勝利のクリップ

富本アキユ(元Akiyu)

第1話 勝利のクリップ

人見知りの僕が初めてのアルバイト先として選んだのが、本屋での倉庫作業の仕事だった。バイト初日、僕の指導係を担当する事になったのは、小松さんという名前の女性だった。小松さんは、僕に気さくに話しかけてくれた。とても明るい人だった。バックヤードには、レジ作業をする人や陳列作業をする色々な人が頻繁に出入りする。


「あっ!その本知ってる!怖い話のやつでしょ?」


「ねぇ。松田さん。最近、彼氏とはどうなの?上手くいってるー?」


「うわっ!笹原君、大量の本持ってる!重そうだねー。でも若いから筋トレ筋トレ!頑張れ!」


その度に小松さんは、バックヤードに来た人達に明るく話しかけて少し雑談する。小松さんと話をすると皆が笑顔になってバックヤードを出て売り場に戻っていく。


「もしも暗い顔してバックヤードに入ってくる人がいたら、明るく会話して楽しませてあげてね。それで笑顔で売り場に帰ってもらうようにするの。売り場では、お客さんから理不尽な事を言われて色々ストレス溜まることもあるからさ。これも倉庫係の大切な仕事だよ」


小松さんの底なしの明るさと社交性を見て、まるで太陽のような人だと思った。小松さんは僕に質問した。


「宮野君は、どうしてうちの本屋で働こうと思ったの?」


「僕、本が好きなんです。でも人見知りだからレジとか接客は、多分苦手で……。小松さんみたいに明るく人と上手く喋ったりできないから……」


僕がそう答えると、小松さんは続けた。


「そっかそっか。確かに宮野君は、真面目で大人しそうだもんね。宮野君は、何か夢とかあるの?」


「えっ?夢ですか。そうですね……。将来何をやりたいとか、そういうのはあまりないですけど……。でも本は好きなので、いつか小説家になれたらなとか思ったりします。まあ文章力もない僕では、無理だと思いますけど……」


「おー、小説家か。いいじゃんいいじゃん。格好良い夢だね。じゃあいつか宮野君が小説家になったら、私にサイン本を頂戴」


「あはは。なれたらいいですね」


「じゃあそんな宮野君にこれあげる」


そう言って渡されたのは、自由の女神の形をしたクリップだった。


「この手をグッと上に突き上げてる感じがさ、勝利!って感じじゃない?宮野君のこれからの人生が上手くいくように、私の念を込めてあるよ」


「ありがとうございます」


十年前そんな事があった。勝利のクリップは、小説家になった今でも僕の大切な宝物です。小松さん、お元気ですか?

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勝利のクリップ 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu

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