第132話 相対しなければならないもの



「ダンジョンは戦うだけじゃないからにゃー」


 ミナヅキの方に振り返らず、ニャルサーナルが巣を張っている蜘蛛の魔物を指差す。


「まぁ、そうだよねぇ……でもどうやって仲間って見つけたらいいんだろ?」


 ニャルサーナルの指差す魔物に魔法を放ち消し飛ばしたミナヅキが首を傾げる。


「普通は探索者ギルドかにゃー?」


 茂みから飛び出してきたウサギの魔物の体当たりを躱し、そのまま流れる様に首筋にナイフを滑らせるニャルサーナル。


「探索者ギルドかぁ……あそこ苦手なんだよねぇ」


「気持ちは分かるにゃ。ニャルたちみたいな美少女にとってあそこはいい場所じゃないにゃ。汗臭くてガサツで粗暴な奴ばっかりにゃ。腹黒むっつりだけどセンの方が何倍もマシにゃ」


「まぁ、探索者ギルドにいる煩い連中に比べたら、多少はセンの方がマシ……かなぁ」


 木の枝に絡みついてこちらを見下ろしていた蛇の魔物に魔法を叩き込みながら、ミナヅキが呟く。ニャルサーナルに教えられる前に処理が出来て、若干自慢げな表情ではあるが。


「センはダンジョンでも活躍できそうだけどにゃー、ニャルには劣るけど頭は回るし、突発的な事態にも冷静に対処しそうだし、後悪だくみが得意だしにゃ。それにあのシュンって奴が超便利にゃ。アレがあったら移動がとっても楽ちんにゃ」


「確かにセンの魔法は便利だね。まだ日帰り出来るからいいけど、階層が深くなると攻略に何日もかかるみたいだし……」


 ミナヅキは探索者ギルドで仕入れた情報を思い出しながら言う。

 その情報によると、十層付近から魔物の強さが一気にあがり、行動パターンも複雑化して行き、更に階層の広さも広くなるという。

 今ミナヅキたちがいるのは十階層、難易度が一気に上がるという話ではあったが……今の所、彼女はそれを実感できていない。

 本来魔物の強さとは、安全を追う探索者達にとって頭の痛い問題で、一戦を長引かせると別の魔物が合流してくる危険が高まるが、無理をして倒そうとすればこちらも無傷では済まない。結果、拠点を作り安全を確保した上で魔物を呼び込み戦う、釣り戦法と呼ばれる戦い方が主流となる。

 当然探索の速度は遅くなり、攻略には長い時間をかけることになる。

 しかし、ニャルサーナルとミナヅキのコンビは、そう言ったセオリーとは無縁の動きで探索を進めている。

 ニャルサーナルの索敵能力は、十階層に至るまで一度も魔物の奇襲を許しておらず、その身のこなしは武器以外の部分に一切触れられてはいない。

 そしてミナヅキ、彼女もニャルサーナルの索敵能力に頼り切りではなく、自らも周囲への警戒を怠る事は無く探索に挑んでいる。

 彼女は小型の盾を構えているものの、盾の扱いになれているという訳ではない。寧ろ武器を使って戦った経験が無く、手にしている盾は魔物に接近された際、一瞬を稼ぐ為だけに持っているに過ぎなかった。

 彼女のダンジョンでの役割は言うまでも無く魔法による攻撃だ。

 学府と呼ばれる魔法大国にある最高学府……そこで行われた武術大会で、圧倒的と言われた魔法発動速度で優勝したミナヅキの実力は本物で、接近すら許さず魔法の一撃で魔物を蹴散らしていた。


「でもにゃー、センは信じられないくらい貧弱だからにゃー。少し運動しただけで死にそうになるし、ダンジョンは無理だにゃー」


「うーん、センはちょっと運動向きじゃないからねぇ」


 頭を使う作業では非常に頼りになるセンであったが、運動能力に関しては赤ん坊より多少マシくらいの評価しかされていなかった。


「ミナヅキは、センの使ってるシュンって奴は使えないのかにゃ?」


「うーん、覚えられない事は無いんだけど……すっごい面倒なんだよね。魔法を使う準備とかが……魔法を使うのは得意だけど、あの魔法だけはセンみたいに使いこなせる気がしないわね」


 魔法の才能を貰っているミナヅキではあったが、召喚魔法の扱いに関してだけはセンの様にはいかないと感じている。

 セン以外の魔法使いに比べれば、苦手な召喚魔法であってもミナヅキは良く使えているという評価になるだろうが、センの発動速度とは雲泥の差と言えた。


「あれでもセンが魔法式をかなり改良しているみたいなんだけど、まだ私じゃ使いこなすには程遠いかなぁ。どうやってあんな風に一瞬で魔法を発動してるのやら」


「ミナヅキは、魔法が超得意なんじゃなかったのかにゃ?センの方が凄いのかにゃ?」


「うーん、そのはずなんだけどねぇ。あの魔法に関してだけはセンの方が上かな……他は圧倒的に私の方が上だけどね!」


 ニャルサーナルが徐に指で示した先に居た、二匹の蛇の魔物に向かって魔法を放ちながらミナヅキが鼻息荒く言う。


「ミナヅキの実力は疑ってないけどにゃ。まぁ、使えないのは仕方ないにゃ……っとちょっと数が多いにゃ、真面目にやるとするにゃ。前と右、それと木の上にもいるにゃ」


 腰からナイフを引き抜いたニャルサーナルが、表情を真剣なものに変えながら大まかに敵のいる位置を示す。ミナヅキはその表情を見て、気を引き締めながらいつでも魔法を撃てるように構えた。




「十階層は流石にかなり広かったにゃー。ボスの所に来るのにこんなに時間がかかるとは思わなかったにゃ」


「そうだね。魔物はあんまり強くなかったけど、木の上から襲い掛かってこようとするのは、めんどくさかったな。」


 二人がダンジョンに来てから既に八時間程が経過していた。

 九階層までであれば、既に攻略を終え自宅でのんびりしている時間かも知れない。

 ミナヅキはそんなことを考えながら、十階層のボスの事を遠目に観察する。


「……ゴリラの魔物かな?」


「ゴリラってなんにゃ?アレはおっきなサルの魔物だと思うにゃ」


 ニャルサーナルが首を傾げながら言うが……ミナヅキは、確かにボスの姿はゴリラというよりサルっぽいかなと思う。

 ゴリラの様な色合いではなく、どちらかと言うとニホンザルの様な茶色っぽい体に赤い顔、サルかゴリラかと聞かれればサルと言えなくもない……ただそのサイズがサルだと断定しがたいサイズだったのだ。

 背中が丸まってはいるものの、その大きさは二メートル以上。腕も首もミナヅキの胴体以上の太さがあるように見える巨体は、小型のサルの様に機敏に木登りをしそうな感じではないが……もし掴まれたりすれば、簡単に骨ごと握りつぶされてしまいそうである。


「強そうだね……」


「そうだにゃー。九階層までのボスと比べても、かなりいかついにゃ」


 今まであそこまで大きい魔物を見たことが無かったミナヅキは、今まで危険だと分かってはいても、心のどこかで魔物の事を舐めていたかもしれないと感じていた。

 日本にいた頃、動物園や水族館であのボスよりも大きな生物を目にしたことはある。

 象やジンベイザメはあのボスよりも大きく、迫力満点だったが……安全な場所から見る生き物と、これから対峙しなければならない魔物とでは存在感が違い過ぎた。


「ミナヅキ、怖いかにゃ?」


 ミナヅキの緊張を感じ取ったニャルサーナルが、普段と変わらぬ様子で問いかける。


「……正直、ちょっと……結構怖い」


「やめとくかにゃ?ミナヅキはまだ新人さんだからにゃ。無理そうなら引く、その判断は探索者として大事な事だにゃ。それにセンも無理だけは絶対にするなと言っていたにゃ」


 ニャルサーナルの言葉を聞いて、ミナヅキは自分の役割を思い出す。

 センから聞いた災厄の内容……魔物の襲来。

 いざそれが起こった時、自分は何をする?

 センは恐らく、作戦を立てたり指示を出したり……直接戦ったりはしなくても絶対に必要なポジションで立ち回り、災厄と戦うだろう。

 ハルカは、前線へ向かう人達に、より強力な魔法を渡せるように開発を頑張り……最近の様子からセンの手伝いをするのだろう。

 そしてミナヅキは……センの様に作戦を考えることも、ハルカの様に新しい魔法を作ることも出来ない自分は……前線に立たなければならない。

 その時が来て、こんな風にビビっていては……戦うことが出来ない妹と、あの性格の悪い男を守ることが出来ない……それだけは許せなかった。


「ありがとう、ニャル。でも頑張ってみる……いずれ起こる魔物の襲来が、アレより弱くて迫力が無いってことは無さそうだしね」


「了解にゃ。じゃぁ、どうやるにゃ?いつも通りニャルが引き付けるかにゃ?」


 普段であれば、何も言わずに決まった役割分担で戦闘に入るニャルサーナルが、ミナヅキを見ながら問いかける。そんなニャルサーナルに少しだけ硬い笑みを返したミナヅキが、ゆっくりと口を開いた。


「……ちょっと怖いから、遠目から先制で一発ぶちかましていいかな?」


「遠慮することなく、どーんとぶちかましてやったらいいにゃ」


 いつも通りの晴れやかな笑みを見せるニャルサーナルに笑みを返した後、ミナヅキは魔法式を起動する。

 その日十階層の一角で大爆発が起こり、たった二人の少女で構成されたチームが無傷で十階層を突破した。


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