第120話 殺陣



 馬車から飛び出したナツキは素早く襲撃者を確認する。

 馬車の前方に二人、後方に一人……前方の二人は護衛と既に交戦中のようだ。

 賊は全員黒ずくめで顔にも布を巻いており、見えているのは目の部分だけ。

 怪しさは半端ないが、外見からは身元が全く分からない様になっている。


(うん、間違いない。この襲撃はセンの計画だね。そう言えば、この前の襲撃の時もそうだったけど……なんでわざわざ馬から降りて戦っているんだろ?馬に乗ってる方が強いんじゃないのかな?)


 馬車の前方で戦っている護衛の姿を見て、どうでもいい思考に一瞬意識が向かったが、思考を切り替える様にかぶりを振ると馬車の後方へと視線を向ける。そこには交戦中の黒ずくめと同じ格好をした襲撃者が一人たたずんでいた。

 襲撃場所、襲撃者の人数、そして格好。すべてナツキが事前に聞いていた通りだった。

 それを確認したナツキは声を上げる。


「先に後ろを制圧します!」


 ナツキは馬車の前方にいる護衛達に向かって叫ぶと、馬車の後方に回り込み襲撃者と対峙する。


(よし……ここから、少しだけ演技をしてから自爆ね……それにしてもこんな短期間に二つも新しい魔法を作ってくれるなんて、やっぱりハルカは凄いね。後でいっぱいお礼言わないと)


 この日の為に新しい魔法を二つも開発してくれた妹の事を誇らしく思う一方で、かなり迷惑をかけてしまったと反省するナツキ。

 それにハルカ以外にも多くの人に迷惑をかけてしまっている。センやセンの協力者、今回の襲撃に参加している人。全てナツキをエンリケやハルキアから切り離すために動いているのだ。


(私はどれだけの人に謝らないといけないのかなぁ……)


 今後の事を考えると少し憂鬱になるナツキ。

 しかし、今回の件でナツキが失敗したと言えるようなことは特にないだろう。

 魔法の才能を選んだナツキが、魔法の勉強をするために魔法王国ハルキアで学校に通おうとするのは必然だ。

 だからこそ、センは最初の仕掛けをハルキアの王都で始めたのだから。

 そして、才能が故学び舎で目立ってしまうのも避けられないだろう……学び舎とは学習する場であり、競い合う場でもあるのだから。

 更にはエンリケという貴族との繋がり、これに関しては寧ろ積極的に狙っていくべきものだろう。

 権力者との繋がりはあらゆる意味で利点が大きい。偶然とはいえ貴族との繋がりを作ったナツキは、本来であれば褒められこそすれ、叱責を受けるような事はないだろう。

 当然センもナツキの事を叱るつもりは無い。

 センからすれば、適当な情報だけ渡してこの世界に放り込んだあの女が全ての元凶で、ナツキやハルカに与えられた情報では、どうすることも出来ない状況だったとしか言えない。

 災厄の内容や発生時期も何も分からず、ただ世界を救えと送り出される。

 そんな状態でとった行動に、間違いも正解もあるはずがないのだ。

 ナツキが学府で目立ったことも、長期的に見ればナツキがハルキア国内で出世するための一プロセスだったに過ぎないと言える。

 ナツキ個人の資質もあるので軍内部で上り詰めるのは恐らく不可能だろうが、ある程度偉くなることは出来ただろうし、武術大会優勝者はその多くが近衛騎士になるのだ。

 大国の最高権力者の傍でその警護を担う彼ら自身も、それなりの権力を有する。

 そこに辿り着くまで何年かかるかは分からないが、十分な成果といえるだろう。


(今考えても仕方ないよね。これが終わったらいっぱいお礼を言って謝ろう)


 なまじ同じ目的を持ったセンが、自分よりも短い時間で順調に目標に向かって計画を進めているのを見てしまった為、ナツキは自分が何も出来ていないという考えに陥ってしまっている。

 もしナツキがセンにその事を打ち明けたとしたら、センは肩を竦め皮肉気な笑みを浮かべながらこういうだろう。


「俺が上手くやっているように見えるのは、最初に手にした情報がお前達よりも多かったからだ。寧ろ全然情報を与えられていない中、自分達に出来ることを全力でやっていたのは凄い事だと思うぞ?まぁ、迂闊な所が多いのは確かだが」


 そして恐らく一言余計だとナツキが騒ぐのだろう……この会話は、今回の件が終わった後、交わされるに違いない。


「あんたたち、この馬車に乗っているのが誰か分かっているの?ただの金目当てだって言うのなら、悪い事は言わないからとっとと引きなさい!」


 ナツキは計画にあった演技を始める。

 エンリケの乗っている馬車には四方に小窓が付いていて、背後のナツキ状況も見えるようになっており、ナツキに注目してもらう必要があるのだ。

 貴族の馬車を襲っている賊に対して見逃してやるという発言は、エンリケとしてはけして容認出来ないものである。当然ナツキのそんな台詞が聞こえてしまっては、エンリケも窓から覗き見てしまうだろう。


「……」


「そう、何も答えないってことは……倒しちゃっても問題ないってことよね!?」


 ナツキの言葉に賊は左手に持っていたナイフを右手に持ち替えた。


(合図……エンリケさんがこちらを見ている……じゃぁ、攻撃開始ね!)


 ナツキと対峙している相手が右手にナイフを持っている限り、エンリケは馬車後方を見ているという合図だ。

 ナツキが左手を突き出すと同時に相手は素早く横に移動し、次の瞬間激しい破裂音と共に相手の立っていた場所で小さな閃光が走った。

 これは、センがハルカに依頼して作ってもらった爆竹魔法と呼んでいる魔法だ。

 派手な音と小さな閃光が走るだけの魔法ではあるが、注意を引くのには非常にいい魔法だろう。

 ナツキによって続けざまに放たれる爆竹魔法を、襲撃者は必死に避けているようにも見えるが、実情はナツキがタイミングと位置をずらして魔法を放っているだけで、襲撃者が魔法を避けているわけでは無い。

 しかも、ほんの十数秒の攻撃にもかかわらず、襲撃者の動きが鈍くなってきたようにナツキには見える。


(なんか疲れて来てる……?このままだと、当たらないのが不自然な感じになりそうなんだけど……あ、武器を両手に持った)


 動きの鈍くなり始めていた襲撃者が、腰から新たに一本ナイフを引き抜き構えたのを確認したナツキは上げていた左腕を下ろし、後ろに飛ぶ。

 爆竹魔法を撃ちながら馬車から少し離れる様に移動していたナツキは、背中に馬車を守るようにしながらも十分に距離が開いている事を確認してから声を上げる。


「前の方も気になるし、これで終わりにするよ!」


 そう叫んだナツキが右手を大きく突きあげ、魔法を発動した。

 次の瞬間、目を開けられない程強力な光が辺りを覆う。


「嘘!?」


 そしてナツキは台本通り、声を上げながら魔法を軽く打ち上げ……次の瞬間爆竹魔法とは比べ物にならないくらいの爆発音が辺り一帯に鳴り響いた。


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