第108話 立派な屋敷の立派じゃない人



「偉そうな家だにゃー」


 ニャルサーナルが目の前の家を見ながら感想を漏らす。


「家自体は別に偉そうじゃないだろ。立派な家……というか屋敷であることは確かだが」


「……兄さん。ここがアルフィンの家ですか?」


 センの隣にいたニコルが閉じられた門を見上げながら言う。


「あぁ、シアレンの街である領主……偶に打ちに遊びに来るおっさんとアルフィンがここに住んでいる」


 以前釣りに誘われた時を皮切りに、レイフェットは偶にセンの家に遊びに来ていた。

 前触れなく訪れる為、センが家を空けている事も少なくなかったが、その分ニコル達三人もレイフェットと話す機会があった。

 ニコル達からしてみれば、レイフェットは良く遊びに来る気のいいおじさんといった所だろうが……センとしては突然遊びに来るのは勘弁して貰いたいと思っている。


「ところで、何でここに来たにゃ?討ち入りかにゃ?」


「お前な……領主屋敷の前で冗談でもそんなこと言うな。捕まっても文句言えないぞ?」


「にゃはは!あのおっさんがそんな細かい事気にするわけないにゃ!」


 能天気に笑うニャルを見て、センはため息をつく。


「レイフェット自身が気にしなくてもその部下の方々まで気にしない訳ないだろ?不敬者を捕えるのはレイフェット本人じゃなくその部下だ。アイツの知らない場所で投獄されても俺は知らんぞ」


 センがそう言って窘めるも、ニャルサーナルはどこ吹く風と言った様子で笑っている。因みに門の脇にいる門番も笑っているのを見てセンは曖昧な笑みを返した。


「まぁそれは置いといて、何しに来たのか聞いているのにゃ」


「……食事に誘われていてな。家族も一緒にってな」


 ニャルサーナルと適当に街を散歩した後、センはエミリの店で働いている三人を迎えに行き、その足でレイフェットの屋敷へと来ていた。


「……豪華な御飯が期待出来そうにゃ」


「……食事に誘われたのは家族だけだからな。護衛のお前は後ろに立っておかなければならないな」


「……にゃ?」


 言葉の意味が分からないといった表情をしながらセンの事を見つめるニャルサーナル。


「護衛のお前が出先で料理に舌鼓を打つ暇はないだろ?家に帰ったら……面倒だが草粥でも作ってやるよ」


「……くさがゆ?」


 虚ろな表情で呟いたニャルサーナルが首を傾げる。光の消えた瞳で瞬きもしないその表情は途轍もない不気味さを醸し出している。


「まぁ、そういう訳だから護衛をしっかりな」


 センがそう言うと、ニャルサーナルが首を傾げる……いや、人形の首が横向きに折れたようにかくんと首を横に倒す。

 そんな二人のやり取りを子供たちと門番は苦笑しながら見ている。


「オマエヲコロセバ、クエルニャ?」


「食事したさに雇い主を殺す護衛がどこにいる。後、俺を殺した場合食えるのはマズい飯だ」


 ぐるるるる、と威嚇するように唸るニャルサーナルを見ながらセンが肩を竦める。


「まぁ、こちらの人数は五人と伝えてある。一人は護衛と伝え忘れたから、もしかしたらニャルの分もあるかもな」


「……良いかにゃ?弟子に娘っ子たちよ。大きくなってもこんな大人になってはダメにゃ。ニャルに優しい大人になるにゃ」


「えっと……」


 これ以上無いくらい真剣なトーンで言うニャルサーナルにラーニャが答えに窮していると、門が開かれ中からクリスフォードが姿を現した。


「お待たせして申し訳ありませんでした。セン様。それに皆様も、本日はご足労頂きありがとうございます」


「クリスフォード殿、門の前で騒いで申し訳ありません」


 センがそう言って頭を下げると、笑みを浮かべたクリスフォードが綺麗な礼の形をとる。


「いえ、当家にそれを喜びこそすれ疎む者はおりません。ですが、旦那様もアルフィン様も皆様のご到着を首を長くしてお待ちになっております。どうぞこちらへ」


 そう言ってセン達を門の内側へと誘うクリスフォード。その後ろをラーニャ達は静かについていく。


「そう言えば、クリスフォード殿はレイフェットの執事という事でしたが、先日紹介して貰うまでこの屋敷では一度もお会いしませんでしたね?」


 センもラーニャ達と同じようにクリスフォードについて歩きながら、丁度いい機会だったので尋ねてみることにした。執事として紹介されて以降、クリスフォードと街中で遭遇することが無く、色々と聞きたいことがあったのに聞けなかったのだ。


「申し訳ありません。旦那様のから決して顔を見せない様にと厳命を受けておりました」


「という事は、やはり普段も屋敷に居たのですね」


「そうですね。用を言付かっている時以外は基本的に屋敷におります」


「探索者引退後の気楽な仕事というには……中々忙しい日々を過ごしておられるみたいですね」


 クリスフォードに初めて会った頃の話を思い出しながらセンが言うと、クリスフォードが苦笑する。


「私としては引退後はのんびりと過ごしたかったのですが……旦那様からどうしてもと言われまして……後は妻から仕事をしろと言われてしまい……」


(どちらかと言うと後半の方が大きな理由な気がするな……)


「中々苦労されていたのですね」


「年寄りは労わって欲しいものなのですが……皆、人使いが荒いのですよ」


 街でセンと話していた時の様な柔らかい笑顔を見せながらクリスフォードは言う。


「クリスフォード殿は情報の扱いに長けているとか?」


「長けているというほどではありませんが……長らくそう言った仕事に携わっていましたので、ある程度の事は出来ると思います」


「……なるほど」


 そんなことを話している間に屋敷に辿り着いたセン達は、クリスに案内されて客間へと通された。


「こちらでお寛ぎください。お食事の用意ができ次第迎えの者を寄越します。まぁ……その前に待ちきれない方がこの部屋に来る可能性は高いですが……その場合は適当にあしらっていただければと」


 クリスフォードの言う待ちきれない人物というのが誰かは言うまでも無いが、己の主人に対してぞんざいな扱いをするのは相変わらずのようだ。

 そんなクリスフォードが部屋から辞した後、ラーニャが小さく息を吐く。


「大丈夫か?ラーニャ」


「あ、はい。ちょっと緊張してしまって……」


「まぁ、無駄に威圧感があるからな。だが、この家の主人はうちに遊びに来るおっさんとアルフィンだ。そんなに緊張する必要は無いさ。着ている服と家は立派だが……二人とも親しみやすいだろ?」


「そう……ですね。いつもと会う場所が違うだけ……」


 センはラーニャの頭を軽く撫でる。


「今日は友人として食事に招待されているんだ。肩の力を抜いて、普段通り接してやる方が相手も喜ぶぞ?」


「は、はい。がんばります」


(頑張っている時点で肩に力が入っているのだが……まぁ、ラーニャはある程度しかたないだろうな。トリスは全く緊張しているように見えないが……逆に公の場でやらかしそうな雰囲気があって怖い。一番安心して見ることが出来るのはニコルだな)


 そんなことを考えながらラーニャの頭を撫でていると、客間の扉が激しい音を立てて開かれる。


「よう!よく来たな!歓迎するぜ!」


 ラーニャ達以上に、見ていて色々と不安になるシアレンの街の領主が突入して来た。


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