第133話 新店オープン当日
「新店の開店、おめでとうございます。エミリさん」
「ありがとうございます、セン様。無事に今日という日を迎えられて本当に嬉しいですわ」
少しだけ疲れた様子の見えるエミリが、それでも背筋をしっかりと伸ばし、気品のある所作でセンに頭を下げる。
「尋常ならざる支援をしていただき、本当にありがとうございます。このお店がこんなにもスムーズに開店まで漕ぎつけることが出来たのは、全てセン様のおかげですわ」
「私がやったのは指定された荷物の輸送だけですから。大したことではありませんよ」
エミリの謝辞にセンがかぶりを振って見せると、エミリが可愛らしく頬を膨らませる。
「もう、セン様はいつもそうやって謙遜されるのですから……どれだけ立派な店を建てようとも、商品が無ければお客様は来てくださいませんわ。セン様のお力があったからこそ、充実した商品を棚に並べることが出来たのですから」
「これもいつも言っていますが、偶々便利な方法を知っていただけです。この街の住民を相手に、どんな商品を揃え、どれだけの量を仕入れ、どの程度の利益を見込めるか。全て考えたのはエミリさんですよ?私が賛辞するところはあれど、自慢するところは一つもないじゃないですか」
「……ミナヅキ様が以前言っておられましたわ。セン様は……あぁ言えばこう言うと」
「アレは失礼な奴ですからね。あまり真に受けない方がいいかと」
センの言葉にエミリは苦笑しながら話題をかえる。
「そう言えば、ミナヅキ様とハルカ様は来られなかったのですか?」
「あぁ、あの二人でしたら、普通に客としてくると言っていましたよ。今頃開店を待っているんじゃないですか?」
「そうでしたか。従業員専用口の方から入って頂いても良かったのですが……」
「トリスが二人に頼んでいたみたいですね。普通の客として来店して、感想を聞かせて欲しいと」
「それは、ありがたいですが……お二人には申し訳ないですね。後で何かお礼を用意しないといけませんわ」
そう言いながら顎に人差し指を当てて、考えるようなそぶりを見せるエミリ。
「ところで、エミリさんは開店セレモニーには出ないのですか?」
現在、店の前ではライオネルやサリエナが新店オープンの挨拶をしているのだが、エミリはこうして事務所で書類整理をしながらセンと喋っている。
「そうですね。流石にこういう時の挨拶をするには……威厳が足りませんので。原稿を考えたりはしましたが……」
「なるほど。確かにエミリさんの事を良く知らないお客さんからすると、お店を預かる責任者には見えませんからね」
「もう少し身長があれば誤魔化せたでしょうか……」
「えっと……それはどうでしょうか?」
(例え身長があったとしても、パーツパーツ……特に顔つきが子供だからな。ちょっと無理があるだろうな)
そう思ったセンではあったが愛想笑いを浮かべつつ言葉を濁すと、センの言いたい事を理解したらしいエミリが拗ねたような表情になる。
センは自分の迂闊さとエミリの鋭さに苦笑しながら言い訳の台詞を考えるが、今は何を言っても逆効果になると思い話題を変えることにする。
「三人は何処に配置されているのですか?後で顔を出しておこうと思いまして」
その試みはエミリに別の感情を呼び起こしたようで、先程よりも一層エミリは口を尖らせる。
「……ラーニャさん達はいいですわね。わざわざ呼び出さなくても、セン様が自ら会いに来てくれるのですから……私もセン様から勉強を教えて貰っている生徒ですのに……」
「……エミリさん、もしかして、前回のお店のオープン時に中々顔を出さなかったことを怒っていらっしゃいますか?」
センは笑みの種類をビジネス用に変えながらエミリに問いかける。
「あら、そんなことはありませんわ?ですが、今日もお呼びしなければ、閉店するまで来て下さらなかったのではと思っただけです。それはさておき、ラーニャさん達の担当でしたね。今日は……ラーニャさんとトリスさんが一階の輸入食品売り場、ニコルさんは二階の魔道具売り場ですね」
今日オープンしたエミリの店は三階建て。一つのフロアは郊外型ショッピングモールとまではいかない物の、少し広めのスーパーマーケットくらいの広さはある。因みに三階は事務フロアで広さはそこまでないが、一階と二階には輸入した商品がジャンルごとに分けられた売り場に陳列され販売されている。
各売り場はショッピングモールの専門店街の様に仕切によって分けられており、各売り場の商品はそこでしか会計することが出来なくなっていた。
流石に商品数が多すぎて、従業員が商品全ての値段を覚えることも、一つ一つの商品に値札をつけることも困難だったのでこのような形になったのだ。
「なるほど……」
「ラーニャさん達は算術の速度と正確性が素晴らしいですから……今日一番込み合いそうな所に配置させていただきましたわ。それにしても、ニコルさんは探索者になりたいそうなので難しいかもしれませんが……ラーニャさんとトリスさんはもう少し経験を積めば一店舗任せられそうですわね」
「流石に二人ともまだ若すぎると思いますが……それに算術はともかく、在庫の管理やトラブル対応なんかは少しの経験程度では流石に無理ですよ」
勉強を教えているセンから見て、三人の子供達は非常に優秀で、教えた事をすぐに吸収していく。算術の成績だけで言うなら、長年勉強をしてきたエミリにも引けを取らない三人ではあるが、幼いころからライオネルやサリエナという良い手本を見て、自らもそうなりたいと研鑽を積んできたエミリとは年齢は同じくらいだとしても、商売人としての経験や意気込みが違い過ぎるだろう。
「ふふっ、流石にすぐという訳ではありませんわ。まずはこの店の一つの売り場から……といきたい所ですが、ニコルさんだけでなく、ラーニャさんやトリスさんもやりたい事は決まっているそうですし、勧誘は難しそうですわね」
笑顔を見せながら言ったエミリの台詞に、センは少し驚いた表情になる。
「そうなのですか?それは……凄く喜ばしい事ですが……聞いたことがありませんでした」
「あら、そうでしたの?ふふっ、流石に私の口から内容は申せませんが……今度聞いてみてあげてください。二人はその為に一生懸命色々な事を勉強されていますから」
「分かりました、ありがとうございます。今度二人に聞いてみたいと思います」
センの言葉に、エミリは年相応の晴れやかな笑顔を見せる。センはエミリの事も、三人の事も子供ではなく一人の人間として敬意をもって接している……まだ自分が子供だと自覚しながらも、大人の世界で戦おうとしているエミリはそれが嬉しくてたまらなかった。
その事に、少しだけ礼を言おうと口を開いたエミリだったが、それと同時に店の外から歓声が聞こえ、店が開店したことを知らせた。
「書類仕事はここまでのようですわね。私も店に出ますわ」
なんとなく気恥ずかしさの様な物を覚えたエミリは、椅子から立ち上がり姿見で服装や髪形をチェックしながら全く違う言葉を言う。
「頑張ってください、エミリさん。私は暫くお店の中を見学させて貰いますね」
「ごゆるりとお楽しみくださいませ。セン様」
身だしなみを整え、綺麗な礼を取ってみせたエミリが、年不相応な色気のある笑みをセンに向けた。
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