4章 召喚魔法使い、立つ
第127話 打ち合わせ
シアレンの街の領主の館、その一室に複数の人物の姿があった。
一人目は館の主、シアレンの街の領主レイフェット。
逞しい肉体に鋭い目つき、更に頭の上でぴくぴくと動く犬耳が特徴の半獣人の男だ。
二人目は、先のレイフェット以上の体格を持つ男性。
二メートル以上はありそうな身長に、筋骨隆々な肉体……しかしその表情は非常に穏やかな笑みを浮かべており、身体から受ける印象と表情から受ける印象のギャップが凄い。
ライオネル商会会頭のライオネルである。
この体格で本人は荒事とは無縁であるのだから恐ろしい。
三人目は女性……いや、少女と言ってもいいかもしれない。先の二人に比べれば非常に小さく見えるが、対比するする相手が前述の二人でなければ普通の体格と言える。
少女の名前はハルカ。年の頃十五、六と言ったところで、この世界とは別の世界から謎の女性に世界を救うために呼び出された少女だ。
四人目は、街を歩けば埋没してしまうような特徴のない男。
敢えて特徴を上げるのであれば目つきが悪い事だが、今は人の良さそうな笑顔を浮かべているので、その特徴すら消え去っていた。
もっとも、レイフェットから言わせれば非常に胡散臭い笑みではあるが。
「今日は時間を取ってもらってすみません、ライオネル殿。しかもわざわざこんな遠方にまで来ていただいて」
「いえいえ、大事な打ち合わせですからね、来るのは当然ですぞ。それに遠方と言っても、自分の屋敷から本店に行くより短い時間で来られますからな!距離と時間を気にせず移動出来る強みはどんどん生かして行きたいですな!」
豪快に笑うライオネルを見ながらレイフェットも頷く。
「こうして別の街、別の国にいる知人と簡単に会えるってのは凄い事だな。こっちも商売に使えるんじゃないか?」
「全く考えていない訳じゃないが……これを商売として成立させるには、俺が付きっきりになる必要あるからな。今の俺にそんな時間はない」
レイフェットの言葉に、人の良さそうな笑みを消したセンが皮肉気に答える。
「それもそうだな。まぁ、センの魔法のお陰で俺も楽をさせて……貰っているか?」
「ハルキアへの行き来は相当楽になっているだろ?」
「移動は楽だが……そもそもお前のせいで忙しくなったんじゃねぇか?」
「周りの勢力と仲良くするのは領主本来の仕事だろ?今までそれを疎かにしていたツケが回ってきただけだ」
「本当にお前は嫌味な奴だ」
レイフェットの言葉にセンが肩を竦めて見せると、二人のやり取りを見ていたライオネルが豪快に笑いだす。
「いや、驚きましたな。お二人からそれぞれ話を聞いていましたが、本当に気安い関係のようですな。やはりレイフェット様のお人柄故ですかな」
「お恥ずかしい限りです。私は敬意をもって対応しようとするのですが、どうもお気に召さないようでして」
ライオネルの言葉に穏やかな笑みを浮かべつつセンが言うと、顔を顰めたレイフェットが物凄く嫌そうな声を出す。
「お前のそれは馬鹿にしているようにしか聞こえないんだよ。っていうかお前、俺が許可する前からぞんざいな口調で喋ってたじゃねぇか!しかも初対面で」
「最初は丁寧に対応していただろ?お前が悪ふざけばかりするからそれなりの対応を取っただけだ」
「ふむ……その時の話は妻から聞いておりますが……セン殿の言動には肝が冷えたと言っていましたな」
「あの時は……話題が話題でしたしね。多少サリエナ殿に意趣返しさせて頂きました」
サリエナの紹介で初めてレイフェットと会った時の事を思い出しながら苦笑するセン。あの時は何故か娘であるエミリを押してくるサリエナを躱すのに、センは随分と辟易した物だった。
同じくその時の事を思い出したらしいレイフェットがにやりとした表情を見せる。
「会話だけで妻をやり込む方法は是非ご教授頂きたい所ですが……後が怖いのでやめておきましょう」
「そうですね。私もとんでもないことになりそうな気がするので、そろそろ本題に入らせていただこうと思います。現在得ている情報の共有、そして今後の方針についてです」
センの言葉に弛緩していた空気が引き締まる。
センがこの世界に来て六か月が経過。手探りながら一歩一歩確実に目標に向かって進んで来たセンだったが、自分の目的を幾人かに伝え、協力してもらう事に成功していた。
レイフェット、ニャルサーナル……そしてライオネルにサリエナだ。
四人とも……いや、ニャルサーナルを除く三人はセンの話を鵜呑みにしたわけでは無いが、それでもセンの目的の為協力は惜しまないと話した。
因みにニャルサーナルがセンの事情を聞いた時の言葉は……。
「なるほどにゃー」
この一言であった。
ニャルサーナルにとって、自分の勘を信じ手を貸すと決めた以、上ロクでもないことを企んでいない限りは今までと変わらないといった感想しかなかったのだ。
そんなニャルサーナルとは逆に、ライオネルとサリエナの二人はセンの目的を聞かされ、非常に安心した様子を見せていた。
商人……特に大きな商会の経営者ともなってくると交渉の巧さはもとより、大事な物は人を見る目と言われている。
部下として、商売敵として、取引相手として、手を組む相手として……その人物の事を知り、見抜き、求める物、嫌がる物をしっかりと把握出来なければ、人相手に商売を成功させることなど出来ないのは当然の話だ。
そんな二人から見て、センと言う人物は謎の一言に尽きた。
非常に優秀であるし、人当たりも良い。仕事への取り組みは非常に真面目であるし、他にはない発想をいくつも生み出していく。
金の卵を産む鳥でありながら、その卵を使って料理を作り振舞ってくれるのだ、しかもその料理は未だかつて見た事もない料理……もはやビジネスパートナーと呼ぶことさえ烏滸がましい程の利益を商会にもたらし続けてくれている人物。
商人であるライオネル達にとって、センは誰にも代えがたい人物であったが同時に計り知れない人物でもあった。
センからは、人間らしい欲というものを読み取ることが出来なかったからだ。
まず、金銭への執着を全く見せない、寧ろ無用な長物として扱っている節さえあった。必要以上の金を抱き込もうとせず、贅にも興味を示さない。にも拘らず莫大な利益を上げる方法を心得ており、交渉も巧み。色に溺れる様子もなく、最近になってようやく年頃の娘が近くに現れたが、そういった雰囲気は一切ない。
若者にありがちな自己顕示欲も見られず、どちらかと言うと自分の存在を消す方に注力を向けている。
そんな、我欲を一切見せないセンから目的を聞かされた時、心の底から安堵したとしても無理からぬことだろう。その内容が突拍子のない物であったとしても。
「今の所各地で魔物に関する話題、異常発生や被害が増えている等の話は出て来ていません。こちらは私達の目的そのものとも言える情報になるので、今後も優先的に情報を集めて行きます」
センの隣に座っていたハルカが資料を片手に説明を始める。
ハルカは以前センに頼まれた通り、新しい魔法の開発をしながらセンの下に集まる情報の整理も手伝っていた。
勿論メインは魔法の開発ではあるが、片方の仕事に行き詰まればもう片方の作業を始めるといった感じで作業を進めていた。
「各勢力の情勢ですが、帝国は各地の内乱の対応に明け暮れているようですが、経過は順調で完全に国内をまとめ上げるのも時間の問題といった所です。そして帝国南方の国家群ですが……争いが激化しているようです。抜きんでた国は無いようですが、いくつかの国が争いに敗れ併合されているようです。詳細はこちらの資料に」
資料を机の上に並べるハルカの手元を見ながら、レイフェットが口を開く。
「センとしては、こういう人同士の争いで戦力が消耗することを避けたいんだよな?」
「完全に避けられる物じゃないし、ある程度は仕方ないだろうな。避けられる物なら避けたいが……起こるべくして起こったものはどうしようもないからな」
「起こるべくして起こるか……」
顔を顰めたレイフェットがセンの言葉を繰り返した。
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