雨にブラジャーの花束を

「亜弥、今日はこんな傘しかなかったの?」

「ううん、もっとおっきい傘がウチにはたくさんございましたよ」

「それ……なんで持って来ないの?」

「そりゃあ……ねえ、小さい傘の方が……」

 肩をわざと寄せながら、亜弥が悪戯っぽく微笑む。

 雨の日。

 それは、クラスメイト達がかったるそうな顔をしながら下校をしていく日だ。

 けれど、私と亜弥にとっては、笑顔になれる日なのだ。



―――人目を気にしないで相合傘ができる。



 そんなチャンスは雨の日しかない。

 だからといってワザと折畳み傘を持って来て距離を縮めるのは卑怯だ。

「亜弥ってばそんなことの為にこんな小さい傘にしたの?」

「もちろん。策士って呼んで」

「策士さん、あの、これだと小さすぎて濡れますが……ほら、そんな感じに」

 亜弥のセーラー服に傘に付いた滴が落ちて、その白色を奪って、透けさせた。

 肌の色が薄く見える。

「あらら」

「ほら、そんな風にしてるといっぱい透けちゃうよ」

 お母さんが子供を諭すように言うと、亜弥が笑う。

「見る?」

「見ないよ!」

 電光石火。

 脊髄反射的なツッコミを入れる。それを聞きながら亜弥が唇に軽く指を添える。『恥ずかしくて言えない』とでも言いそうな顔をしながら、こちらを見つめる。

「今日……下にキャミ着てないから……」

「なっ……なんで!?」

「暑いから脱いじゃった」

「脱いじゃったって……亜弥、そんなことしたらブラが透け……」

 ずいっ、と亜弥が顔を寄せる。

「見たい?」

 私の反応を楽しむかのように亜弥が言ってくる。

 反論したくても、言いたい言葉が喉に引っ掛かって、出て来ない。

「馬鹿……風邪ひく……」

 かろうじてそれだけ言うと、亜弥は私の傘を持っている方の片腕に両腕を絡めながら、笑う。

「風邪ひいたら、温めてくれるよね?」

 どうやって?

 なんて愚問だ。

 分かりきっていることを聞くのも、馬鹿らしい。

 近付いた亜弥の唇に、自分の唇を重ねる。

「こうやって、亜弥の風邪を貰うよ」

 あれだけ恥ずかしい言葉を連呼していた亜弥が黙り、俯いた。

「ば……馬鹿」

 そう呟いた後、彼女は私の肩に頭を置いた。

 雨の音が遠くなり、心臓の音が大きくなるのがわかった。


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