詩「春の散歩」
有原野分
春の散歩
朝の不完全に調和する冷たい風は
ドアを開けた瞬間に私の靴を攫っていく
背の高い懐古主義の青年が
落ちていた煙草に火をつけた
青い木々が遠くに落ちた自身の種を
青年に拾われないかと心配している
斑のある野良猫が横切る視線の先に
力強いクマンバチが空に浮かんでいた
旗を持つ老婆の手が上がる
青に変わった信号を小学生が駆け出した
公園に座っている死んだはずの兄が
悔しそうにこちらを眺めている
遠くから犬の遠吠えが聞こえた
それは山の中に埋めた愛犬の遠吠えだ
週末の商店街で歌う
乞食の夢を最近見かけない
ベビーカーを押す母親の影が
飛行機雲のように伸びていく
誰かの渇いたゲロの上に
ピカピカの十円玉が光っていた
町はずれの神社から
祝詞をあげる声が悲しく聞こえる
すれ違う太ももを露出した女性の
香水につられて後ろを振り返った
バスに乗って去っていく
家族の後頭部が夕暮れの闇に消えていった
現実主義の老人が音の鳴る階段を上りながら
今夜も生きるのが少しだけ嫌になる夢を見る
詩「春の散歩」 有原野分 @yujiarihara
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