第115話 内に秘めた思い



 部屋の中が気まずい空気に包まれている。


「……あー、その、聞き間違えたかもしれん」


「二度も言わせないでくれ、この空気が如実に聞き間違いではないことを語っているだろう?」


 沈痛そうに言うセンに、複雑な表情をしているレイフェットが頷き口を開く。


「……だが、お前がそんな言葉を鵜呑みにするはずがないよな?」


「まぁ、な。信じた訳ではないが……少なくとも俺の常識の範疇にないことをその女は起こしてみせた。世界を救う云々はさておき、脅威に対する備えはしておきたい」


「ふむ……」


 センの事は信じているが、流石にすぐに鵜呑みにすることも出来ないレイフェットは唸るように相槌を打つ。


「ちなみに、俺の出身地には魔法というものが無くてな。当然魔法は呼び出された後に習得した」


「それがどうしたんだ?」


「当然俺の知り合いたちも魔法を学ぶのは初めてだったのだが、そいつはハルキアの学府に入学して一年目の武術大会で、魔法だけを使い優勝している」


「……ありえねぇだろ。あそこは魔法王国を名乗っているんだぞ?学府っていやぁ、あそこの最高学府のことだろ?」


「そしてそいつが呼び出されたのは一年半程前、呼び出される前は魔法を使った事すらない人物だ」


「……」


 レイフェットの顔が驚愕に染まる。

 探索者として自らも魔法使いと関わることの多かったレイフェットは、魔法を使う事の難しさ、そしてそれを使いこなし魔法使いを名乗る事の難しさを良く知っていた。

 確かに学府とは学生しか存在せず、その大半はまだ子供だ。

 しかし大国、それも魔法で有名な大国……そこの最高学府の中で魔法を今まで使った事の無かった人物が、おいそれと優勝できるような大会でないことはハルキア国内や周辺国の者であれば分かり切っている話だ。

 そんなレイフェットの反応を観察したセンは、更に言葉を続ける。


「俺達をここに呼び出した女。そいつは俺達に世界最高の才能を与えると言った。武術大会で優勝したそいつが貰った才能は魔法の才能らしい」


「……また胡散臭い……とは言い難いな。あの学府の武術大会優勝という実績は多少の努力でどうにかなる物じゃない。だが世界最高の才能……意味が分からん」


「それに関しても何処まで本当か分からないが、少なくとも自分の努力する方向が定まっていると考えられるのは強みだな。魔法の才能を貰った奴は、一年足らずで学府の生徒を抜き去ったわけだしな」


「なるほど……因みにお前の才能はなんだ?悪巧みか?」


「……それは良い才能だと思うが、残念ながら俺が得た才能は召喚魔法の才能だ」


「性格が悪いのは素か」


 ぼそりと呟くレイフェットを、センは何も言わずに微笑を浮かべたまま見つめる。


「まぁ、才能についてはとりあえず置いておこう。もう一つ、俺がここに来る前と明確に違う事がある」


「明確に……?」


「あぁ、証明することは出来ないが……俺は若返っている。本来の俺は三十六歳だ」


「お、おぉ……それは納得できると言うか、安心したぜ」


「安心?どういうことだ?」


 驚いた後、何故か安堵の表情を浮かべるレイフェットにセンは首を傾げる。


「成人したてのガキにしては中身がぶっ飛び過ぎているからな……お前の授業を受けているアルフィンが、あと数年でこんな風になっちまうかと戦々恐々としたもんだが……いや、本当に良かった」


「その台詞に関しては色々と言いたいところがあるが……まぁいいだろう。とりあえず、俺が言いたかったのは、尋常ならざる事態に巻き込まれ今ここに居るってことだ」


「……ふむ。色々と聞きたい事もあるが……まずは話を先に進めてもらった方が良さそうだな」


 レイフェットがそう言うと、センは軽く頷き話を続けた。

 呼び出される直前、自分の身に降りかかった事故のこと、他の呼び出された人間のこと、女の不手際によって自分だけ到着が遅れた事、災厄と呼ばれた世界規模の魔物の襲撃の事、呼び出されてから五か月余りの間に行った事。

 一つ一つ順序立てて語っていくセンの言葉を、レイフェットは難しい顔をしながら聞いており話が一段落したところでぼそりと呟く。


「五か月程度でどこまで手広くやってんだよ……」


「いきなりライオネル殿と知り合うことが出来たおかげだ。運が良かったに過ぎない」


 最初に話したセンの死よりもそちらの方が衝撃的だったらしいレイフェットの呟きに、センが肩を竦めて答えると、飽きれたような口調でレイフェットは続けた。


「……だが、召喚魔法の才能を選んだ時点で、ある程度この道筋を立てていたってことだろ?計画通りじゃねぇか」


「召喚魔法の説明を見た時に、商売に転用すれば便利なのはすぐに分かったからな。上手くやっていけそうな相手かどうかを判断出来れば、後は相手の規模次第で一気に展開できるとは考えていた」


「まぁ、確かに最初の薬屋での取引から繋がったと考えれば、相当運は良かったんだろうが……とりあえずそれは良い。それにしても世界規模で発生する魔物の襲撃か……」


「正直な意見を聞かせてくれ。起こり得ると思うか?」


「……正直に言えば……俺は起こらないと思う。村や街、小国程度であれば魔物の襲撃によって滅びることはある。だがセン……いや、その女の話では世界規模だろ?普通に考えて、それだけの数の魔物は増える前に駆除される。魔物だって生き物なんだ、繁殖して食事を取り、成長してようやく戦える。それを世界規模で暴れる程の数を揃えるとなると……」


 そう言ってかぶりを振るレイフェットの話をセンが引き継ぐ。


「自然に増える魔物ではありえないか」


「あぁ。センはダンジョンを疑っていたみたいだが……ダンジョンの魔物は外に出て来ることが出来ないしな……」


「仮に……ダンジョンの魔物が一斉に外に出て来たらどうだ?」


「……現在発見されているダンジョンは二十個程だ。それらから魔物があふれ出て来たら……いくつかの国が滅びてもおかしくは無いが……だからと言って世界が滅びる程では……」


「しかし、ダンジョンの魔物は一定数以上に増えないが、死んでも補充されるのだろ?それがあふれ出た後も適用されるとしたら……」


「……それは……確かにマズいかもな」


 敵の増援は永遠に途切れることはなく追加されていく。一定数以上は増えなかったとしても、一つのダンジョンに百や二百では済まない数の魔物がいる。それが二十カ所から湧き出てくるのだ……何か手を打たない限り、いずれは疲弊し国は亡びる。

 仮に最終的に抑え込めたとしても、シアレンの街は確実に跡形もなくなっているだろう。


「ダンジョンは最下層を攻略しても崩壊したりするわけではないだろ?ダンジョン自体を潰すことが出来なければ……無限に湧いてくる魔物にいつかは押し切られてもおかしくないのではないか?」


「……」


「今ダンジョンから魔物が出て来ることが出来ないのは知っているが、この先もずっとそうだとは限らないだろ?何せ、入り口として使っている魔法陣は解明出来ていないわけだからな。いつ何時ダンジョンが世界に牙を剥くとも限らない」


 センの言葉にレイフェットは難しい顔をして腕を組む。


「勿論、ただの妄想と言ってしまえばそこまでだろう。根拠なんてものは何処にもないしな。世界規模の魔物の襲撃が起こるなんてあの女が言っているだけだ。だが、一度は死んだはずの俺を、訳の分からない力で遥か遠くから呼び出し世界を救えと言って来たんだ。ただの冗談と斬って捨てるには手が込み過ぎているだろ?」


 センがそう言って皮肉気な笑みを浮かべると、レイフェットは大きくため息をつく。


「……だから、その災厄って奴が起きても起こらなくてもいいように、調査と準備をしておくって方針なわけだな?」


「あぁ。起こらないに越したことは無いが、いざ起こった時に、何も準備していませんでしたでは話にならないからな」


「……世界規模の魔物の襲撃。その対策は個人で出来る話では当然無い……はぁ……まさかそんなスケールのでかい話を持ってこられるとはな」


 そう言ってレイフェットは苦笑する。

 そんなレイフェットの様子を見ながら、センは真剣な表情でしっかりと頭を下げる。


「世界を救うだなんて世迷言はどうでもいい……だが、俺には何十年と先の未来を用意してやりたい子達がいる。巻き込んですまないとは思っているが……レイフェット、力を貸して欲しい。お前と、この街の協力が必要だ」


 未だかつてない程、真摯に話すセン。

 その言葉を受けたレイフェットが普段の気さくな雰囲気を消し、ゆっくりと口を開く。


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