第86話 新しい情報源



「……因みにサリエナ殿としては、そのヘイグという商人の話は受けた方が良いと考えられているのですか?」


「私共といたしましては……どちらでも構いませんわ。商売の内容も畑違いですし、特別仲がいいと言う訳でも悪いと言う訳でもありませんし。ですが、セン様は多くの情報を求めていらっしゃるご様子ですので話を通させていただいた次第ですわ」


「確かにそうですね……ありがとうございます、サリエナ殿。そこまでご配慮いただき。因みにライオネル商会としては、そのヘイグと言う商人との繋がりは必要でしょうか?」


 センの問いかけにライオネルが顎を触りながら答える。


「向こうは商売が商売ですからな。完全に健全な相手とは言い難いですが、ヘイグ本人は付き合って損をするタイプではありませんな。程よい距離感を保てばお互い悪くない相手と言えましょう」


「なるほど……では、迷惑をかけるとは思いますが……新しい賭け事を提供するのはライオネル商会、と言うのはどうでしょうか?」


「セン殿の事は隠すということですな?」


「えぇ」


「私共としましてはそれで構いませんが……セン様はよろしいのですか?」


 サリエナが少し気遣わしげに問いかける。

 基本的にセンが自分の情報を外に漏らしたがっていないのは、サリエナもライオネルも理解している。ライオネル商会内であれば二人の力でセンの存在を隠すことも可能ではあるが、他所との取引となると色々と探られる可能性があり、そしてそれを防ぐのが難しいと考えているのだ。


「一応ヘイグ本人と私は会うつもりはありませんが、考案者について調べない事を契約しておいて頂けますか?それ以外の交渉は基本的にお任せします。その内カジノを覗きに行く必要はありますが……いくつかその手の遊びは提案出来ます。まだお二人にも教えていないプレイカードのゲームがありますから……強気に交渉してもらって大丈夫です。あ、強気と言っても一月に新しい物を五個提案するとかは止めて下さいね?」


「ふふっ、承知いたしましたわ。では、プレイカードを使った新しいゲームを一つ手土産にして、交渉をさせて頂こうと思います」


(裏社会ともつながりがありそうな相手だからな。色々と得られる情報が増えそうだ。向こうから声を掛けて来てくれたのは悪くない……直接やり取りする機会があるかどうか分からないが……ライオネル商会を通せばなんとかなるだろう)


 この世界に送り込まれた人物の手がかりを手に入れ、更に新しい繋がりを得ることが出来たセンは皮肉気に口元を釣り上げる。


「では……一ゲームが短くてお金の動きが早いものを」


(まぁ、ブラックジャック辺りでいいか。名前はどうするかね……分かりやすく二十一とかにしておくか?元々そう言う名前で呼ばれていたこともあった気はするが……なんでブラックジャックと呼ぶのか聞かれても答えられないし、シンプルな方が分かり易くていいだろ)


 センはブラックジャックの基本的なルールを説明しながら、自分が親となり二人とゲームをプレイする。


「……なるほど、シンプルですが面白いですわ」


「えぇ、親が圧倒的に有利ではないゲームではありますが……まぁ、長い目で見れば親が勝つようになっていますけどね。余程の事が無い限り元金持ち出しにはなったりしないでしょう」


(ブラックジャックは定石とカウンティングが出来ればかなりの勝率を確保できるが……それを見張るのはカジノの仕事だしな。定石はさておき、カウンティングの事は教えておくか)


 必勝法と言う訳ではないが、出たカードを覚えておくことで次に配られるカードをある程度予測する方法があることを伝え、プレイカードを使ったゲームをカジノで行う際は、メモ書きや複数人で組んでのサインの通しに気を付けるようにも注意する。

 サリエナはゲームのルールやセンの注意事項をメモしながら満足気に頷く。


「既にイカサマにまで考えを巡らせているのですね……」


「抜け道はいくらでもありますからね。私の思いもよらない方法もあるかも知れませんし……あぁ、カードの柄や汚れなんかも気にした方が良いかもしれませんね。後はカードのすり替え……カジノでプレイカードを使う際はその店専用の柄を複数種類用意したほうがいいでしょうね」


「なるほど……市販品よりもしっかりした物が必要という事ですね。特注してもらうとして……一店舗程度ではあまりこちらの儲けにはなりそうにありませんね」


「カジノは一軒しかないのですか?」


(てっきり複数のカジノを経営しているのかと思っていたが……)


 センの疑問にサリエナが笑みを浮かべながら答える。


「彼が経営しているカジノは王都に一店舗、後は国内の大きな街に一店舗ずつと言ったところですわね。かなり大きなカジノなのでセン様もきっと楽しめると思いますわ。」


「それは楽しみですね。勉強も兼ねて近々行く必要がありますが……賭け事は苦手ですね」


「そうなのですか?セン様は強そうですが……」


「運任せは苦手ですね……確実に勝てるなら良いのですが」


「それは確かに……賭け事には向いていないようですわ……」


 サリエナが苦笑していると、その横で笑っていたライオネルが口を開く。


「まぁ、私がカジノのオーダーだったらセン殿には来て欲しくないですなぁ。根こそぎ持って行かれそうな印象がありますぞ?」


「ははっ!無理ですよ。手持ちを全部失って気落ちしながら帰るのが関の山です」


 センは冗談めかしながら笑うが……ライオネルは結構本気で言っていた。

 因みに、レイフェットにも言っていたがセン自身賭け事はあまり得意としていない、しかし他人から見れば……何かしらやらかしそうな雰囲気があることは否めなかった。




 先日のライオネル邸での打ち合わせから半月後、センは自宅の仕事部屋でナツキに関する報告書に目を通していた。


(学府入学以前の経歴は一切不明……学府内では魔女と呼ばれ恐れられていると同時に交友関係は広く慕われている。物怖じしない性格で何でも口に出す性格上、貴族学生との衝突が多く敵も少なくない。魔法の腕はハルキアの魔法師団にも劣らず、彼女オリジナルの魔法も多数操る。学府には妹も通っており、妹に手を出そうとする人間には容赦しない)


 資料には似顔絵もついており、眉尻が上がっているせいか非常に気が強そうな印象を受ける。


(黒目黒髪、身長は百六十センチ程で年齢は十五以上二十歳未満といった所。魔法の腕だけではなく身体能力も高く、実技の成績はトップ……ね。学府ってのは十二歳にならないと入学出来ないとエミリさんは言っていたが、十二歳以上なら入学できるということか。新入生の年齢に差があるなら、実技では体が出来上がっている二十歳前後の方が有利だろうが……それでもトップってことは相当動けるのだろうな。羨ましい限りだ)


 軽くため息をついたセンはもう一つの資料を手に取る。


(そしてこちらが妹……名前はハルカ。黒目黒髪で身長も姉と同じくらい。年齢も一つ程度しか違わないと思われる。姉の様に派手な動きは見せていない様だが、それでも調査結果を見る限り、大人しくしているわけでもなさそうだな。文官系のコースで成績はトップクラス。入学一年目にして既に研究室に参加していて魔法の研究分野で頭角を現す。ナツキの使うオリジナル魔法は彼女によって開発されたのではと噂されているが、本人は否定している。ナツキと違い勝気な性格と言う訳ではなく、大人しいタイプだが学内に友人は多く、色々な相談をされている模様)


 ナツキに比べるとハルカはこれと言った成果を出しているわけでは無く、報告書の内容も少ない物ではあったが……センはナツキよりもハルカの方に興味があった。


(まぁ、十中八九、メモを残してくれていた葛原春香で間違いないだろう。何とかしてこの二人とコンタクトを取りたい所だが……居場所が学府内と言うのが厄介だな。正面から会いに行けば間違いなく不自然で目立つ……かと言って呼び出したりするのは……怪しい事この上ない。間違いなく警戒されるだろう)


 どうやってナツキとハルカに連絡をつけるかを悩むセン。

 学府の形態は、小中学校よりも大学に近い形態をとっているのだが、制服というものが存在する。

 制服さえなければ、部外者であっても何らかの方法で中に入ってしまえば不自然さを消すことも出来るだろうが、私服でうろつけば警備の者にすぐに捕まってしまうだろう。


(とは言え、制服を手に入れるといってもな……不可能ではないだろうが……怪し過ぎる。やはりライオネル殿に相談してみるか)


 二人の資料を片付けセンは立ち上がる。明日はアルフィンの所に行かなければならない為、今日の内にライオネルにアポを取っておこうと考えたセンは、手早く出かける準備をして部屋を出る。


(恐らく……この二人が選んだ才能は、ナツキが魔法の才能。ハルカが魔法開発の才能だろう。相談して決めたのか?いくら姉妹であっても、相談もせずにこんな相性のいい才能を選ぶのは無理だろうし……優遇されている?それとも俺以外の人間は相談することが出来たのか?まぁ、いい。早くこの二人から色々と話を聞きたい所だ)


 センよりも一年早くこの世界に来た二人の持っている情報、それを早く知りたいと考えるセンは、子供達の保護者である時とはかけ離れた目をしていた。


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