第121話 離脱
魔法を放った直後、ナツキはとある宿の一室に居た。
目の前には全身黒ずくめの怪しい人物がナイフを手に立っており、非常に心臓に悪い状況ではあった。
「ハルカ……眩し過ぎるよ」
「あぁ……強力な光を頼むとは言ったが……予想以上だったな……暫く目を開けられそうにない」
ナツキも黒ずくめの人物も目に手を当てて非常に辛そうにしているその様子は、第三者がこの場に居たらさぞ笑いを禁じ得ない光景であっただろう。
「これ失明してたりしないよね……?」
「大丈夫……だと思うが、少し不安になってきた」
「ちょっとやめてよね!?」
そんな風に二人は暫く苦しんでいたが、徐々に視界が元に戻ってくるのを感じる。
ナツキと黒ずくめの人物……センは自分の目をもみほぐす様にしながらゆっくりと目を開けた。
「あー、やっと見えてきた。ってあんたセンだったの?」
センの黒ずくめ姿を見たナツキが、今気づいたという様に声を上げる。
「人が少なくてな。今後はこういった役割はお前にも任せるから頼むぞ」
「あんまり危ない事させないでよ?まぁ、手伝いはするけどさ」
センは手に持っていたナイフを腰に戻し、ベルトから鞘ごと外す。
「刃物は持つだけで少しぞわぞわするな……」
「センはほんとこの世界向いてないと思うわ……さっきも、ちょっと動き回っただけで動けなくなってたじゃない」
「最近運動不足を実感することが多いな……」
センは先程の演技を思い出すが、想像以上に自分の身体が動かず、内心かなりひやひやしていた。
「とはいえ、俺があそこに立った方がタイミングを計り易かったからな」
「あの後のかなり派手に爆発したんだよね?大丈夫だったかな?」
「爆発に紛れて相手の馬を潰してから二人が離脱予定だ。向こうの状況は後で確認出来るだろう」
「馬殺しちゃうの?」
「馬を潰しておけば無理をして追われる心配もないしな。あの状況で離脱する二人を追うとは思えないが……念の為な」
「そっか……」
若干気落ちするナツキを見ながら、センは顔を隠していた布を外していく。
センは馬を潰さなくても離脱するこちらを追って来る事は無いと予想していたのだが、襲撃者の一人……クリスフォードが相手の性格を考えると潰しておくべきだと言って来たのだ。
(自分の身を危険に晒してまで襲撃者を追うだろうか……?伏兵の可能性も考えられる状況で……何よりナツキを失っているのもかなり痛手のはずだが)
センはそう考えていたが、情報収集が得意なクリスフォードの意見を聞くことにして、護衛の馬と馬車に繋がれている馬の対処を指示していた。
「ナツキ、そこに着替えやカツラを用意してあるから着替えろ。俺は隣の部屋にいるから終わったら声を掛けてくれ」
「分かった……覗かないでよ?」
センは一度ため息をついた後、何も言わずに隣の部屋に通じるドアから出て行く。
(とりあえず、これでナツキの問題はクリアだな。ずっとカツラというのも辛いだろうから、何か染める手立てがあればいいが……髪のダメージとか気にしそうだよな。ハルカに変装用の魔法を作ることが出来ないか相談してみるか。無理そうだったらサリエナ殿かハーケル殿に相談してみるしかないな)
センは黒装束を脱ぎながら今後の事に思いを馳せる。
(ハルカの方は、ナツキ死亡の連絡が入ってから学府を辞めることになっている。エンリケにも挨拶に行って、援助してもらった分の金は返す様に準備はしてあるが……恐らく受け取らないだろうな。だが、ハルカだけなら引き留められる心配は無い筈。一応護衛を着けておきたいが……ニャルは流石に姿を隠しながらという訳にはいかない。かと言ってクリスフォード殿に頼り過ぎるのもな……今日も手を貸してもらっているし……やはりニャルに頼むか)
レイフェットやクリスフォードに甘え過ぎだなとセンは呟く。
先日、センの目的を話し協力を約束してくれたレイフェットは、現在街の改革を進めていた。
特に公共事業を増やし、雇用の拡大を促している。
(今は町周辺の森を切り開いているって話だったな。木材は加工して建築に使うと……サリエナ殿に頼んで石材の購入も話していたが……今の所土地の方が余っているからな。作るとしたら街壁か?そういえば近いうちに相談があるって言われていたな。明日にでも会いに行ってみるか)
センは着替えた服を革袋に詰め、隣の部屋へと続く扉に視線を向ける。
(ナツキはまだ時間がかかりそうだな。ニャルたちは……)
センはニャルが懐に入れている革袋を召喚し、中を確かめる。
今回馬車の前方でエンリケの護衛を足止めしていたのは、ニャルサーナルとクリスフォードだ。
事前に日程や経路、護衛の人数等の情報を得ているとは言え、二人が護衛を抑え込んでいなければ、今回の計画は上手くいく事は無かった。
ニャルサーナルは一人で三人の護衛を全員抑え込めると判断していたのだが、万が一取りこぼして一人でも後方に向かわれると全てが破綻してしまうので、万全を期して二人で抑え込んでもらうことにした。
そのお陰でセンが一人で馬車後方を受け持つという、戦力的にはかなり不安のある配置となっていた。
(無事に離脱出来たようだな。クリスフォード殿を送還して……ニャルはこちらに召喚だな)
革袋を送還してからセンは体感で三分程時間を空けてからクリスフォードを送還、その後すぐにニャルサーナルをこの場に召喚した。
クリスフォードはレイフェットの屋敷の一室に送り返されているので、後程センはナツキを連れて挨拶に行く予定だった。
「相変わらず、目の前がパッと変わるのは不思議な感覚にゃ」
先程のセンと同じように顔を布で隠したニャルサーナルが、普段通りのお気楽な口調で話すのを聞いてセンは心を撫で下ろす。
ニャルサーナルの強さは信じているとは言え、センに不安が無かったわけでは無い。
「いつもすまないな。助かっている」
「にゃはは!気にするにゃ。これもお仕事にゃ。でもまぁ、耳をぺったんこにして隠すのは中々しんどかったにゃ」
笑いながらむしり取るように顔に巻いていた布を外すと、耳をほぐす様に揉むニャルサーナル。
「悪いな。この国ではその姿は目立つからな」
「まー仕方ないのにゃ。ニャルみたいな美少女は目立つからにゃ」
からからと笑うニャルサーナルにセンは革袋を投げて渡す。
「その中に着替えが入っているから着替えて、その黒ずくめは袋の中に入れてくれ」
「ん、了解にゃ」
「それと、ここはまだハルキア国内だから悪いが帽子を被っておいてくれ」
「ほいほいにゃ」
そう言って徐にこの場で服を脱ぎだすニャルサーナル。
「まてまてまて!どこで着替えようとしているんだ!隣の部屋に行け」
「なんでにゃ?めんどっちぃにゃ?」
「面倒くさかろうが移動して着替えろ。この部屋は俺がいるだろうが」
センの言葉に首を傾げたニャルサーナルだったが、何かに気付いたような表情になる。
「あー、そういうことかにゃ?ニャルが超絶美少女だから、我を忘れて襲い掛かってしまうって事にゃ?そういうことだにゃ?」
「とっとと着替えてこい」
ニマニマと笑みを浮かべるニャルサーナルにセンが傍らにあった枕を投げつけると、軽い様子で枕を交わしたニャルサーナルが隣の部屋に続く扉を勢い良く開けた。
「あ、馬鹿。ノックを……」
「ぎゃーーーーー!なんでいきなり開けるのよ!セン!」
ナツキの悲鳴が部屋に響き渡った。
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