第33話

 卒業試験にティリーとシェリーが向かって3日が経過した。


 悶々と過ごした3日間ではあるが、ヒメから「スケルトンズを近くに配置してるから何かあればわかるよん♪」と言ってくれたから安心出来た。


 2人とも多少危険な目にはあったようだけど、無事らしいとは聞いている。


 たまには役に立つ事をしてくれる。


 いつもそうであってほしいけどな。


 なので、シェリーとティリーがぼちぼち帰ってくるだろうと思って、晩ご飯を豪華にする為に買い物に出かける事にした。


 今日は合格祝いだしな。

 豪勢な食事を作りたい。


 街中での視線は相変わらずあるが、精神面が強化されている影響だろう──


 軽蔑の眼差しは既に慣れた。


 開き直っていると言っても過言ではないが。



 それに情報収集も便を思い付いたので、それで行っている。


 その方法とは紐に『』さんを同期させて、たくさんの紐を放出する。


 すると、声が紐を伝って聞こえてきたんだッ!


 直接聞くのは手間がかかり過ぎるし、これなら必要な話だけを選択する事が出来て便利だ。


 名付けて【盗聴紐】だ!

 犯罪臭がするネーミングだが気にしない!



 今日も俺は買い出しの後、情報が集まる出店の近くで隠れて紐を伸ばす──



「この野菜高くない?!」

「こっちも一杯一杯だから我慢してくれ」

「中級以上のポーションが品切れらしいぞ」

「マジかよ……怪我しないようにしねぇとな」

「お嬢さん、僕とデートしない?」

「何か奢ってくれるの?」


 などと、色々と声が聞こえてきた。


 確かに野菜が高かったような気がする……。

 それにポーションの在庫もないのか……2人が怪我してないといいなぁ。


 というか、ポーション類持って行ったのかな?

 うーん、まぁ……Cランク冒険者のカオルさんがいるから大丈夫だろ。



 さて、さすがに同時に聞こえてくるのは処理が追いつかないので、必要なキーワードを拾って絞り込む──



 お、見つけた。


 紐をその一本だけ残して、他は消す。



「──やっと、ダンジョンに入ったらしいわよ?」

「遅いよな……もっと早くしてくれよな……」

「領主様まで行く必要なんてないのに……もっと街の事を考えてほしいわね」

「全くだ。利権絡みなのは仕方ないとはいえ、もし討伐に失敗したらこっちまで飛び火するかもしれないな」

「そうなったら、この街は終わるわね……今、この街に戦力なんてないんじゃないの?」

「だな。兵の8割は出ているらしいし、冒険者も報酬に釣られてほとんどが行っちまったからなぁ……まぁ、アルベルト様が行かれてるからその内終息するだろ」

「……だといいわね」



 ……ふむふむ、それなりに話が聞けたな。


 やっとダンジョン攻略に乗り出したみたいだ。


 しかし、兵士の8割はさすがに連れて行きすぎだろ……更に冒険者も少ないなぁとは思っていたけど、攻略に相当力を入れているようだな。


 領主さんも出陣しているのか……まぁ、利権絡みの大事な交渉だろうし仕方ないのかな?


 それと──やっぱりアルベルトさんってかなり信頼されてるんだな。



 さっさと攻略して戻って来てほしいところだ。



 さて、晩飯作りたいし帰ろう、そう思った時──


 ヒメからメールが来た。


『緊急事態発生、至急戻れ』


 いつものようなふざけた感じはない。むしろ、こいつのこんなメールを見ると胸騒ぎがする。


 何かが起こったと判断し、俺は建物に紐を括り付けて伸縮しながら最速で移動して孤児院へ戻る──



 もうすぐで孤児院に到着するというところで、血の跡を発見する。


 孤児院の入り口に入ると──


 中から泣き叫ぶ声、必死に叫ぶ声、謝る声が聞こえてくる。



 他の跡、そして今日で卒業試験が終わる事から、最悪な状況が頭を過ぎる。



 嫌な予感がする──



 建物の中に入ると、更に血で汚れていた。



 そして、皆がいるであろう部屋に向かい──



 バンッ、と扉を開ける。



 そこには今日帰ってくる予定だった、シェリー、ティリー、カオルさんが包帯でぐるぐるに巻かれ──



 幼い子供達は泣き叫び、年が近い子供は必死に3人の意識を飛ばさないように声掛けをし、サラさんは3人の傍らでずっと「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙を流してずっと謝っていた。


 3人とも出血が酷過ぎるし、傷口も大きい。


 特にカオルさんの怪我が1番酷い……どんな強敵がいたんだよ。


 サラさんの様子を見るに回復魔法で成果が出なかったのだろう。ポーションを持っている子もいるが、初級ポーションだ。


 そういえば街で中級ポーション以上が品切れだと言っていた。


 この傷を治せるであろうアルベルトさんは現在いない。


 今から治療院に連れて行っても間に合わないだろう。そもそもこの街に大怪我を治せる人材がいるかもわからない。



 皆の顔を見るに、手遅れだと察しているが──



 諦めたくないという気持ちが伝わってくる。



 ヒメから戻るように言われたが、こんなの俺にはどうにも出来ない……。


 このままだと3人は死ぬ──


 そう思うと、急に顔面蒼白になっていくのがわかった。


 片膝をつき──呼吸も浅く、動悸も起こす。


 治ったと思っていたPTSDの症状が俺を襲ってきた。


 俺は皆と仲良くなり過ぎたのだろう。



 頭の中が真っ白になり、ふらふらと3人の近くに寄る。



 3人と楽しい日々を過ごした。そして、これからも続くと思っていた繋がりが切れてしまう──


 そう思うと胸が更に締め付けられる。



 それと同時に──



 もっと、訓練をしたら良かったのか?


 もっと、武技を教えればなんとかなったのか?


 それともヒメに頼んでエリザベスについて行ってもらえば良かったのか?



 そんな後悔が押し寄せる。





 ──あぁ、失いたくない。


 せっかく仲良くなれたのに……。



 俺はティリーとシェリーの手を握る。


 ──冷たい。


 体温が失われてきている。血を失い過ぎたのだろう。


「ロキ……ごめんね……訓練いっぱいしてくれたのに……」

「約束……守れそうにない……」


 2人は話すのが辛いはずなのに、申し訳なさそうに俺に話しかけてくれた。


 涙が自然と溢れ出した。


「2人とも──痛ッ?!」


 2人に話しかけようとすると、ヒメから足を踏まれ──


「来るのが遅いッ! 別れの挨拶なんかしてたら間に合わなくなるだろッ!」


 叱咤を受けた俺は我に帰る。



 そうだ。呆然としている場合じゃない。


 ヒメはと言った。つまりなんとか出来る方法があるから俺を呼び出したはず。


「どうすれば良い!?」

「1番重症のカオルに早くッ!!!!」


 ヒメから言われるままにカオルさんに手を当てると使──傷口が塞がっていく。


 そして、出血が止まった。


 先程より顔色がマシになっていく。


 俺の意思とは関係なくスキルも発動している。


 そして、発動しているスキルは──『マッサージ』だ。


 これは──



”だ。



 確かにマッサージには傷の手当てが出来ると記載されていたが、使い方がわからなかった。


 密度の高い魔力を患部に当てて自然治癒力を上げているのはわかる。

 回復魔法と同じ原理だとは思うが、何かが違う。


 魔力を注いでいるのが患部だけではない?


 顔色も良くなっている事から、血も増えている?



 まさか──傷口だけではなく、全身の血と魔力の巡りを良くして、臓器を含む全身の細胞を活性化させて自然治癒力を高めているのか!?


 そして、よく見れば──ヒメは俺の体を動かしながら緑色の点になっている部分を魔力を込めて押している。


 おそらく、緑色の点は細胞を活性化させるツボなのだろう。



 更に俺はを知った。


 カオルさんの胸にあるツボを押した時──


 プニョンと柔らかい感触があった。明らかにこれは“おっぱい”だ。


 しかも意外と大きい。


 まさか、だとは思いもしなかった。


 冒険者は素行の悪い人が多いから舐められないように男装してたのかもしれない。


 おっと、煩悩退散だ。今は治す方法をラーニングするのが優先させなければならない。



 しばらくして、カオルさんの治療が終わり、ティリーとシェリーの治療に取り掛かる。


 当然2人の“おっぱい”にあるツボを押すわけだが、そこにエロい感情はない。なんせ、俺の守備範囲外だからな。


 ただ言える事は──2人とも成長途中の発展途上だという事ぐらいだろう。



 一通り、治療が終わる頃には治療のコツを掴み、3人の顔色は良くなっていた。


 ヒメのお陰で3人ともなんとかなりそうだな……。


 俺の動悸もおさまった。というか、おっぱいのお陰で気が紛れて助かった。



 俺は顔を上げて周りを見渡すと、他の皆は涙を流しながら黙って俺を見詰めていた。


「────なんとかなったよ」


 俺は皆を安心させる為にそう言うと──


「「「ロキぃぃぃぃ──」」」


 全員が泣きながら俺を揉みくちゃにして喜んだ。



 皆、俺の邪魔をしないように静かにしていてくれていたみたいだ。



「ったく──間に合わなかったらどうしてくれんよッ!」


 ヒメは怒っているのかが理解出来なかったが、意外と孤児院の皆と仲良くしているから死なせたくなかったんだろうなぁと思った。


 しかし、何故こんな酷い怪我をする事になったんだ?

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