第118話 追手の正体は



「ことある毎に協力してもらってすみません」


「いえ、こういったことは、慣れたものがするのが手早いですからお気になさらないで下さい」


 センは、クリスフォードがにこやかに渡してくる報告書を受け取りながら頭を下げる。

 報告書に書かれているのは、数時間前にニャルサーナルによって捕獲された二人から聞き取った情報だ。


「……これは、思っていたよりも悪い状況ですね。もうアルクの変装はハルキアで使うのは難しそうだ」


 報告書に目を通したセンは、眉を顰める。

 書かれていた内容は根も葉もない話ではあったが有効な手ではあった。


「強引な方法ではありますが、邪魔な相手を潰すには楽な方法です」


 そこに書かれていた内容は、実に分かりやすい物で、ライオネル商会に出入りしているアルクという人物が他国の工作員であるという話だ。


「あんな怪しい姿をした工作員って……目立ち過ぎるでしょう」


「逆に怪し過ぎるからこそという手では?」


「逆にって便利な言葉だと思いますが……あんな目立つ工作員を送り込む国は絶対正気じゃないですよ」


 センはため息をつきながら、報告書をテーブルに置く。

 報告書の内容は簡潔な物で、他国の工作員であるアルクが武術大会優勝者であるナツキを自国に取り込むために姉妹に接触、最終的に妹であるハルカを誘拐する計画を立てていると書いてあった。


「あの二人は本物の衛兵ってことですか。後で元の場所に送り返しておきましょう」


「今は薬で眠っておりますので、もう少し時間をおいて、目が覚める直前辺りで送り返すのが良いでしょう」


「分かりました。ところで彼らに怪我は……」


「多少痛めつけましたが、障害が残るほどではありません。ポーションを使って既に癒しておりますし、大丈夫でしょう」


(職務を忠実にこなしていたあの二人には申し訳ない事をしてしまったが……こちらも云われ無き罪で捕まる訳にはいかないしな……これも国仕えの悲哀という事で納得してもらうか。お詫びの金貨でも懐に……いや、賄賂を受け取って逃がしたと取られるとかえって迷惑だな)


「ご配慮ありがとうございます。因みに薬が抜けるのはあとどのくらいかかりますか?」


「鐘四つといった所です」


「分かりました、折を見て送り返しておきます。私はこれから、ライオネル殿に今回の件を話しに行く必要があるのでこれで失礼します」


(アルク個人が狙いならともかく、わざわざあの衛兵はライオネル商会と口にしていたからな。最近好調なライオネル商会も狙いの一つかもしれない)


 色々と良くしてくれている相手に迷惑をかけてしまっている事に気分を重くしながら、センはレイフェットの館から出てエミリの家へと向かう。

 センが、レイフェットの屋敷に行ったにも拘らず、レイフェットにもアルフィンにも挨拶をしなかったことを思い出したのは、エミリの家に着く直前だった。




「すみません、ライオネル殿。突然お邪魔してしまって」


「いえいえ、今日は書類仕事でしたからな。問題ありませんぞ」


 エミリの家に向かいサリエナに事情を説明したセンは、王都にあるライオネルの屋敷でライオネルと面会をしていた。


「なんでも急ぎ話したいことがあるとか……?」


「えぇ。先日ライオネル殿に協力してもらった、学府の学生たちの件です」


「ふむ……確かセン殿の同郷の……ナツキ殿でしたかな?」


 ライオネルが顎を摩りながら言う。

 その横にいるサリエナには、既に一通りの話をしている為静かに聞いているが、その様子は、エミリの家でセンが事情を説明した時からあまり変わっていなかった。


「はい。実は……」


 センはナツキ達から得た情報、自分が調べた情報、クリスフォードがハルキアの衛兵から得た情報を、それぞれ推測を交えずにライオネルに話した。

 センの話を静かに聞いたライオネルは一度目を瞑り考える時間を取った後、横にいるサリエナにちらりと視線を向ける。

 しかし、視線を向けられたサリエナはライオネルに微笑んで見せた後、何も言わずにテーブルの上に置かれていた飲み物を手に取り優雅に飲む。その様子を見て苦笑したライオネルは口を開いた。


「お話は分かりました。貴重な情報を伝えて頂きありがとうございます」


「申し訳ありません、ライオネル殿。色々とお世話になっておきながら、ご迷惑をおかけしてしまって」


「迷惑、ですか?」


 ライオネルがセンの言葉に首を傾げる。


「はい。今回の件……私に他国の工作員であるという容疑を掛けたのは、アルクを雇っていることになっているライオネル商会への牽制……いや、攻撃と考えるべきでしょう」


 確かにセンの変装するアルクとの会合の直後、ナツキは学府を辞めるにはどうしたらいいかという相談を友人にしているし、その後も何度かアルクとの会合を繰り返している。

 何かしらの引き抜きが行われたと邪推しても、無理からぬことかもしれない。

 しかし、たとえそうであったとしても、何の裏付けも取らずにいきなり工作員として指名手配するとはならないだろう。


「そうですな。セン殿のお陰で我が商会は他の商会とは比べ物にならない程の利益を上げ、急成長を遂げております。色々と足を引っ張りたい連中が動いても仕方ないでしょう」


 随分と軽い様子でライオネルは言ってのけ、その横でサリエナはすまし顔でお茶を飲む。


「横やりが入るのは想定内でしたが……他国の工作員を雇っていたという風聞は、かなりマズくありませんか?」


 反逆罪、内乱罪……そう言った、国の統治機構や君主に対する忠誠義務違反や基本秩序の壊乱を狙った行為は、言うまでも無く大罪だ。現代日本であっても内乱罪の首謀者は死刑または無期禁固刑……この世界であれば一族郎党連座で死刑となってもおかしくない。


「まぁ、問題ないでしょう。アルクをどれだけ調べようと埃は出ませんからな。もし本気で国がアルクを調べればあまりの痕跡の無さに怪しむでしょうが、今回は明らかに言いがかりですからね。以前も言いましたが、武術大会の優勝者に商会がスポンサーを申し出るのは珍しい事ではありません」


「エンリケの危惧と、商人達の思惑が一致したからこその強硬といった所ですか」


「えぇ。あの貴族が本気で我々に狙いを定めた場合は、こんなものではないでしょうからな。今回の件は、自分達の持つ権力を誇示して調子に乗り過ぎるなと釘を刺している……つもりなのでしょうな。我々の商会は特に懇意にしている貴族はおりませんが……それなりに広く付き合いもありますし、どの商会が今回仕掛けて来たかはすぐに調べが着くでしょう。表向きは、アルクを解雇して……後は少々の金銭を撒けばすぐに終息しますよ」


 そう言って笑みを浮かべるライオネル……そして隣にいるサリエナからかなりの威圧感をセンは感じた。


(ハルキア国内における商人達の戦いも激しさを増すようだな)


 きっかけとなったのが自分の行動なので、気まずさを感じないわけでは無かったが、ライオネルもサリエナも非常にやる気を見せていることもあり、センも気持ちを切り替えることにした。


「今回、私は利用されてしまいましたからね。若干、腹立たしくありますし……手伝えることがあったら何でも申し付けて下さい」


「実に頼もしいですな!今回仕掛けてきた相手には……そうですな、人手も足りていない事ですし、うちの支店長くらいのポストを用意してあげますかな」


「あら、随分と優しいですわね」


 暗にちょっかいを掛けて来た相手を潰すと宣言したライオネル夫妻は、非常にいい笑顔で笑った。


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