第85話 仕掛けにかかったのは……
センは玩具の販売をする際、考案者を探る人間がいたら素性を調べて欲しいと依頼していた。しかし、それとは別にもう一つ仕掛けを用意してあった。
玩具の名前である。
サリエナの用意してくれた資料にはプレイカードの事をトランプと呼んだ人物について書かれている。
この世界に送り込まれた人間が全て日本人かどうかはまだ分からないが、この世界においてライオネル商会の売り出したプレイカードをトランプと呼ぶことが出来るのは、日本人でしかありえない。
もし日本国外の人物であれば恐らく別の呼び方をするだろうが、他の玩具についてもセンは名前を変えているのでそちらに引っかかってくれることを期待している。
「探している人物が見つかったのですかな?」
資料を見たまま微笑を浮かべるセンを見て、ライオネルが興味深げに聞いてくる。
「はい。とりあえず一人は間違いなさそうです」
センは一度資料から目を離すと、テーブルの上に資料を置きながらライオネルに笑みを見せる。
「ふむ……名前は、ナツキ……学府の生徒で士官教育課程の二年目ですか。む?一年目にして武術大会優勝ですか……中々優秀なようですな」
資料に書かれている人物……ナツキに関しては、一枚目の一覧に書かれていた物とは違い、かなり詳細な情報が書かれている。
その経歴を見ながらライオネルが感嘆の声を出す。
「武術大会というのはなんですか?」
プロフィールの中に気になった単語があったので、センはライオネルに尋ねる。
「学府では一年の内に一度、学府内で開催される何らかの大会に出ることが義務付けられているのです。武術大会というのはその中の一つで、個人戦闘技能を競い合う物ですな」
「……なるほど。武術というと……何らかの武器を用いて戦うのですか?」
「個人戦闘であれば何をしても構いません。武器の使用も魔法の使用も自由ですな。相手を故意に死に至らしめなければ、後は何をしても構いません」
「罠や毒もありですか?」
「ありです。学府で求める武官は戦争の為の武官ですからな。まぁ、闘技場の外での手出しは厳禁ですが……実際どのくらい取り締まっているかは分かりませんな」
「なるほど……」
(相当物騒な大会のようだが……何故わざわざそんなものに出る必要があったんだ?)
センが内心首を傾げていると、ライオネルが苦笑しながらセンに話しかける。
「しかし、武術大会のルールを聞いて、真っ先に罠や毒がありなのか聞いてくるセン殿は……恐ろしいですな」
「……まぁ、臆病なので真正面から戦わない方法が先に立つのですよ」
同じく苦笑しながらセンが言葉を返す。
「セン殿が戦場に行ったら相手は苦労するでしょうね……」
「出来ればそういった所には行きたくないですね……こうやってライオネル殿と話をしている方が性に合っています」
センがそう言うと、ライオネルが豪快に笑いながら頷く。
「そうですな!戦場なんかに行ってセン殿にもしものことがあればとんでもない損失です。是非ともセン殿には戦場に行くことのないようにお願いしたいですな!」
「心の底からそうありたいと思いますよ」
(まぁ……戦場自体を避けるのは難しいかもしれんが……何とか大事になる前に災厄の原因を排除出来ればいいんだが……)
戦場なんてものは全力で避けたいセンではあるが、立場上、避けられない戦場があることも理解しているセン。
流石に後方支援に徹するつもりだとは言え、一度も戦場に立たなくてもいいと考える程センは夢見がちではない。
(まぁ、それはそうと……ナツキね)
センはテーブルに置かれた資料にもう一度目を落とす。
(およそ一年前、学府に入学。上位の成績で入学するもそれ以前の経歴は不明。ただし、貴族の推薦を受けて学府に入学している為そちらを探ることは可能……学府には妹と一緒に通っているが、妹は文官過程にて好成績を収めている。先々月に行われた武術大会にて学府一年目ながら優勝を飾る。魔法の腕が凄まじく、武術大会では全ての試合を魔法の一撃で勝利。常人離れした速度と威力の魔法を操り、学府内では魔女と呼ばれている。住んでいるのは学府内にある寮か……)
どのようにコンタクトを取るべきかセンが悩んでいると、ライオネルが口を開く。
「力になれることがあれば何でも頼って頂きたいですな。少しずつでも借りを返していかないと、負債がとんでもない大きさになりそうですし」
「……私はライオネル殿に貸しがあるとは思っていませんが……寧ろ格別の配慮をしていただき、何としてもその借りを返したいと考えているくらいですよ?」
「はっはっは!見解の相違ですな!いや、そう言えばセン殿は金勘定を度外視する方でしたな!私もエミリも随分と顔をひきつらせたものです!」
ライオネルはそう言うが、センとしては提供している物流システムも玩具のアイディアも全て自分の目的に沿った物であり、必要以上に金銭を要求しても仕方ないと考えている。なので、貸し借りで言うと借りの方が大きく感じるのだ。
「まぁ、持ちつ持たれつという事で……今後もライオネル殿には色々と相談をすることがあるでしょうし……貸せる時に貸しておきたいですね」
「その負債が怖いのですぞ?」
センとライオネルの話が堂々巡りになっていると扉がノックされ、サリエナの声が聞こえて来た。
「今大丈夫かしら?」
「あぁ、大丈夫だ」
ライオネルの返事を受けてサリエナが部屋に入って来てセンに軽く一礼をする。
「セン様、資料は御覧になって頂けましたか?」
「えぇ、ありがとうございます。かなり詳細な情報を頂けたのでとても助かっております」
「それは何よりですわ。必要でしたらもう少し探ることも出来ますが……」
「……そうですね……十日後までに彼女、ナツキとその妹に関する情報を調べられるだけ調べて貰えますか?ただし、絶対に相手に気付かれないレベルで……無理であればそこまで踏み込んだ情報は無くても構いません。十日で可能な範囲……それでお願いします」
「承知いたしましたわ。後ろ盾になっている貴族については如何いたしますか?」
「そちらは……可能であれば、どのような経緯で後ろ盾になったのかを調べられれば。ですが彼女達自身の情報よりは優先度が低いので、ついで程度で構いません」
(彼女達に問題が無ければ普通にその辺りは聞けるだろうしな。恐らく資料に書かれている妹と言うのは……恐らく、あのメモを残してくれた葛原春香の事だろう。姉と一緒に行動すると書いてあったしな)
センはこの世界に来た時に残されていたメモを思い出す。
書いてあった情報は決して多いものでは無かったが、右も左も分からない中、残されていたメモがセンの行動指針をある程度決めたのは確かだった。
(まぁ、その繋がりのある貴族とやらの養子になっていて妹が出来ていたり、他の兄弟姉妹が送り込まれている可能性もあるが……そんなことを今言ってもどうにもならないしな)
センはナツキ、そしてその妹の事を考えるのをやめ、サリエナ達に向き直る。
「承知いたしました……他には何かありますか?」
「いえ、今のところはお願いしている分だけで大丈夫です」
センの回答を聞き、サリエナが少し表情を申し訳なさそうなものに変えながら口を開く。
「申し訳ありません、セン様。一つご相談させて頂きたいことがありまして……」
ライオネルの隣に座ったサリエナが、机の上に置かれている資料の一枚目をセンの前に差し出す。
「この一覧の一番上にある人物……ご存じでしょうか?」
そう言われて、センが一覧に目を落とす、そこに書かれていた名はヘイグ。職業は商人となっている。
「いえ……私は知りません」
「そうでしたか。こちらのヘイグは商人となっておりますが、正確にはカジノを経営している人物なのです」
「カジノ……あぁ、なるほど」
カジノの経営者が玩具を考案した人間を知りたがっていると言われ、なんとなく話を理解したセンは納得したように頷く。
「お察しの通り……カジノでセン様の考案された玩具を使わせて欲しいと言う話がありまして……」
「既に販売しているものだけですか?」
考案者を知りたいという事は、それ以上の事を要求していると思ったセンが問いかけると、サリエナは苦笑しながら頷く。
「すみません……出来ればカジノ用に新しい遊びを考えて欲しいと言われています」
サリエナの言葉を聞き、センはこの話をどうするべきか考える。
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