第114話 今度こそ



 ハルカの部屋で侵入者を捕えてから数日、未だにナツキは解放されていない。

 手紙でのやり取りはしていて、無事な事は確認出来ているがハルカは気が気ではないと言った様子だ。

 そのハルカは、急ピッチで件の自爆魔法の開発を進めている。

 本当はシアレンの街に滞在させて安全を確保したかったのだが、相手の監視の目の事を考えると気付いていない振りをして日常生活を送った方が良いと考えたのだ。

 勿論護衛は付けていて、昼間はライオネル商会に手配された学府生が、夜はニャルサーナルが護衛についている。

 今の所襲撃があったのは初日だけだが、油断は出来ない。

 一度だけあった襲撃ではハルカの部屋に到達する前に警備に捕らえられたことになっており、ハルカ自身はそんなことがあった事に気付いていないという風に装ってもらっている。


「問題はどうやって偽装するかだな……」


(当初の予定では、学府での研究発表の一環として公衆の面前でナツキに自爆してもらう予定だった。今でもそれが出来ないわけでは無いが……この状況だからな、もう少し自然な方法を取りたい所だ)


 センは今、自分の仕事部屋でクリスフォードから渡された書類を見ている。

 それは、先日の襲撃時にニャルサーナルによって捕らえられた侵入者を尋問して得た内容になるが、特に目新しい情報は無かった。


(普通に考えて、実行犯に詳しい情報は与えないだろうが……雇い主をあっさり……かどうかは知らないが、それを吐いたのは意外だったな。まぁ、相手は予想通り過ぎて驚きも何も無かったが、問題は得られた情報よりも、襲撃犯を捕えた意味が全くないってところだな)


 センは報告書から目を離しため息をつく。


(国営の学校に侵入して生徒を拉致未遂……その黒幕として名前を上げられても左程の痛痒を感じることもなくもみ消せるだけの人脈か……ナツキの事を丁寧に扱っているのは偏にその武力が恐ろしいからだろうが……ハルカが捕まっていたらいいように利用されていただろうな)


 権力者を相手取る事の難しさにセンは頭を悩ませる。


(権力者相手に有効な手は多くない。より強い権力を使うか、突発的な暴力に頼るか、集団の力を使うか。大まかに言えばこの三つくらいだろう。後腐れなく潰すなら、より強い権力を頼りたい所だが今回それは出来ない。枠組みで言えば一番の最上位である国そのものが、ナツキを手放さないだろうからな。潰し合わせたところで勝った方がナツキを狙うだけだ。エンリケを潰すだけでは全く意味がない。だから突発的な暴力も集団の力も今回の件では役に立たない)


 エンリケを排除した上で、国そのものを頷かせるしかくらいしかナツキは自由を得る事は出来ない。

 だが、残念なことに、ナツキは歴代優勝者と比べても圧倒的な実力で武術大会を制している。それに見合うだけの対価を用意することは非常に困難だし、そもそも国から出て行かせるくらいなら殺しにかかるくらいは当然だろう。

 ナツキ自身が出世の邪魔になると考え排除したい勢力はいるだろうが、勿論その者達も他国に行かれるくらいなら殺害したいと考えるだろうし、味方にはなり得ない。


(結局死んだ振り作戦が一番いいってことだな。後はシチュエーションだけだが……)


 思考が一周した所でセンは召喚魔法を起動する。

 呼び出したのはクリスフォードに依頼してナツキに渡してもらった連絡用の箱だ。

 箱を開けるとナツキからの手紙が入っており、センは素早く内容に視線を走らせる。


「……ほぅ、悪くないな。いや、寧ろ有難い」


 手紙に書かれていた内容にほくそ笑んだセンは、急ぎナツキへの指示を紙に書いて箱を送り返す。


(後はハルカ次第にはなるが、結構あっさりと解決しそうじゃないか……)


 今度はハルカに進捗を聞く為に連絡を取ると同時に、再び協力を要請する為に出かける準備を始めた。




「すまないな、色々慌ただしくて」


「気にするな。ここに来たってことは、片は着いたのか?」


 センは向かいに座るレイフェットに軽く頭を下げる。

 数日前、クリスフォードを借りて以来中々時間が合わず、挨拶に来ることが出来ていなかったのだ。


「まだだが……何とかなりそうな目途は立った」


「そりゃ良かった。クリスフォードの報告を聞く限り、とんだ外道みたいだからな。他国の貴族とは言え、センの知人を助ける協力くらいはしてやりてぇな」


「あまり領主が言っていい言葉じゃないと思うが……」


「いいんだよ。バレなきゃな!」


 そう言って豪快に笑うレイフェットにセンも苦笑する。


「それで、その貴族はどうやって潰すんだ?」


「いや、潰さねぇよ。俺の目的は知人を自由にすることだ。その貴族の排斥やらハルキアの崩壊じゃない」


「なんだよ、潰しちまえばいいじゃねぇか」


「物騒だな……腐っても相手はハルキアの高位貴族だ。下手に潰したら国が混乱するだろ?」


「精々権力争いが激化する程度だろ?」


「大国の上層部が揺れたら、周辺国が持たなくていい野心を持つかもしれないだろ?鉱山で火遊びをする趣味はない」


 センがそう言うとレイフェットが苦笑する。


「相変わらず考え方が平民のソレじゃないな……まぁいい。それで今日来たのはまた手を貸して欲しいって話か?」


「それもあるんだが……その前にあの時出来なかった話をしたくてな」


「あぁ、突拍子もない話ってヤツか。今回の件に関係があるのか?」


「今回の件自体は関係ないんだが……助け出さないといけない知人達は関係している。というか俺と目標を共にしている」


「ほう……その目的って奴を話してくれるのか?」


「あぁ……」


 センはここ最近、どうやって自分の目的をレイフェットに伝えたらいいかを悩んでいた。

 どうやって理解してもらうか、どうやって協力してもらうか……その事をずっと考えていたのだが、散歩中にニャルサーナルに明るく諭され、とにかくストレートに打ち明けてみようと思ったのだ。


「これは予想しているとは思うが……俺はこの付近の出身じゃない」


「まぁ、そのくらいはな」


 分かっていて当然とばかりに頷くレイフェット。


「レイフェットが想像しているよりもはるかに遠く。大陸最北の大国、帝国よりもさらに遠くから来たんだ」


 シアレンの街があるのは大陸の南方、距離的に帝国よりも遠いとされる場所は存在しない。

 当然レイフェットは一瞬首を傾げたが、何かに思い至ったように口を開く。


「大陸の外から来たってことか……?」


「概ね、間違ってはいない。俺も詳しく説明出来ないのだが……俺、いや、俺達はある日突然この大陸に呼び出されたんだ」


「……それは、お前の使う召喚魔法って奴でか?」


「いや、恐らく俺の魔法とはまた別の力だ。俺にこれを教えた奴の話では、俺のいた場所から召喚魔法を使って何かを呼び出すことは出来ないとのことだった。まぁ、試してはみたが少なくとも現時点では呼び出せる気はしていない」


 センはダメもとで日本から何かを召喚出来ないか試してはいるのだが、上手くいく気はしていなかった。


(魔法には魔力が必要って言っていたからな。呼び出す向こう側にも魔力が無ければ召喚は出来ない……魔力ってのが何なのか分かってはいないが、恐らく日本には存在していないのだろうな)


 レイフェットはセンの話を真剣に聞きながら質問を続ける。


「……その呼び出した奴って言うのは一体何者だ?」


「それがさっぱり分からない。面識のない……女だった」


「ふむ。とりあえず、お前はこの大陸ではないどこかから呼び出されたと。この大陸出身じゃないのは間違いないのか?」


「あぁ、間違いない。俺が元居た場所は地図が完璧に出来ていたからな。この大陸にある国の名前は一つも一致しない」


「……なるほど。それで、その女は何でお前を呼び出したんだ?」


 レイフェットの質問を受けて、センは気分が重くなるのを感じる。


(真正面から行くと決めたものの……これを伝えるのは本当に嫌だ)


「……俺がその女に言われたのは……世界を救ってほしい、と」


「……は?」


 センは耐えきれず、レイフェットから視線を外し俯いてしまった。


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