第131話 ダンジョン探索



 ダンジョン。

 シアレンの街に存在するそれは、この街の経済活動、いや、住民の生活そのものを支える基盤である。

 ダンジョンは階層ごとに様々な顔を持っており、草原であったり洞窟であったり砂漠であったり多種多様な環境が存在していた。

 穏やかな環境から過酷な環境、まさに千差万別と言うにふさわしい世界が広がっている。

 そんな多種多様なダンジョンの各階層ではあるが一つだけ共通点があった。

 魔物の存在だ。

 無限に湧き出て来る魔物、その強さや姿形はダンジョンの環境と同じく様々ではあったが、力尽きると光の粒となり消える事、そして消えた際、稀にドロップアイテムと呼ばれる素材や道具を残すことで知られていた。

 人は魔物から獲れるドロップアイテムを求めて、ダンジョンへと挑む。

 ダンジョンに挑む者、彼らは探索者と呼ばれる。

 魔物達との戦いは非常に危険だが、当然探索者達も入念な準備の下、戦いに赴く。自らの命が掛かっているのだから当然だろう。

 しかし、何が起こるか分からないのもまた、ダンジョンである。

 多くの探索者がダンジョンへと挑み……少なくない者達が二度と還ってくる事は無い。

 それでもなお、探索者達はダンジョンへと挑み続ける。ダンジョンには自分の命を賭けてもなお挑むだけの魅力があった。

 そして、今日も二人の少女がダンジョンへと足を踏み入れる……。


「うー、聞いていた通りにゃ。ニャルの嫌いなタイプの階層だにゃ」


 入口の転移陣から一歩足を踏み出した猫耳の少女……ニャルサーナルがげんなりした表情で言う。


「なんでニャルは森系のダンジョンが嫌いなの?」


 ニャルサーナルに続いて転移陣から出て来た金髪の少女が問いかける。


「ニャルは森にとらうまがあるにゃ。ん?とろうま?」


「森でトラウマ……遭難したとか?」


「……ミナヅキは中々鋭いにゃ。花丸をあげるのにゃ。ニャルはこの街に来る前に一か月くらい森とか山とか彷徨ったにゃ。ご飯はないし……それはもう死ぬかと思ったにゃ」


「それは確かに……トラウマになってもおかしくないね」


 ミナヅキと呼ばれた少女は、困ったような笑みを浮かべながら相槌を打つ。


「意識が朦朧としながら……彷徨って……気づいたらベッドの上で簀巻きにされていたにゃ」


「……何で簀巻き?」


 恐らく救出されたのだろうが……遭難した人間を救助しておきながら簀巻きにするような人間がいるだろうか?

 そう思い、ミナヅキが首を傾げながら尋ねると、ニャルサーナルが肩を竦めため息をつきながら答える。


「アレは間違いなく、ニャルにいやらしい事をするのが目的だったと思うにゃ。ニャルは超可愛いから、そういう不届きな事を考える奴が後を堪えないにゃ」


「そ、そんな……大丈夫だったの!?」


 思ってもいなかった友人の話に、ミナヅキは声を荒げる。


「にゃはは!そこは、ニャルの交渉術のお陰で無事だったにゃ。流石のニャルもご飯を食べてなかったから、弱り切ってて抵抗するのは難しかったからにゃー」


「そっか……無事でよかったよ」


 ミナヅキがほっと胸を撫で下ろす。

 ニャルサーナルの交渉術とか色々と信じがたい部分もあるが、ニャルサーナルのあっけらかんとした様子に本当に問題は無かったのだろうと判断したのだ。


「全くにゃ。その後はセンの作った粥を食べて……暫く養生したからにゃ。今はもう元気ばりばりにゃ」


「……ん?センのお粥?」


「そうにゃ。肉食いたいって言ってるのに、粥ばっかり持って来たにゃ。酷い奴にゃ」


「……病人食だから仕方ないんじゃ……っていうか、ニャルを簀巻きにしたのって、センだったってこと?」


「そうにゃ。いたいけな美少女相手に酷い奴にゃ」


「あー……」


 ニャルを助けた人物がセンと聞いて、なんとなく状況が理解出来たミナヅキ。


「相手がセンだったら変な感じにはならないと思うけど……」


「センは絶対むっつりにゃ。絶対なんか狙っている筈にゃ!」


 風評被害をまき散らしながら、ニャルサーナルが腰に差していたナイフを引き抜き構え、ニャルサーナルが武器を構えた事で、ミナヅキも気を引き締めて小さな盾を構える。

 武器を構え暫くすると、二人が視線を向けた茂みがガサガサと動き……次の瞬間、一抱えはありそうな大きさの兎がかなりの勢いで飛び出してきた。


「でっかい兎にゃ」


 飛び出してきたウサギの体当たりを避ける様に移動しながら、手にしたナイフで兎をニャルサーナルが斬りつける。

 ウサギの動きはかなりの速度であったが、危なげなくその攻撃を捌いたニャルサーナルはウサギの注意を引きつつゆっくりと回り込むように移動する。

 ニャルサーナルの一撃はウサギにとって深手ではなく、動きにも支障のない程度のものではあったが、注意を引くには十分な物であった。

 ウサギはミナヅキの事を無視してニャルサーナルと相対する。とは言え、流石に背中を見せたりはしていないが……しかし、ミナヅキにとっては兎への視線が通っているだけで十分な隙。


「ほい!」


 気の抜けるような掛け声と共に、ミナヅキは魔法を発動させる。

 しかし、その効果は絶大で、ウサギの腹を貫通する形で石の杭の様な物が飛び出し、早贄の様な状態になったウサギは次の瞬間光の粒になって消えて行った。


「ミナヅキの魔法はエグイにゃ」


「一撃で倒してあげた方が良くないかな?」


 ミナヅキの台詞に、ニャルサーナルが確かにそうだけどにゃーと言いながら、周囲に視線を向ける。同じく盾を構えたまま周囲を警戒するミナヅキだったが、暫くしてニャルサーナルが武器を収めたのを見て警戒を解く。


「さて……そろそろ真面目に攻略を始めるとするにゃ、打ち合わせ通り頭上からの不意打ちに気を付けるにゃ、ナツキ」


「りょーかい……ってニャル。名前」


「あ……ごめんなさいにゃ。ミナヅキ」


「まぁ、私も不意に呼ばれた時反応しちゃうから、もっと気を付けないといけないけどね」


 そう言ってミナヅキはポニーテールにしてある金髪を揺らす。

 彼女はハルカの姉であるナツキだった。

 本来の彼女は黒目黒髪でショートカット、アクセサリー等は着けず服装も動きやすさを重視している物であった。

 しかし、センの協力でハルキアを脱した後、身バレするとマズいという事で変装することになったのだ。

 その結果、金髪のウィッグを被り、顔には眼鏡、更にハルカの開発した魔法で瞳を碧眼にしている。

 更に普段着る服もゆったりとしたローブに変えており、ナツキの事を良く知る人間でも見ただけでは本人とは気づけない程の変装と言える。

 因みに名前の由来は、今が六月だったのでそう名付けという単純なものだが……考えたのはセンだった。


「じゃぁ、頭上と呼び名に気を付けながら進むにゃ。樹上から襲い掛かって来る蛇と蜘蛛には要注意、ウサギは足元にゃ」


「十階層にもなると、めんどくさい感じになって来るねー」


「にゃはは!まだまだ序の口にゃ。本気で難易度が上がってきたら魔物だけじゃなくトラップにも気を付ける必要が出て来るからにゃ」


 獣道の様にも見える道を進んでいきながら、ニャルサーナルが楽しそうに言う。その表情を見て、本当にダンジョンが好きなんだなぁとミナヅキは思いながら問いかける。


「ニャルは罠とかも見つけられるの?」


「簡単な罠なら見つけられるけど、本格的な罠はそういうのが得意な奴じゃないと無理にゃ。ミナヅキが勉強するかにゃ?失敗したら吹き飛ぶかもしれないけどにゃ」


「……やめとくわ。あまり慎重な作業は向いてないし……注意力も……自信ないなぁ」


「ミナヅキはダメだにゃー。でも得意な奴に任せるのが一番にゃ。誰かいい奴がいるといいけど……これは中々難しい問題にゃ」


「仲間かー、今の所私たち二人でも問題ないけど……やっぱり必要だよねぇ」


 木にぶら下がっていた蛇の魔物を魔法で撃ち抜きながら、ミナヅキが呟くように言った。


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