集め、魔王を倒したと言われる英雄か。

 そんな人物が、魔王と戦ってる最中に「戦士さん尊敬っす!!!!」なんて叫んでるわけないじゃないか。

 正直もう帰りたい、バカバカしすぎる。……でも帰るわけにはいかないし、帰る場所もない。


「ボウズ、それじゃあ俺の後に続けて言えよ。流石戦士さんカッケー!」


「さ、さすが戦士さんかっけー」


「声がちぃせぇ! もっと腹から声出してけや、流石戦士さんカッケー!」


「流石戦士さんカッケー!」


 もうヤケクソだ。チャラい職員さんの真似をして、とにかく叫ぶ。


「んじゃあ次はお前の語彙力を試すぞ、戦士さんの技を褒めろ」


 (剣舞のように動き回る屈強そうな職員)


「戦士さんの剣捌き、マジ芸術っす」

 

「戦士さんの力を褒めろ」


 (腕を曲げ、力こぶを笑顔で見せてくる屈強そうな職員)


「戦士さんの腕力にかなう奴なんて、この世にいないっす!」


「最後に戦士さんの筋肉を褒めてみろ!」

 

 (上着を脱ぎ捨て、マッスルポーズの屈強そうな職員)


「戦士さんの背筋から上腕二頭筋への流れが黄金比で美しいっす!」


「ばっか、戦士さんは基本脳筋なんだ、そんな難しい単語わかるわけねぇだろ!」


「そうだ、俺は脳みそも筋肉で出来ているんだ。褒めるときはもっとわかりやすく褒めてくれ」


 さっきから叫んでたせいで「脳筋は褒め言葉じゃない」と突っ込むのもおっくうだ。

 一通り褒めちぎると、一旦ストップが入った。


「次は魔術師さんを褒める訓練だ。旦那は魔法は使えねぇが、振りだけはしてくれるから俺たちは『覇王』で褒めちぎるぞ」


 すると屈強そうな職員さんが剣を収め、体を反りながら左手を額に当て、右手で木偶人形を指さした。

 魔術師の魔法を使うときのポーズのつもりだろうか? そんなことする魔術師見たことないが。


「初級魔法、ファイヤボルト」


 ファイヤボルト、初級魔法の一つで、火の矢を打ち出す魔法だ。

 だが初級魔法と言って侮ってはいけない。熟練の魔術師が使えば何十何百と言う数を一度に打ち出せるため、下手な上位魔法よりも効果が高いのだ。

 当然ながら屈強そうな職員さんの右手から、ファイヤボルトが出る事は無い、振りだけだから。


「流石魔術師さんカッケーっす!」


 それ、さっきの戦士さんを魔術師さんに置き換えただけじゃん!


 チャラい職員さんの覇王は、同じ言葉を職毎に置き換えただけでレパートリーは少なかった。

 でも、一緒になって叫んでいるうちに少しづつ楽しくなってきた。

 今までずっと引き籠ってきて、誰かと喋る事なんてほとんどなかった。ましてや叫ぶ事なんて更に少ない。

 叫ぶたびに、長年僕の中に溜まっていた悪い何かを、少しづつ叫び声とともに吐き出す。そんな感覚を覚えた。



 ☆ ☆ ☆



 どれだけの時間が経っただろう?

 いい加減叫び疲れた。叫び疲れたが不思議と今は落ち着いている。ここに来る前と着いたばかりの時は、不安と緊張でいっぱいだったが、今は不安も緊張もない。

 『覇王』と言うのは建前で、実はこうして勇者として旅立つ前の緊張を解いてくれてるだけなんじゃないか、とさえ思えた。


 ふと周りを見渡すと、中庭をクスクスと笑いながら覗く人だかりが出来ていた。彼らが見ているのは当然僕たちだ。

 ヤケ気味に叫んでて忘れてたけど、ここ役所じゃん!

 中庭で「戦士さんカッケー」とか叫んでたら注目集めるよ。笑われるよ。

 

 緊張を解くための儀式じゃなくて、恥ずかしい思いをさせて地元から追い出すための悪魔の儀式だろこれ!

 冷静になって恥ずかしくなり悶えている僕をよそに、職員さん二人は火打石で火をおこしている。自由か!

 チャラい職員さんは慣れた手つきで火花を起こし、ポケットから取り出した枯草に火をつけると、こんどは木偶人形に火を移し始めた。


「さぁて、ここから第2の勇者訓練だ。『覇王』でギャラリーも呼びこめた分、アピールにもなるから心して挑めよ。準備はいいかぁ、勿論準備が出来てなくても始めるけどな」


 燃え盛る木偶人形、第2の訓練は何をやらされるんだろうか?

 まさか、「燃える木偶人形さんカッケーっす」なんて叫ぶわけじゃないよね?

 アピールと言う単語が特に不吉だ。燃える木偶人形の上でファイヤーダンスとか言い出しかねない。


「勇者訓練その2、お料理教室だ」


 台所でやれ。

 なんでわざわざ木偶人形燃やしてまで料理をしなきゃいけないんだ。


「台所でやれば良いではないか、と言う顔をしているな、だが理由はある、ちゃんと聞いておけ」


 屈強そうな職員さんに、またしても心を読まれドキっとなる。

 この職員さんは読心術でも使えるのだろうか? それとも今まで訓練を受けてきた人たちがこぞって同じ疑問をぶつけているのだろうか? 多分後者だと思うけど。


「ボウズいいかぁ? 冒険者ってのは街から街へ移動する場合は野宿が基本になる。そして野宿で食う飯は大抵マズイ、これがやっべぇくらいマジィのよ。でもそんな不味い飯でも食わなけりゃ力が出ねぇ」


 チャラい職員の言葉に、中庭を見物している人たちは腕を組みながら、うんうんと頷いている。

 「あの携帯食の味は最悪だ」「食うもんに困ったら適当に生えてる草を食わなならんしな」「誰が料理当番やっても不味くて文句が出るんだよな」等と野次馬の話声が聞こえてくる。


「こんな臭い食材をうまい料理に変えられるんだったら、もうそれだけでパーティの要になるわけよ。『勇者様、お願い私たちの所に来て、貴方が居ないと困るの』なんて可愛い子からオファーだってバンバン来る。パーティーメンバーの胃袋を握ればパーティの主導権を握ったようなもんだ、たとえ戦闘能力が皆無であったとしてもだ」


 見物している人たちは先ほどよりも大きくうなづいている。にわかに信じがたいが本当の話のようだ。

 

「それならコックさんを雇って、勇者に登録してもらい冒険すれば良いんじゃないですか?」


「ボウズ、店で料理出せるレベルの人間が、なぁんでわざわざ死と隣り合わせの仕事につかにゃならん」


 確かに。

 しかし料理か、家で家事全般をしているとはいえ、知らない食材をいきなり調理しろと言われたら流石に厳しい。

 しかも食材は基本不味いと言うから、下手に工夫をすれば余計に不味くなりそうだ。


「おめぇら、野宿する時でも、うまいメシを食いてぇかぁ!」


「「「「「「「おー!!!!!」」」」」」」


「それじゃあ、ここに誕生したばかりの勇者の料理の腕をたぁっぷり堪能して行け!!!」


 野次馬もノリノリで叫んでいる。なんだこれ? 料理一つでここまで盛り上がれる物なのか?

 そもそも野次馬してる人達って、全員が冒険者ってわけじゃないはずなのに。

 そこへ、何故か可愛らしいエプロンをつけた屈強な職員さんが、お盆に”何かの肉”を載せて近づいてきた。うわっ、何このお肉、すごく臭い。


「それじゃあおめぇらお待ちかね、本日のメインディッシュ『ゴブリンの肉』だぜ!」


 盛り上がっていた見物客が静まり返り、そしてざわめきだす。


 「ウッソだろお前」「ゲテモノかよ」「これより勇者様のリアクションをお楽しみください」


ゴブリンの肉と聞いて、先ほどと打って変わって見物客が一気に冷めていくのが見てわかる。

 

「おめぇら! 世界で5本指に入る不味さと言われているこの『ゴブリンの肉』が! まともな料理になるところ見たくねぇか?」


 乾いた見物客の笑いが聞こえる、誰も美味しくなるなんて思っていないようだ。

 そこへ見物客の一人が歩いてきた。僕よりは一回り身長が高い綺麗な女性だ。

 ブラウンの長髪、ブラウンの瞳、丈の短い青いサーコートにショートパンツ姿。

 腰には剣を携えている、ジョブ剣士ソードマン騎士ナイトだろうか?


「私はアリア、職は剣士、旅の途中で食料が尽きた時に『ゴブリンの肉』を食べた事があるけど、正直この世の地獄ともいえるような味だった」


「おう、ねぇちゃん食ったことあるのか? 確かにコイツはそのまま食ったら最悪だぜ、一週間は何を食ってもゴブリンの肉の味しかしねぇ」


「もし、この『ゴブリンの肉』を食べられるレベルにまで料理できるなら、是非ともパーティに入ってほしい」


「早速勧誘たぁ景気が良いねぇ、だがそれはボウズ次第だ」


 視線が僕に集まる、この臭い肉をまともな料理にしろって?

 「出来るはずがない」喉まで出かけた言葉を飲み込む、そういえば父にゴブリンの肉を料理する方法を、昔聞いたことがある。もしかしたらいけるかもしれない。


「ゴブリンの肉の料理の仕方は聞いたことがあります。でも自信は無いですが、やってみます」


「調理に移る前に一つ確認させてほしい。その『ゴブリンの肉』は本物かどうか、誰か一口食べてみてもらえない?」


 アリアさんの言葉に皆口を紡ぐ。そりゃあそうだ、この状況で下手に喋れば”ゴブリンの肉試食係”に祀り上げられてしまう。

 そして、誰もしゃべらない場合、注目を集める人物は一人しかいない。

 僕が見るのと同時に、周りの視線も一点に集中した。


「おいおい、おめぇらちょっと待て。その目はやめろ! 俺を見るな! 旦那も何か言ってや、モゴォ」


 屈強そうな職員さんが一口サイズに切った『ゴブリンの肉』を、問答無用でチャラい職員さんの口に突っ込んだ。

 チャラい職員さんの顔がみるみる内に青く染まっていく、口の中で何度か咀嚼して、そして吐いた。


「くせぇ! こんなくせぇもん食えるか!!!!」


 吐き出したゴブリンの肉を、見物客に向かって投げつける。最低の光景だ。

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