第142話 そういう理由



「レイフェット。なんでわざわざ俺をここに呼んだんだ?別にいつも通りお前の所でも良かっただろ?」


 前を歩くレイフェットにセンが声を掛けるとレイフェットは立ち止まり、にやにやとしながら振り返る。


「サンサと顔を合わせておいて貰いたかったからな。今後の事を考えれば、探索者ギルドの改革は絶対に必要だ。だが、アイツは真面目で仕事ぶりも悪くはないが、新しい事を自ら率先して作り出していけるタイプじゃないからな」


 そう言って先ほど出てきた扉に視線を向けるレイフェット。


「だが、指針が決まった後は相当優秀だぞ?最初に大まかな指示を出しておけば、必ずいい結果を出してくれる」


「領主はちゃらんぽらんな割に、部下は優秀な人材が多いな」


 センの皮肉にレイフェットは肩を竦めて再び歩き出す。


「領主が頼りないからいい部下が育つってもんだ。しかし、探索者ギルドにもう少し管理という側面で力を持たせることは、以前お前と話した時から考えてはいたんだが……いきなり色々と押し付ければ、ギルドも探索者も反発することは分かっていたからな」


「だからって完全に外様の俺に提案させるなよ。サンサ殿は嫌な顔をせず話を聞いてくれたが、本来であれば、何無茶苦茶言っているんだって罵声を浴びせられる場面だぞ」


 そう言って憮然とした表情を見せるセンにレイフェットは豪快に笑って返す。

 分かっていながら嫌われ役を受け持ってくれたセンに感謝はしているが、それ以上にセンを憮然とした表情にしてやったことが嬉しかったのだ。


「サンサはお前の事を尊敬しているし、そんなことで気分を悪くするような奴じゃない。現状の問題、そしてこれから予想される問題に対して、真剣に何か対策を打ちたいと願ってはいたが手が思いつかない……アイツはそんな苦悩をしていた」


「そう言われると……巻き込んだ身としてはぐうの音も出ないな」


 サンサの苦悩は、センがシアレンの街を巻き込んだからに他ならない。当然センは巻き込むことによって方々に迷惑が掛かる事は理解していたが、セン一人ではどうすることも出来ないし、この世界の問題なのだから少しは苦労しろと考えなかったとは言い切れない。

 しかし、全く知らなかった人物が苦悩していたと聞かされると、やはり思う所はあった。


「まぁ……相談した結果、俺の仕事がさらに増える感じに落ち着きそうで、俺は気が遠くなる思いだが」


「……それは何度も言うが、諦めてもらうしかないな」


 サンサに対しては申し訳なさを覚えるセンではあったが、レイフェットに関しては全力で迷惑を掛けようとも思っている。


「はぁ……ギルドを完全な公的機関にして業務内容を拡大するなら、給料の見直しも必要だし、人員も増やさないとな……」


「引退した探索者で、事務能力がありそうな奴とか、適性のある奴は積極的に雇った方が良いだろうな。後は現役であっても早い段階から声を掛けておくのも大事だ。現場の意見ってのはこういった組織では大事だろうしな」


「なるほど……確かにサンサは元探索者じゃないし、今の職員も特に元探索者が多いって訳じゃない。荒事要員以外にも探索者を雇っておいた方がいいか」


 思案顔になりながらレイフェットが頷いているのを見て、センは少し疑問が生まれた。


「元々ギルドって互助組織というか……その職についている者達の寄り合いじゃないのか?商人ギルドとかは完全にそうだよな?」


「あぁ、そりゃあれだ。探索者ギルドはどちらかと言うと、領主や街の商人達が立ちあげたギルドだからな」


「……あぁ、そういうことか。探索者側じゃなく、依頼者側に寄り添った組織だったって訳だな?だから探索者に対して、管理する方向で力を持っていなかったわけだ」


「探索者はやはり荒事を生業としている奴等だからな。仕事を頼んだとしても色々と問題を起こしたり……依頼者を脅したりってのが、昔は多かったんだよ」


「こっちに来たばかりの頃、傭兵相手の依頼で全く同じことを聞かされたことがあるな……」


 この世界に来てすぐの頃、ハーケルに聞かされた驚愕の話に、センはこの世界における暴力の締める割合について肝を冷やしたことを思い出す。


「まぁ、荒くれ者相手ってのは、色々と面倒が多いんだよ。だが、それを放置すれば、街は荒れる一方だからな。それで領主……俺の親父が主導になって、公正な組織として立ち上げたのが探索者ギルドの始まりだ。探索者の為の組織って意味も含めて、探索者ギルドと名前を付けた訳だな」


「なるほど……建前は大事だからな。しかし……依頼主側の組織だったからこそ、あまり探索者に対して、管理するって考えじゃなかったわけか」


「そうなるな。だがまぁ、今回はいい機会だろう。センの提案した取り組みは新人以外の探索者にも評価を得ているしな。新しい取り組みを始めたってことで、いきなりさっきの件を導入するよりは受け入れられやすい筈だ」


「……新人には感謝されると思っていたが……新人以外にも評価されているのか?」


 センは意外そうな顔をしながらレイフェットに問いかける。


「あぁ、探索者同士ってのはライバルでもあるが、同じダンジョンに挑む仲間でもあるからな。探索者になりたての子供が怪我をするのは、やはり見ていて辛いものがあるし……有望な連中が増えれば手を組んだり、チームに誘ったり出来るからな」


「狩場の取り合いや稼ぎの邪魔になるって話は無いのか?」


「勿論全くないわけじゃないが……それよりも、人が増えることによる安全性の向上の方が期待されているみたいだな。探索者の数がいくら多くても、ダンジョンにいる魔物の数には及ばないからな。少しでも分散してくれるなら、その方がありがたいって考えが強い」


「……なるほど。それは、ダンジョンに挑んでいる者達にしか分からない感覚だな」


「まぁ、さっきも話に出た、人気のあるダンジョンに行っている連中としては、面白くないって部分もある。特に十一階層で稼いでいる連中だな。十六階層の方は、流石にまだ辿り着けるような新人はいないだろうしな」


「そこは仕方ない部分ではあるな……」


「あぁ、その通りだ。だがライオネル商会のお陰で、人気のある階層以外でも十分以上に稼げるようになっているからな。そこまで反発があるわけじゃないそうだ……人気のある階層の入場制限枠については昔からいざこざの原因ではあったから、講習がどうこうって話でもない」


 そこまで話したレイフェットが、階段の前で立ち止まりセンの方に振り返る。


「そうそう、話は変わるが、ハルキアとの会合は思っていたよりもいい感じだぞ?問題が全くない訳じゃないが……もしかしたら宿場町って規模じゃなく、本格的な街を作ることになるかも知れないな。交易用って感じだ」


「へぇ、そんなことになっているのか」


「あぁ。勿論宿場町は今のまま建設は進めるが、将来的にはって感じだな。街を作るとなったら数年単位の話になるし……ちょっとしたの会合で進められるような話じゃない」


 俺が楽を出来るようになる日が来るのか心配だと笑いながら、階段を降り始めるレイフェット。


「もう少しハルキアとの件を話したいが……今日はこの後また別の会合があってな。お前も来るか?」


「……何の会合だよ?」


 肩越しに振り返りながらレイフェットがセンに誘いをかけるが、半眼になりつつセンはもっともな問いを発する。


「ライオネル殿の発案でな。この街にも商人ギルドを作った方が良いだろうって話だ」


「なるほど。確かに今後の事を考えれば、急いで作った方がいいだろうな。他所から来た連中に利権を食い漁られかねない」


「今までは個人商店ばかりだったし、身内の寄り合いって感じだったが……これからは商売人界隈も競争がきつくなりそうだな」


「競争は仕方ないにしても、酷い潰し合いにまで発展させないためのギルド作りだ。まぁ、発案者が余所者でもあるライオネル殿って所がアレだが……」


「それは仕方ないだろ?うちの街の商人連中は、良くも悪くも身内みたいなもんだからな。そう言った、商売の競争って考え方がそもそもないんだよ」


「閉鎖社会だもんな……街の規模はそこそこだが、山の中だし仕方ないのだろうが……まぁ、ライオネル殿なら変なルールを押し込んだりはしないだろうし、上手いことやってくれるだろ」


「その辺は安心できるが……来ないのか?」


「俺が行っても仕方ないだろ。商人でも何でもないんだぞ?場違いにも程がある」


 センがかぶりを振りながら言うと、レイフェットは振り返らずにぼそりと呟く。


「ライオネル商会飛躍の立役者が、何を言っているんだか」


「……あまり外でそういうことを口に出さないでもらえるか?」


「悪かったな」


 割と真剣な声音で言ったセンに、レイフェットはバツが悪そうに頭を掻きながら謝った。


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