第126話 これからについて
「セン。今いいかしら?」
センとニャルサーナルの話が一段落するのを待っていたナツキとハルカが声を掛けてくる。
「あぁ、構わないぞ?」
ニャルサーナルという新しい協力者を得たセンは、若干機嫌が良さそうにナツキに応える。
「これからの事を話したいんだけど……」
そう言ってちらりとニャルサーナルの方に視線を向けるナツキ。
セン達がいるのはセンの家のリビングだが、この場には子供達はいない。今日は全員エミリの店に働きに行っており、夕食時に予約した店で落ち合うことになっていた。
「ニャルの事は気にしなくていい。意外としっかりしている」
「意外とってどういう意味にゃ!」
「思いのほかって意味だ」
「なるほどにゃ」
センの返事にニャルサーナルが力強く頷く。
「え?それでいいの?」
そんなニャルサーナルの様子にナツキが驚愕の声を上げるが、ニャルサーナルはキョトンとした表情をナツキに返した。
「どうかしたのかにゃ?」
「……本当に大丈夫なの?」
いぶかしげな表情をセンに向けるナツキに、センは肩を竦めて見せる。
「問題ない」
「……本当かしら」
「そんなことより、今後の事だろ?と言っても、別にナツキには難しい事を頼むつもりはないんだけどな」
「……なんか微妙に馬鹿にされている気がするわね」
「気のせいだ」
ナツキとは視線を合わせずにセンが答え、ナツキが非常に憮然とした表情になる。
「えっと……姉には何を?」
「魔法の実験、検証……後はダンジョンの攻略だ」
「ダンジョンかぁ」
若干楽しそうにナツキが呟くが、一応センは断りを入れる。
「ダンジョンは安全とは言い難い……というか、間違いなく危険な場所だ。だから断ってくれても構わない」
「いやいや、そういうのが苦手なら最初から魔法の才能なんて選ばないって!勿論行くに決まってるじゃん!」
「……お姉ちゃん」
ナツキの宣言にハルカが困ったような表情になる。
ハルカとしてはナツキにダンジョン探索へは行って欲しくなかった。しかし楽しげなナツキの様子から、反対したり禁止したりしようとすれば勝手にダンジョンに向かうのは目に見えている。
それならば、センの管理下でダンジョンに行く方が何十倍も安心出来る……そう考え、色々と言いたい事をぐっと堪えた。
そんなハルカの葛藤を感じ取ったセンが申し訳なさそうに口を開く。
「すまん、ハルカ。ダンジョンについてきっちりと勉強させるし、準備は怠らないようすにする」
「はい……不安はありますが、ダンジョンの調査は姉の様に戦う術を持っていないと不可能だと思いますし、出来る限り協力したいと思います」
センは真剣な表情で言うハルカに礼を言った後、今度はナツキの方に向き直る。
「……ナツキ、ダンジョンの探索は必ず俺の管理下で行って貰う。自分の判断で勝手にダンジョンに行かない事。緊急でダンジョンに行かなければならない事情が出来たとしても、必ず俺に連絡を入れる事。俺と連絡がつかない場合はハルカに連絡を入れろ。これを絶対に守ってくれ。もし、俺に話を通さずにダンジョンに向かったら、例えどんな事情であったとしても俺はお前を即召喚する。その場合、お前と一緒にダンジョンに向かった者達に危険が及ぶことになるのは分かるな?」
「……分かった、約束する。ダンジョンに行く時は必ずセン、若しくはハルカに絶対に連絡をします」
いつも以上に真剣な様子なセンの言葉を受け、ナツキも真摯な様子で返事をする。
セン達の心配がしっかりとナツキに伝わったことを確認出来たセンは、表情を緩め話を続けた。
「よし、信じる。それと、二人が良ければだが……ダンジョンにはニャルと組んで行ってもらえないか?」
「ニャルさんと?」
「にゃ?」
センの提案にナツキをニャルサーナルが同時に首を傾げる。
「あぁ、ニャルは元々探索者だからな。この街のダンジョンもこれから挑む予定だし、二人が組んでくれると色々助かる。まぁ、相性もあるだろうし無理強いはしない。二人で話し合って決めてくれ」
「私は……ダンジョン探索ってどんな風にしたらいいのか全然分からないから、ニャルさんに是非とも色々教わりたいと思うけど」
「そうだにゃー、ナツキと組むのは構わないと思うけど……やっぱり実力は見ておきたいにゃ。戦い方には相性があるし、しっかりと連携出来る相手かどうか確かめてからじゃないと不安にゃ」
「なるほど……じゃぁ、ちょっと庭で……」
そう言って椅子から立ち上がろうとしたナツキを、センがため息をつきながら止める。
「待て待て、そういう所だぞ?俺が不安に思っているのは。脊髄反射で動くんじゃない。今は今後の事を話している最中だろうが」
「……ごめん」
謝りつつ肩を縮こまらせるナツキを見て、ニャルサーナルが明るい口調で話しかける。
「ナツキはあわてんぼうさんにゃ。でも大丈夫にゃ、ダンジョンに行くようになったらそう言うのは治るにゃ」
「本当!?」
「間違いないにゃ。ダンジョンであわてんぼうさんは生きていけないにゃ。治さないととんでもない目に合うにゃ」
「……」
センに注意された時以上に動きを止めるナツキ、更にその横で顔色を真っ青にするハルカ。そんな二人を見ながらセンは少し考えを巡らせる。
(ニャルはとんでもない目と言っているが……恐らく治るか死ぬかの二択なんだろうな……ナツキをダンジョンに送り込むのは止めた方がいいか?やる前から否定するべきではないが……不安だな)
「ニャル。ナツキと組むかどうかはとりあえず置いておいて、ダンジョンについてナツキに色々と教えてやってもらえるか?ギルドが始めた新人講習も受けてもらうが、それとは別にニャルからも厳しめに教育して貰いたい。ナツキ、厳しめでいいよな?」
センの問いかけに、表情を硬くしたナツキがコクコクと頷く。
「にゃはは!ちょっと脅し過ぎたかにゃ?まぁ、センの友達だからにゃ、しっかり教えてやるのにゃ」
「ヨロシクオネガイシマス」
「大丈夫にゃ、ナツキ。ニャルがしっかり教えてやるのにゃ。慎重に、丁寧に、自分と仲間の力量を見誤らないように落ち着いて行動すれば大丈夫にゃ。一番大事な事は冷静でいることにゃ……」
ニャルサーナルの脅しが相当聞いたらしく、ナツキは真剣な表情で話を聞いている。
(ニャルが発言の割にかなり頼りになるのは、ダンジョンで鍛えられたからなのかもな。ナツキもダンジョンで揉まれて迂闊な所が治せると良いな)
これまでに無いくらい真剣な表情でニャルサーナルの話を聞くナツキを見ながら、センとハルカは少し苦笑した後会話を始める。
「……ダンジョンは怖いところですよね」
「そうだな。調査を頼んでおきながら酷い話だとは思うが、俺が行くのは自殺行為だろうな」
「センさんは……ちょっと特殊ですしね。仕方ないと思いますけど」
「……役割分担は大事だし、出来ない事は他人に任せるのが俺のやり方だが……流石に命の危険がある場所に送り込むのはな……」
「センさんの話を聞いた限り、ダンジョンを調べるのは大事な事だと思いますし、誰かがやらないといけない事です。姉の魔法使いとしての実力は学府でも飛びぬけていましたし、適任……だと思います」
少し苦しげではあったが、ハルカが笑顔を見せる。
「ナツキだけには負わせないがな。二人が組まなかったとしてもニャルは俺に手を貸してくれるらしいし、俺は俺に出来るサポートを全力でするつもりだ。後は、ケンザキって奴も戦闘系の才能……剣の才能だったか?それを貰っているのであれば、見つけてダンジョンに放り込みたい所だな」
センが冗談めかして言うとハルカがクスリと笑う。
「是非ともケンザキさんを見つけたいですね」
「話に聞いた感じだと、ケンザキはすんなりと見つけられそうだけどな。さて、ハルカの方も話を進めよう。ハルカに頼みたいのは新しい魔法の開発……それと、現在集めている情報の整理を手伝ってもらいたい」
「情報の整理ですか……私に出来るでしょうか?」
魔法の開発に関しては聞かされるまでも無く分かっていたが、情報の整理という未知の仕事に対して若干不安げになるハルカ。そんなハルカを落ち着かせるように軽い口調でセンは話を続ける。
「そんなに難しい事じゃない。今ライオネル商会を通じて色々と情報を集めて貰っている。各国の情勢、魔物に関する噂、目立つ功績を上げた人物、各地で発生した災害。大体こんな感じに分類されているんだが、一人で捌くにはかなり情報が多くなってきてな。やり方は教えるから少し手伝ってみてくれないか?」
「……分かりました。お手伝いさせてください」
「ありがとう、よろしく頼む」
ハルカに礼を言ったセンは窓の外に目を向け立ち上がる。
「そろそろいい時間だな。今日はこれからナツキとハルカの歓迎会だ……あ、ナツキは変装と……偽名なんか考えとけよ?」
「か、歓迎会なのに偽名なの!?」
「貸し切りにしているとは言え、店だしな。別に今日いる面子と会う時は変装や偽名は使わなくてもいいが……普段から使い慣れとかないとボロが出るぞ?」
「うぅ……窮屈だなぁ」
「その内ハルカが変装用の魔法を作ってくれる筈だ、それまで頑張れ」
「ハルカ頑張って!最優先でお願いね」
「え、えっと……」
「優先度はそこそこだ、他に優先したいものは山ほどあるしな」
「横暴よ!」
「……そうだが?」
「センは弱っちいけど強いにゃー」
ハルカが合流したことでナツキも心配事が無くなったのだろう、ここ数日の少し張りつめた様子が消え、遥かに騒がしくなったナツキを見て、これからどんどん煩くなっていきそうだとセンはため息をつきながら小さく笑みを浮かべる。
(五か月掛かってやっとここまで来た。災厄に対抗するための準備の準備は整ったって感じだな。ダンジョンの調査、情報網のさらなる拡大、シアレンの街の発展……今あるパワーバランスを崩すことによる衝突が怖いが……いや、こればかりは避けて通れないだろう。出来る限り穏便に済ませたいところだが……やはり無理だよな)
召喚魔法使いの悩みはまだまだ尽きることは無さそうだった。
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